第27話 深淵02
僕らが転移したのは汚い路地裏だった。目撃者は野良猫ぐらいで、トラブルもなく日本に転移できた。運営の粋な計らいだろう。テンキュー運営。
「先生、おっさんがゲロ吐いて、行き倒れてますよ。中々、楽しそうな所じゃないですか」
知らないおっさんのせいで、友達が抱く日本の第一印象は最悪になった。運営許せねぇ。
放置もできないので、治癒魔法をかけて転がしておく。アルコールの臭いがするので、酔い潰れたのだろう。この臭いがする人とは、関わると嫌な思い出しかない。起きる前に立ち去ろう。
クズハに向き直ると、財布からお札を取り出し、不思議そうに眺めていた。
「クズハさん、その財布どうしたんですか?」
「え、おっさんからですけど?」
無言でクズハの頭の葉っぱを、1枚引き千切る。
「痛っああぁぁぁぁ! え? なに? 私なにか悪い事しました?」
「寝ている人の財布を盗んではいけません」
「うっっっそでしょ!? 公共の場で泥酔してるアホは、身包み剥がされて当然なんですよ!?」
異世界の価値観だった。バリア王国だと外面だけ善人な魔術師が、魔法の触媒にするため臓器をあらかた持って行かれたりもする。
それで僕は睡眠をやめたくらいだし、クズハの抗議はある意味正しい。
しかし、ここは日本エリア。異世界基準で動くと、犯罪になる可能性が大いにある。僕は学校や社会に出てないから、現代日本の常識に疎い。僕の見立てでは、クズハの行為はギリギリアウト…多分、地域によっては許される。そんな微妙なラインだろう。
僕たちはこれから厄災討伐が控えている。イタズラに、危ない橋を渡る余裕はない。
「なるほど。でも先生。私たちは無一文ですよ? ニホンで活動するなら、現地の通貨が必要です」
クズハの意見は正論だ。トルネンノイトの特性上、潜伏期間が存在する。つまり、しばらくは日本エリアで過ごさないといけない。
つまり、お金がいる。
「大丈夫です。僕には日本を舞台としたゲームの経験があります」
このような場所に見覚えがある。うす汚い路地裏に、真夜中で輝くネオン街。仁義とか任侠とかのゲームと酷似している。
「おお、流石先生!」
「正しいお金の稼ぎ方を教えましょう。ついて来て下さい」
僕はクズハを引き連れ、道を突き進む。
夜の繁華街である路地裏には、ガラの悪い大人が数人たむろしていた。ドラゴンで如くなゲーム通りの光景に、僕の知識が間違っていないと確信する。
じっと見つめていると、タバコを吐き捨てこちらへやってくる。ヤバい、本当に他ゲームと同じ行動をするんだ。
僕が感動で目を輝かせていると、あっと言う間に囲まれてしまう。
「ガキがよぉ、喧嘩売ってるのかぁ?」
「おいおい、ケンちゃんよぉ。こんなちびっ子を脅すなよぉ。ま、財布を出しな。それで勘弁してやんよ」
「ギャハハハハッ!! マジかよ。やっちゃう? 小学生女児にカツアゲやっちゃう?」
「ふひっ、可愛いガキがぁよぉ、俺様のイチモツで分からせてヤンヨォ!」
「ソレはねぇわ」「帰れ異常者」「死ねロリコン」
「………………」
何やら仲間割れをしているが、ドラゴンで如くなゲームと同じ展開である。
「いいですかクズハさん。敵NPCと
「勉強になります! 先生!」
僕がクズハにゲームのシステムを解説していると、蹴りが僕の腹に叩き込まれた。
「おいおい、調子に乗るなよガキが、死にてぇのか?」
不意打ちによる蹴りのダメージは全くない。魔法障壁すら必要なかっただろう。
ただ、そうか。このエリアもそんな感じか。なら、遠慮は要らないよね。だって、目の前のNPCはそのようにできてるんだから。
浅い知識だけど、正当防衛とかはクリア。銃刀法とかあって使用は厳禁。つまり、素手で倒せば問題ない。
「……敵を倒せばお金が貰えます。常識ですよね」
攻撃による合意は、すでに成されている。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
所持金63000円。
適当に殴り倒したNPCは、気絶していたので治療してゴミ捨て場に放り込んでおいた。
気がつけば明け方で、人々が往来を始め、繁華街の様相が様変わりしていた。
僕らは朝食を取るため、24時間開店しているレストランへ入店した。
「……この世界、ゴーレムの街に似てますね」
クズハは自動ドアを潜りながら、呟いた。
そう言えば、日本エリアに来てからあまり驚いた様子がない。似たものを見た経験があるのだろうか。
「へぇ、どんな街ですか?」
「ゴーレムが統治している街です。文明がとても発達していて、人間や魔族も平等で平穏に暮らせると聞きました」
「本当ですか。あの
「マジですって! 無料体験コーナーで1週間、この目で見て体験したんです! 私はあの街での永住権を買い取るために、お金を貯めてるんですから!」
どうやら本当らしい。もしかしたら僕は、最悪の場所にリスポーンしただけかもしれない。
適当な席でメニューを開き、食べたいものリスト3位のお子様ランチを、クズハとお揃いで注文する。
「そう言えば、このクエストをクリアしたら、凄い報酬が貰えるんですよね? 売ればいくらになりますか?」
クズハがウキウキと瞳を輝かせながら聞いてくる。
「報酬は魔力ですから、お金にならないですよ」
「…………え? だって、先生が凄い報酬を貰えるって」
「貰えるのは凄い魔力です。クズハさんの魔力量が凄く増えます。劇的に強くなれますよ」
しばらく沈黙した後、クズハはテーブルを叩きつける。
「騙されたあああああああ!」
「騙してません。人聞きが悪いですよ」
ただ、何故クズハがクエストにノリノリだったのか、なんとなく理解した。
「……お金のためですか?」
「お金、いけませんか? そもそも先生は、魔力これ以上に必要ないですよね。 先生こそ、何のためか聞いてもいいですか?」
無意識にクズハを避難しようとして、反撃をもらう。
「……僕は……」
ボクが掲げる3つのクエスト。『困ってる人を助けよう』を説明しようとして、
「……違います……」
そうでない事に気づく。この日本エリアをさる間際、最後に交わした言葉があった。それは天国みたいで、夢物語のような話だった。
「パーティが……したいです」
頑張った僕を、褒めてくれるパーティ。
「クズハさんがいて、母さんがいて、郷田さんや乃楽さん、そしてポルカさん。僕の大好きな人が集まって、好きな物をたくさん食べたい。たくさんお喋りして、遊んだりしたいです」
危険なクエストに身を投じるには、あまりに幼稚な理由だった。どんなに言葉を並べて説明しても、理解してもらえない。
「いいですね、それ」
きっと笑われると思っていた。
「魔族は生存本能と欲望に忠実なんです。正直、先生の行動原理が理解できなかったので、安心しました」
クズハが500円玉を指で弾く。
「私はお金! 先生は賞賛と上手い料理と娯楽! 欲望はシンプルで分かりやすい方が、私は好きですよ」
その言葉は、僕によく響いた。
魔族って良いなと思えるくらいに。
「君たち、ちょっといいかな」
不意に声をかけられた。声を視線を向けると、警察のおじさんが立っていた。
「学校はどうしたのかな? 親御さんは?」
このゲームは、治安維持組織に捕まらないと、始まらないのだろうか。
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