一騎当千の聖女兵は曇らせない【後日談】
第34話 日本
トルネンノイトが討伐されて1ヶ月。
謎の少女の活躍により、世界の危機は救われたが、時空の裂け目を閉じる代償として、その記録や記憶は人々から失われていた。
ただ。
『
ここは集団転移事件対策課。
当初は集団失踪事件の対策、原因究明として立ち上がった。後にそれが謎空間による『転移』だと判明し、警察などの政府機関だけでは対応が難しくなり、様々な民間企業や専門機関と連携する事になる。
専門機関と言っても、怪しげな研究を続けている様子がおかしな集団や、宇宙人について真顔で語る自称有識者などである。
それらが呼ばれてもいないのに協力を名乗り出て、悪魔合体したヤベー集団なのである。
『だから! 政府は
「あの、こちらは転移事件の失踪者を捜索し、原因究明を行う所でして、あの少女については何も関与していないんです」
『騙されないぞ。僕は詳しいんだ……恥ずかしくないのか? 大人が安全な場所であんな年端もいかない女の子を戦わせて。僕はしっかり調査して、この結論に至ったんだ。いいか、このような非人道的な…』
「お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。失礼いたしまーす」
埒があかないので通話を勇気の切断。もう知った事かと自暴自棄にも似た心境である。
「大学の研修所からの連絡だったんですよね?」
同僚が首を傾げて聞いてくる。
「そうなんだが、話にならないから仕方ないだろ」
市民に向けた窓口はとっくの昔に閉鎖されている。
じゃあ、先ほどの電話はなんじゃいと言えば、提携している研究機関からの苦情である。ヤツらは日本政府が少女を肉体改造し、生体兵器として運用していると本気で信じているのだ。
「馬鹿げている。魔獣や魔法について知ってるならこんな苦労しねぇよ! ニチアサに出てくる悪の組織と勘違いしてんじゃねぇの? こっちとらただの部署異動してきた市役所職員だっつぅーの!」
「ははは、世間だと日本は、少女を改造して魔獣と戦わせている、狂った国家らしいですからね。先輩、気にしちゃダメですよ。一応、さっきの大学から送られてきた資料置いときますね。確認したら確認印お願いしますね」
後輩はクリップにまとめられた資料を置くと、自分の机へ戻っていく。
鏡文には『
「はぁ、陰謀論者かよ」
数ページだけ目を通して、適当に確認印をおすつもりだった。だが、
「一騎当千隊が実在していた…だと」
それは戦時中の古い資料であった。敗戦が濃厚になり、神風特攻隊など狂った計画が横行し始めた時期である。薬物による強化兵が計画された資料の断片。最終目標は個で千人規模の兵力として運用が計画されていた。その部隊の名は、
『一騎当千隊』
「は、ははは、いやいやないって」
戦時中、それも後期となれば政府や軍も混乱状態にあったはずだ。頭のおかしい計画の1つぐらいあっても仕方ない。
だが、部隊名と計画があまりにも、とある少女と酷似していた。
例えばだ。
戦時中に計画されていた研究機関が、何らかの形で存続していたとしたら。政府の暗部として活動を続け、
疑念を晴らそうと、ページをめくる度に、あらゆる事実や資料が、政府の関与を示していた。
「マジかよ。日本政府、最低だな」
この日、陰謀論者がまた1人誕生した。
⭐︎⭐︎⭐︎
「…残念なら、我々では手の施しようがありません」
「そ、そんなっ! 日本なら治してもらえるんだろ!? ネットで見たんだ。石化を治す少女の動画を! 日本政府はとっくに治療方法を確立してるんだろ!?」
「…それは、病院としても政府にかけあっているのですが、取り合ってもらえず……それに、あれは医療技術と言うより、全く違う未知の技術……言葉を選ばず表すなら『魔法』なのではと。なので、やはり私ではお力になれません」
「なら、その少女…
必死に追い縋るも、医者は首を静かに横に振るだけだった。
数時間後。
待合所に戻ると不安そうな面持ちの妻と娘が出迎えた。
『ダメ……だったのね』
『ああ、すまない』
妻の腕を蝕む石化は侵食を続け、肩をこえて心臓に到達しつつあった。
海外では珍しくない。
野良犬のように魔獣が出没し、人々を日常的に襲っているのだ。食い殺された者や、石化で心臓や臓器が止まり死んだ者をたくさん見てきた。
幸いにも日本国籍を持っていたため、妻と娘を連れて日本に入国できた。しかし、
『謝らないで。あなたはよくやってくれたわ。この娘や、あなただってもう……』
