第26話 深淵01
⭐︎⭐︎⭐︎領主 アルフォード
私はどこで間違えてしまったのだろう。
家族を、町を守るためと、必死に手を尽くしたつもりだった。
だが、9歳の少女を鞭打ちにする必要が、果たしてあっただろうか。
無い。少し領地経営が楽になるだけで、大した意味は無い。強いて理由を述べるなら、亡き
私がこれだけ不快に思うのだから、きっと領民も同調し、不満のガス抜きができるのではと。
「お父様、お話し合いは終わりましたか?」
娘が遠慮がちに書斎の扉を開けて、顔を覗かせる。
「……アイラか。どうした?」
「あの、お食事の時間で……お母様がお呼びになってます」
「そうか……食事か……」
どうせ仕事に手もつかない。久々に家族と食事をして、気持ちの整理でもしよう。
「わざわざ呼びに来てくれたのか。ありがとう。今、向かうよ」
私が椅子から立ち上がると、娘ははっと顔をあげてポロポロと泣き出してしまった。
「ど、どうした? 具合でも悪いのか?」
私が駆け寄り膝をつくと、娘が胸に飛び込んで来た。
「よかった……お父様が帰ってきた」
「何を言ってるんだ。私は朝から書斎にいたじゃないか」
「違いますの! 最近のお父様は、いつも怖い顔ばかりで! 私やお母様とも言葉も交わさなくて!」
覚えがある。
私は自分のやっている政争が後ろ暗くて、純粋無垢に笑う娘や、悲しい顔をする妻を直視できなくなり、いつしか避けるようになっていた。
ギルに相談できなかったのも、奴に今の自分を見られたくなかったからだ。
「良かった。お母様が言ってましたの。お父様は絶対にお戻りになると。以前の優しいお父様はお戻りになると、言っていましたわ」
娘を悲しませ、妻を不安にさせ、私は一体何をしていたのだろうか。
私は娘を抱え、記憶より大きくなっていた事に気づく。長い間、こうして触れ合わずに館ですれ違い続けた事実に驚いた。同時に、こんな片手で抱えられる少女を、鞭打ちにした事実がのしかかる。
ただ、仕事が楽になるという理由だ。
そんな畜生など、私が吐き気がするほど嫌っていた貴族と一緒ではないか。
しかも、その少女は、娘の恩人である
家族に罪を告白しよう。
そして、あの少女が
事が終われば、私はいかなる拷問の末に、惨たらしく殺されてもいい。家族には安らかな処刑がなされるよう懇願する。無理なら妻と娘には、薬で自決してもらう。生き地獄は私だけで十分だ。
それまでの時間を大切に使わねば。
「アルフォード様っ! 侵入者です!」
私と娘の大切な時間は、衛兵の声により水を差された。領内の混乱に乗じて暗殺を企てた、政敵の刺客だろう。
私は娘を他の衛兵に預け避難させ、指揮にあたる。妻の安全も確保しなければならない。
「侵入者の数と、特徴は?」
「2人です。どちらも子供で1人は魔族の可能性があります」
「魔族だと? 奴らは自己保身の権化だぞ。貴族に喧嘩など売らぬはず……ぁ」
報告にあった少女に関する最後の目撃情報。路地裏で子供の魔族と行動を共にしていた報告されていた。
「状況は、どうなっている?」
「それが強力な魔力障壁で、地下の転移門を占拠しています。魔法部隊で総攻撃を仕掛けてますが、魔力障壁を突破できずにいます!」
貴族が抱える魔法部隊の総攻撃を耐える存在など、プラナ様しか考えられない。
「今すぐ攻撃を中止させろ!」
「中止、ですか。……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
この館を警備を預かる衛兵として、理由を求めるのは当然である。私の指示が、従うに値するか判断するのも彼らの仕事である。
ただ、今回に限り彼らの仕事に付き合う暇はない。これ以上、失態を重ねれば、問答無用で町は更地に変えられる。
「彼女がプラナ様の可能性があるからだ!」
私は衛兵を無視し、地下施設へと走り出した。
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夜になり、始まりの町に潜り込んだ僕らは、裏路地を通り抜け、領主の館に侵入を果たしていた。
