第18話 要請

 夕ご飯を食べながら、過去ログを漁ってみたが、異世界で足を切り飛ばされた少年で間違いなかった。


 まさかサブクエストで主軸となるNPCキャラだったとは。この銀灰プラナ=グレイの目をもってしても見抜けなかった。


 スッキリした気分でログインを果たした僕を、少年が迎えてくれた。


 老人と女性を、仮想窓ウィンドウで状態異常が消えているか確認する。聖水は効果的に作用しているようだった。


 気絶スタンしているようだし、1日は安静

にしてもらおう。


「すみません。休憩がてら状況を整理していました。今後の行動方針をお話しします」


 何か言いたげな少年だが、まずは用件は伝えておこう。


任務クエスト達成クリアは条件は、トルネンブラッドの討伐です。地図マップで確認しましたが、死闘結界デスマッチが島全体を囲い脱出は不可能。島民は1000人以上おり、全員を収容する施設も存在しません」


 仮想窓ウィンドウを少年にも見えるよう投影し、現状を視覚化させる。


「なので、島の中央にある学校に拠点を作り、生存者を救助します。ここまではよろしいですか?」


「待ってくれ。そもそも俺がそれを聞いてどうするんだよ?」


 不思議なことを聞くNPCだ。ゾンビゲー以前に、ゲームのお約束を何も分かっていない。


「君に、協力を依頼するからです」


「はぁっ!? そう言うのは警察や大人の仕事だろ? 俺はただの小学生だぞ」


「最もな意見ですが、警察や大人は現状役に立ちません。理由を説明します」


 前提知識であるトルネンブラッドの特性と赤霧、ゾンビ化について解説する。


「……余計に俺が手を貸す話じゃないよな? 軍隊とか国が動くレベルだぞ」


死闘結界デスマッチで軍隊や国は干渉できません。大人や警察を頼らないのは、島で唯一の交番はすでにゾンビ化しているからです」


 僕は仮想窓ウィンドウに、ゾンビ化アイコンを表示する。


「交番だけではなく、島全体が赤霧に覆われ、ゾンビ化しています。屋外に出ていた者は例外なくゾンビ化し、屋内にも感染が拡大中です」


 地図マップはゾンビ化アイコンで、真っ赤に染まっていた。


「こ、こんな数のゾンビ…無理じゃん」


「ゾンビではなく、生存者が厄介です。ゾンビ同士は攻撃しませんが、生存者はゾンビを殺してしまう危険性があります」


 ゾンビはしばらく放置でいい。腐敗が進むのは数日先の話で、動いているなら死亡判定ではない。時間はかかるが、島全体を一気に浄化する手立てもある。


 だが、生存者は早めに保護しないと、手遅れになる。


「ゾンビは魔獣ではありません。なので人でも簡単に殺せてしまいます。死者は、僕でも治療は不可能です」


 最も警戒するべきは、生きた人間なのだ。ゾンビゲームのお約束である。


「なぁ、その話だと俺がゾンビ化していないのはおかしくねぇか? 俺、外にいたんだけど」


「ああ、それが君に協力を要請する理由です。異世界で僕がご馳走を振る舞ったことを覚えていますか?」


「……あ、ああ」


「あれには膨大な魔力が含まれているので、食べた者の状態異常を防いでくれます。君は赤霧でゾンビ化せず活動できる数少ない現地人です」


 僕は少年へと手を差し伸べる。


「僕は島の事情に疎く、現地の実態を知る人の協力が必要です。……任務クエストを手伝ってはくれませんか?」


 少年はしばし悩んだ後、僕の手をとり立ち上がる。


「やるよ。俺、この島好きだし、親戚や仲のいい奴もいる」


「ええ、よろしくお願いします」


 地元のNPCとの協力は、必須だと僕のゲーム脳が騒いでいたので、説得が成功して一安心する。追加で頼りになる大人のNPCもいれば完璧だ。


穂丸ほまる 流華るかだ。よろしく」


 真っ直ぐな言葉で返す少年を、知っている気がした。


 その名前を何度も呼んだ覚えがある。とても大切な言葉を交わしたはずだと、心が訴えてくるようだった。だけど、いくら記憶を遡っても、想いは霞となって飛散していく。