妻が抱く娘は足から侵食が始まり、臓器が機能不全を起こし始めていた。もう、数日食事は愚か、排便すらままならない。僅か3歳の娘が苦しみ悶える姿を前に、胸が引き裂かれそうな想いだった。
何より、金は腐るほどあるのに、何もできない自分が情けなくて仕方なかった。
金こそが正義。金さえあれば全てが思いのまま。
そう信じて疑わず、そうそうに日本に見切りをつけ、海外で起業。起業家として大成功し、現地で妻と出会い、娘を授かり、何不自由ない人生を謳歌していた。
しかし、家族が魔獣に襲われ、命こそ助かったが石化の呪いをうけ、命より大切な家族は死に絶えようとしている。
まさか、日本が世界で1番安全な場所になると知っていたら。
そんな予測は不可能であると知ってはいるが、悔やまずにはいられない。
病院を後にし、宿泊していたホテルに戻ってきた。
妻と娘を部屋に送り届けた後、ロビーでパソコンや電話を駆使し、次の病院を探し始める。
諦めない。諦めてなるものか。
大金をかけた情報収集も、起業家としての伝手を頼ろうと、石化を治療できる医療機関が存在しないと示すだけだった。
絶望感がジワジワと精神を蝕み、石化と共に心が冷たくなるようだった。
「ああ…神様っ!……どうかっ、どうか、俺はどうなってもいい。妻と娘だけでも救ってくれ……たのむよぉ」
スマホを取り落とし、みっともなく涙を溢してしまう。こんな情けない姿を見せる訳にはいかなかった。でも、もう希望が見えない。
「あの、よろしいでしょうか?」
不意に声をかけられ、顔を上げると1人の少女がスマホを差し出していた。
「落としましたよ」
「あ、ああ、ありがとう」
スマホを受け取りつつ、少女の独特な服装に意識が向いた。白と黒を基調とした修道服のようで、軍服にも見えるコスプレじみた容姿。その姿は探し求めていた人物に、よく似ていた。
「石化しているアイコンを見かけたので、様子を見にきて正解でしたね」
少女は石化していた左腕に触れる。
「
変化は劇的だった。光が収まると、左腕の感覚が戻ってきた。急いで手袋を外すと、見慣れた柔肌の左手がそこにあった。
「ああ…ああ……」
何を寝ぼけていたのか。目の前にいるのは動画でも何度も見た、
「治ったようですね。友達を待たせているので、僕はこれで」
「ま、待ってください」
なんとか叫びを飲み込み、少女を引き止める。
ここで喚き散らせば、騒ぎになり、少女が姿をくらませてしまうかもしれない。努めて冷静に対処しなければ、この幸運はするりと逃げてしまう。企業家として交渉の席に座り続けた直感がそう叫んでいた。
「他に治療して欲しい人がいます。私の妻と娘です」
「……案内してください」
少女は怪訝そうな顔で促した。
「感謝します。こちらです」
はやる気持ちを抑え、少女を部屋へ案内する。妻と娘はベッドで横になり、気絶したように眠っていた。事実、日本や病院への移動で体力は限界を迎えていたのだ。石化からくる臓器の機能不全による高熱で、非常に危険な状態にあったのだ。
「お願いします! 妻と娘を助けてください!」
少女の前で土下座をし、懇願する。
「……確認したい事があります。僕は日本政府より派遣された一騎当千の聖女兵です。貴方は日本国籍を有する国民で、保護対象となっています。しかし、貴方の妻と娘さんはその限りではありません」
「…はぁ? 日本人じゃないと助けないと言うんですか!?」
「僕は外国籍の民間人に、干渉する権限がないと言っています。勝手に治療をすると、怒られてしまいますから」
そんなふざけた話があってたまるか。人種や国籍で人命が左右されるなど。
「お願いします! 俺は何でもしますから! おねがいします!」
喉元から溢れかけた罵倒を飲み込み、誠心誠意お願いする。
「国籍が必要だと言うなら何年かけても、妻と娘に日本国籍を取得させます。だから、妻と娘を……助けて下さい! お願いします…お願いします…お願いします…」
壊れたラジオのように懇願すると、少女は無表情な眼差しのまま、口を開く。
「分かりました」
妻と娘のベッドに歩み寄り、手をかざす。
「特別ですよ」
眩い光が2人を包み込み、あまりに呆気なく石化は綺麗に治療された。荒い呼吸も落ち着き、穏やかな寝顔を見せる最愛の人を前に、涙が溢れる。
「ありがとうございます! なんとお礼をすれば良いか!」
「お気遣いなく。僕は政府からの
「お、お待ち下さい」
部屋から退出しようとする少女を引き止め、念の為に用意した現金を封筒のまま差し出す。