「なんか、思ったより警備ガバガバですね。監獄島に比べたら、楽勝ですよ。それに
クズハが扉の鍵をピッキングで開錠する。僕の友達はとても頼もしかった。それに、友達と夜の学校とかに忍び込むイベントもやってみたかったのだ。
「なんだかドキドキしますね」
「先生、権力者の敷地に不法侵入してるのに、イタズラ感覚なのマジでパねぇす」
部屋の中は倉庫らしく、様々な品が棚に陳列している。
「倉庫ですか……転移門の鍵である起動石があるかもしれません。手分けして探しましょう」
クズハの提案で棚をしばらく探していると、それらしい石が入った箱を発見した。
「クズハさん、これですか?」
「え? マジであったんですか? ひょえー…管理体制ヤバいですね。まあ、転移門なんて優秀な魔術師100人くらいの魔力で起動させますからね。鍵なんてあってないような物ですか」
100規模の魔術師が侵入した時点で、館は終わりだもんなぁ。このガバさも仕方ないのか。
他に使えそうな物はないかと見渡し、侵入必須アイテムを発見する。
「クズハさん、 空の木箱を発見しました」
「木箱? それを……どうするんですか?」
クズハがシリアスな雰囲気を作り、尋ねてくる。僕も真面目な顔を作って応戦する。
「こうして被ると、敵に見つかりません」
有名なゲームではダンボールだが、世界観を考えるなら木箱で正解だろう。
「はぁ、先生……」
クズハがやれやれと肩をすくめる。
「……天才じゃないですか」
「ふふ、そうでしょう」
僕らはキャッキャってとはしゃぎなら、木箱をかぶって地下を目指す。転移門の場所も
勝ったな。メシ食べよう。
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「侵入者だああああああ!」
何故バレた。僕らの潜入は完璧だったのに。
木箱を
「敵も中々優秀なようですね」
「先生が舐めプして、本格的に調理始めるからでしょうがああああ!」
「クズハさんも、食べたじゃないですか」
「先生といると緊張感なくなるんですよ!」
僕らは転移門のある広間へ駆け込むと、入り口をデタラメな魔力量の魔力障壁で塞いだ。これで、ここへ入って来れないだろう。
「先生、起動させましたけど、以前私が使用した時は、一か八かで転移させたので、座標の設定とかはできませんよ」
クズハが起動石をはめ込んで、転移門を稼働させる。
「聖女兵装の代用になる、媒体さえあれば魔力量でゴリ押せます。座標はクエストの
一気に魔力を流し込むと、転移門が壊れてしまうので、慎重に魔力を流していく。少し、時間がかかりそうだ。
⭐︎⭐︎⭐︎領主 アルフォード
私が辿り着くと、魔術師達が魔力障壁を破壊しようとこぞって魔法攻撃を叩き込んでする最中だった。
「なんだこのデタラメな魔力障壁は!?」
「ウッソだろ。まるで壊れる気配が無いぞ!」
「高度な魔術ではない。純粋な魔力量で強度を維持してやがる! くそ、絶対に突破するぞ!」
対抗心を燃やして、躍起なっている。魔術師としては優秀だが、魔術や魔法が絡むとポンコツになるのは、私の周りだけだろうか。
「今すぐ攻撃を止めろ!」
私は魔術による爆発音に、負けじと声を張り上げる。
「領主様、後1回、いや3回だけチャレンジさせて下さい。それで諦めますから」
「こんな魔力を無駄食いしている魔力障壁を破れないなんて、屈辱です! 後、3時間あれば攻略法を思いつくかもしれません!」
「いや、これは杖などの媒体を解さずに、魔力障壁を構築している可能性がある。侮るな。相当の手練れだ。くくく、燃えてきたぜぇ」
この、馬鹿共めがぁ。命令無視とはいい度胸だ。
「アイツらを取り押さえろ!」
私は引き連れた衛兵に、捕縛を命じて魔術師を無力化させる。手間をかけさせやがって、町の存亡がかかっているんだぞ。
魔力障壁は幸いにも無色透明で、向こうの様子がよく見えた。頭に花を咲かせた魔族は、
鞭に打たれる姿を遠目に見ており、その少女と容姿が一致する。
「
まだ確定ではない。反応を伺うための呼びかけだった。私の声に少女は顔をあげ、無表情にこちらを見つめた。