 名前の響きがポルカと似ていたので、勘違いしたのだろうと、深くは考えないことにした。



⭐︎⭐︎⭐︎郷田 勝



『ねぇ、郷田さん。私たちの自宅待機はいつ解除されるんですか? もう2週間は過ぎてますよ』


 電話ごしで不機嫌オーラを放ってくる部下に、俺は溜め息をつく。


「さぁな。上の動きは知らないが、俺たちの扱いに困っているのは確かだろう」


 自宅の窓から見下ろすと、これ見よがしに自動車が止められ、監視の目を光らせていた。この電話も盗聴されていると考えた方がいいだろう。


『私は! 栞さんが心配なんですよ! プラナちゃんとあんな別れ方して……最後は笑ってプラナちゃんと隠れんぼしているとか言い出すし……絶対あれ、ヤバいやつですよ』


 栞さんが救急隊に運ばれたその後を知らない。ただ、何時間も子供の名前を呼び、探し回った挙句、俺たちに一緒に探してくれと懇願した言葉が思い出される。


『ここに…さっきまでここにいたんです! 私が目を離したらいなくなって! ああ…どうしよう。怪我しているんです!! 腕が…腕が千切れて、それで、たくさん血も出て、あの子は手を伸ばして……でも、私はその手を掴めなくて! 早く助けてあげないと!!』


 これ以上はマズイと判断した救助隊が、取り押さえる形で搬送されるまで彼女は探し続けていた。


「とにかく今、俺たちは下手に動かず、現場復帰に努めるしかない。自衛隊を追われれば、プラナとの繋がりもなくなるからな」


 そう通話を締めくくろうとした時、テレビから既視感のある映像が飛び込んできた。


『郷田さん……テレビ、見てますか?』


「ああ、遂に2度目が発生したか」


 テレビでは離島が赤黒い霧に覆われた、映像が映し出されていた。リポーターが見えない壁があり、離島には近寄れないと騒ぎ立てている。


 間違いなく、異世界絡みの災害発生だった。


「乃楽、あそこにプラナがいる可能性は高いが、自宅から飛び出すなよ。監視に取り押さえられるだけだ」


『でも、じっとしてるだけなんて』


「訓練でも最悪を想定し、攻め込まず待機なんてザラにあるだろ」


『そんな時は、大体攻め込んでたら勝てたと後悔するんですよ!』


 いや、そういう時もあるけどさ。


【ちょうどよかったです。2人ともこちらの状況は大体把握されているようですね】


「だから、把握とかの以前にだなぁ……は?」


『え、誰? 郷田さん、通話に割り込まれてません?』


【お久しぶりです。銀灰プラナ=グレイです。今、あなた方の脳に直接語りかけています。テレパシーというヤツです。実は2人に協力を要請したく意識を繋げました】


 唐突なプラナの接触に、俺は返す言葉を失った。乃楽も同じらしく、沈黙が続く。


【ご存知の通り、任務クエストの最中ですが、問題が発生しました。民間人が説得できず困っています。やはり子供2人のパーティには無理がありました】


『すまない。少し混乱していてな。つまり……俺たちは何をすればいい?』


【今から『星扉スターゲイト』を開きます。それを潜って、現地に合流して下さい】


 プラナが言い終えると、目の前に亀裂が走り、空間に口を開く。その先は深海のような暗闇に星が瞬いている。何度見ても、本能的な恐怖を逆撫でする空間だった。


『郷田さん、私は行きますから!』


 乃楽が宣言して、通話が途切れる。


「チクショウが! 行かないわけないだろうがああああ!」


 俺はスマホをポケットに突っ込み、暗闇へと飛び込んだ。



⭐︎⭐︎⭐︎



 亀裂を潜ると、寂れた体育館の中だった。


 隣には既に乃楽が立っており、周囲の状況を確認している。


「郷田さん、乃楽さん。協力要請に答えて下さりありがとうございます」


 弱々しい声でプラナが語りかけてきた。


 見るとプラナは若い女性に抱っこされていた。メガネをかけた真面目そうな女性で、ラフなジャージ姿をしている。首には学校職員を示すネームプレートがぶら下がっていた。


「だ、誰ですか!? あなた方は!!」


 プラナを庇うように隠し、警戒する女性。

 