「少ないですが、これを」
軽く数百万はある札束を前に、少女はそこから数枚引き抜き懐に入れる。
「ありがとうございます。これで友達との食べ歩きも楽しめそうです」
冗談なのか観光客のような物言いで、少女は今度こそ部屋を後にした。その後ろ姿に膝をついたまま両手を合わせて、
「……ああ、
この日、1人の狂信者が誕生した。
⭐︎⭐︎⭐︎
『だからねぇ…いい加減認めたらどうですか? 日本が保有する生体兵器について』
「ですから、日本政府は関与していないと何度も申し上げているでしょう」
このリモート会議は、国家間で転移事件について協働、連携する国際機関の報告会であった。あらゆる国がこの機関に所属し、注目は常に日本へと向けられていた。
『なにも我々は日本を非難しているわけではないのです。その技術があれば世界は救われる。共に技術を共有し、魔獣なんてふざけた
『我々は日本政府の非人道的な人体実験を非難し、制裁を加えるこもと可能なのですよ』
『引き際は弁えるべきだと思いますがね』
何も直接的にこんな会話をしているのではなく、持って回った言い方を要約した各国の主張である。
勘弁してくれ。
各国の対応に追われる担当者は、この事態を招いた
元々この国際機関も、世界で多発する転移失踪事件について情報交換し、共同的に事件解決をしようと立ち上がった機関のはずだ。
それが今では、国家防衛を超えた世界防衛とも言うべき機関へと形を変えていた。魔獣の被害は世界レベルで深刻であり、早急に対処すべき問題なのだ。
そう、日本をのぞいて。
最近では魔獣由来の毒や石化の病を、癒して回っている。日本限定で。しかも、ネットでは日本国籍の者しか治療しないと噂もあるほどだ。
おかげで日本国籍を取得しようと押し寄せた外国人の対応に追われている。海上保安庁は急増した密入国を食い止めるため連日駆り出されている。
このままでは日本は国際社会から孤立してしまう。
各国を抑えるにも限界が見え始めた頃、
『すみません。こちら、一騎当千隊の聖女。
リモート会議に割り込んだ回線が、とんでもない事をほざき始めた。
『
『あの噂の強化兵』
『幼い少女の声……やはり事実であったか』
各国にどよめきが起きる。
「は、はぁぁぁぁ!?
どの国よりも日本が何千倍も驚いていた。
そのオーバリアクションは、何も知らない各国からは、白々しい演技にしか見えなかった。
『
核爆弾のような発言が、会議に投下された。
『資料はお送りした通りです。この場所では、僕と同じ強化兵を作ろうとしているようでした。魔石を体内に埋め込み、実験を繰り返していたようです。魔石の入手経路は日本で僕が討伐した魔獣からですね。不法な金銭の流れが確認できます。誰か横流しをした者がいるので、管理を徹底してください」
資料と映像には子供を人体実験して積み上げた残骸と、いくつもの証拠が提示されていた。
「多分、僕が日本人の子供なので、日本人が必要と考えたのでしょうね。拉致された民間人も10歳前後の少女でした。7カ国で数は合わせて47人。全て保護しました」
淡々と言葉の核ミサイルが放たれ、会議は阿鼻叫喚となる。言うまでなく国際問題であり、日本を非人道的と責める所ではない。普通に子供をモルモットにして魔石埋め込んで、殺しているのである。しかも、他国……日本から子供を拉致して。
『民間人は自衛隊に引き渡しますので、国際的な擦り合わせはお任せします。それでは』
通信が途切れ、交渉とか思惑とか権力とか、何もかも更地にされた国際会議は、ぶっ壊れた。
この日、各国の非道な人体実験が世間に拡散された。
⭐︎⭐︎⭐︎
「先生! これ、メッチャ美味しいですね!」
「ですね。これが、こってりラーメン……恐ろしい美味さです」
二郎系ラーメンを堪能し、僕はその破壊力に心を奪われる。
『拉致された日本人を救助せよ』
僕は日本で好き放題にエンジョイしていた。
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不定期更新の後日談その1です。
世界の反応がいまいち描写不足でしたので保管の意味も込めました。
次回も不定期です。書き上がり次第に時間関係なく投稿します。
投稿に際し、一瞬だけ完結を外し、また完結にするので、表示がおかしくなると思いますが、ご了承下さい。
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