「アルフォードさん。お久しぶりです。あの、顔色が優れないようですが、また、お悩みを抱えているのではないですか?」
こちらを気遣う物言いが、あの日の出会いを呼び起こす。
『どうしたんですか? 道の往来で
その瞬間、幻が解けたように、目の前の少女が
「ああ……あぁ、プラナ…様」
私はその場に崩れ落ち、全てを悔いる。あの日、プラナ様に救われ、私が犯してきた過ちが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「アルフォードさん。もしかして、娘さんが体調を崩されましたか? それなら、今からでも癒しに行きますが」
こんな状況でも誰かを想う精神性は、相変わらずだった。間違いない。このお方は、
「違う……違うのです。私は、とんでもない罪を……貴女を鞭打ちにし、
私はその場に平伏して罪を告白する。本来なら、部下の眼前でこんな醜態を晒すなど、貴族として致命傷である。
しかし、そんな些事、心底どうでもよかった。
プラナ様の優しさと奇跡を踏み
黙って首を差し出し、断罪を受け入れるべきだ。そうしてやっと、人として死ぬ事を許される。
「……何なりと処罰を……」
こうべを垂れる私は、黙って沙汰を待つ。石畳を歩く甲高い音が近づいてくる。
「鞭打ちについて、僕は全然、気にしてません。よくある事ですから」
予想外の言葉に、私は思わず顔を上げる。見上げた先には、怒りも悲しみもない、感情の消えた瞳が私を見下ろしていた。
「よく……ある事?」
「はい。集団で襲う。罵声を浴びせる。無視をする。汚物を投げつける。僕が大切にするモノは壊す、殺す。この世界の人達は、そうだったので、よくある事なんです」
なんだ……それは、バリア王国では聖女として、高待遇で迎えられたと聞いていた。そんな事実がありえるのだろうか。
いや、あの国はやる。バリア王国は神殿が強い影響力を持っている。貴族でもない少女が聖女を名乗れば、当然、排除するだろう。
この町で、
「プラナ様が許そうと、他国は到底受け入れないでしょう。それなら、いっその事、プラナ様にこの身を断罪していただきたいのです」
なにも期待していない。プラナ様の無機質な視線が怖かった。だから、縋り付くように罰を求めた。どのような形でも、繋がりが欲しかった。
この少女が、簡単に世界を諦めてしまいそうだから。
「それなら大丈夫です。申請書類の備考欄に、『始まりの町と、その住民に罪はなく、これを理由に害する事は許さない』その様に書いておきました。神託でそれを証明して下さい。全て解決します」
私は申請書類に書かれたニホンゴを思い出す。同時に、プラナ様の御心を、暖炉に投げ込み燃やしてしまった事実に絶望する。
「す、すみません。その、申請書類は……もや、燃やし……」
「ああ、安心して下さい」
プラナ様は慣れた態度で、言葉を繋ぐ。
「ちゃんと3枚予備で書いておきましたよ。僕が作るもの、書くものは、燃やしたり、破ったり、無くしたりしますから。
「あ…ぁ……ああ…ち、ちが……」
違うと否定できなかった。
事実私は彼女の想いを、醜い自己保身で灰にしてしまった。
「先生、扉が開きました!」
魔族の場違いに明るい声に、聖女が振り返る。
「すみません。今、行きます」
転移門によって開かれた空間の裂け目が、遠い場所に思えて仕方なかった。
「プラナ様。一体、どちらに転移されるおつもりですか」
引き止める私の言葉に、プラナ様は背を向けたまま歩みを止めない。
「こことは、違う世界です」
別大陸でもなく、別の世界。その言葉は、私たちの世界が見放された事を意味していた。
「お、お待ち下さい! プラナ様!!」
必死の呼びかけも虚しく、小さな影2つは、空間の亀裂へと消えてしまう。
こうして、世界には愚者と厄災が取り残された。
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20240818
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