 虚空から現れた俺たちは、確かに誰やねんとなるだろう。しかし、俺たちも急展開の連続で混乱しているのだ。


「プラナ、状況を説明して欲しい」


「はい……全てをお話しします」


 無表情ながらしょんぼりした様子で、プラナが自供を始めた。



⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ


 意気揚々と学校に乗り込んだ僕と流華は、聖水無双で一瞬で校内を制圧した。流華に渡した護身用の水鉄砲と聖水剣が、活躍したのが意外だった。流華の想像を絶する奮闘で、予想より早くに任務クエストが終わりそうだと、油断していたのだ。


 この学校にも生存者がおり、体育館に子供たちを集め、避難していた教職員が1人いた。


 そう、現在僕を抱えている女性教師だ。


 僕と流華がテンション高めに、学校攻略の武勇伝を語った所、予想外の反応を見せた。


 褒められると思った僕たちを襲ったのは、優しい抱擁に『危ないことをしちゃ、もうダメよ』と諭す言葉だった。


 なるほど。心配する大人NPCでしたか。


 そう気づいた時には遅く、僕は捕縛されたまま説得をするハメとなった。


 そして、僕が全部のゾンビをなんとかするから安心してね! と言い続ける事1時間。


 僕を野に放たれないまま、無駄な時間を過ごすことになった。仮想窓ウィンドウでは、流華が僕に代わって近場の生存者の救助活動を始めてしまっている。流石にNPCだけ先行させるのは危険すぎる。


 力ずくで振り解くことも可能だが、加減を間違えば怪我をさせてしまう。こんなにも僕を心配してくれるNPCを傷つけるのも嫌なので、最終手段をとることにしたのだ。


 郷田さん、乃楽さん、ヘルプミー。



⭐︎⭐︎⭐︎ 天本 栞


 退院を告げられた私は、真っ先に地下シェルターへと足を運んだ。


 平時は地下街であるその場所は、人の往来で溢れかえり、語の痕跡を見つけることはできなかった。


 1日中探し回り、私は疲れ果て別荘へと帰って来た。リビングは荒れており、事件当時のままだった。片付けてしまうと、語の痕跡を決してしまうようで嫌だった。


「……語……何処にいるの?」


 私が呟き、机に伏せって数刻した頃。


 ピーンポーンとインターホンが鳴り響いた。


 お客など、殆ど来ないと言うのに。もしかしたら、あの自衛官が語について、調べてくれていたのかもしれない。


 期待を胸に玄関の扉を開け、絶句する。


「……ただいま、母さん。僕、帰ってきたよ」


 語がそこに立っていた。

 

 生きて、病院服で、いなくなった姿のままで。


 気づくと体が動いて強く抱きしめていた。今度こそ神様が、語を連れて行ってしまいそうで怖かった。


「語……語なのよね? これ、夢じゃないわよね?」


「夢じゃないよ。母さん、これからはずっと一緒だから」


「あぁ……よかった。よかった…母さん、ずっと探してたのよ」


 温かい。ちゃんといるんだ。悪夢は終わったんだ。


「ふふ……ごめんね。母さん」


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 おっといけません。思わず笑ってしまいました。


 玄関の鏡には歯を剥き出して笑うかたるが写っていました。


 偽りとはいえ、あの子はあんな下品な笑い方はしません。このログは削除対象ですねぇ。


 ああ、我が子よ。安心してください。


 地球での居場所さえなくなれば、きっと分かってくれるはずですよね?

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