第15話 エディケイション

「まさか貴方が、あの銀灰プラナ=グレイ様だとは思いもしませんでした。バリア王国でのご活躍はかねがね伺っております」


 レストランの特等席で、僕は客船のオーナーと名乗る男から招待を受けていた。先ほど配膳された前菜は、無駄に広い皿にこぢんまりと盛られている。正直これが美味しそうに見えるのか、僕には判断ができなかった。


 謎料理は一旦放置をして、オーナーの話に耳を傾ける。先程からオーナーは、僕の武勇伝を語っているのだが、脚色が酷すぎて別物語になっていた。そして、話は自然とドップンヘビ討伐へと推移していく。


「迅速に対処したつもりでしかたが、被害はありませんでしたか?」


 流れで懸念事項を尋ねおく。


「お陰様で、ほぼ皆無ですよ。パニックで転んだ者が数名いましたが、幸いにも軽傷でした。すでに医療班が治療を済ませております」


 仮想窓ウィンドウに示す通り、負傷者もいないようだ。


「それが聞けて安心しました。では、失礼します」


 脚が高めの椅子から飛び降り、頭を下げる。


「お、お待ちください。料理にも全く手をつけていないじゃないですか。何か急ぎであれば、我々に手伝わせて下さい」


 情報データで出来た料理を一瞥する。食べても現実の腹は膨れないし、美味しい料理なら尚のこと食べるわけにはいかない。ログアウト後に待ち受ける、味気のない病院食が食べれなくなってしまう。


 それに、今の僕には何よりも優先されるの真っ最中なのだ。


「お気持ちは嬉しいですが、料理も援助も必要ありません。そろそろ様子を見に行かないと、潮に流されてしまいます」


「……盗みを働いた、例の魔族の事でしょうか?」


 クズハには夜通しでボートを漕いでもらっている。なかなか根性があり、今だ追い縋っていた。


 海が一望できるこの特等席からは、必死にオールを振るうクズハがよく見えた。


「はい。クズハさんの事です。……このままだと、ボートが引き離されちゃいますね。オーナーさん、少しだけ巡航を遅くできますか?」


「可能ですが、一気に引き離してしまえば良いのでは?」


「ダメですよ。希望が見えないと、人は頑張れません。手が届くと勘違いをさせて、ありもしない虹のふもとを目指してもらいます」


「生殺し……ですか。プラナ様は、あの魔族をそれ程までに、憎んでいるのですね」


「憎む?」


 的外れな事を言うオーナーさんに笑ってしまう。


「彼女は僕の友達ですよ。元気で明るくて、考えもしない事ばかりして、一緒にいるだけで心が揺さぶられて、とても楽しいんです。よく裏切ってきますが、僕が欲しい言葉をくれたり、案外いい奴なんですよ」


「は、はぁ…それは…素敵な、ご友人なのですね」


 何故かドン引きしているオーナーさんから視線を外し、大海原を見渡す。


 真っ白な入道雲が沸き立つ青空の下、キラキラと日差しを照り返す海がとても美しく見えた。この情景を目に焼き付けるよう、だんだんと小さくなるボートを見つめる。


「ふふ。僕の大切な友達」


 あんな必死になって、可愛いね。


 微笑ましすぎて、頬が緩んでしまう。


 さて、頑張っている友達に、励ましの言葉をかけに行かなきゃ。

 

 僕はルンルン気分で『流星ながれぼし』を起動し、クズハの元へと飛び立つのだった。


 

⭐︎⭐︎⭐︎

 


 綺麗な夕日が水平線に沈む頃。


 クズハが遂に力尽きてしまった。ぶっ倒れたまま痙攣しているあたり、本当に限界なのだろう。十分に教育を施せたと思うので、道徳授業を終えることにした。


 ボートごと甲板に戻すと、最後の力を振り絞り、ゾンビのような動きで、ボートから這い出して来た。


「み、水ぅ〜……」


 水をあげるとそれはもう、美味しそうに飲み干した。お花に水をあげる気分で眺めていると、安心したのか気絶したまま動かなくなってしまった。多分、身体アバターの安全が確保されたから、ログアウトしたのだろう。


「まったく、仕方のない人ですね」


 僕は『七星セブンクロス』を起動し、倉庫ストレージから7つの光球を解き放つ。


「ピカイチ、ピカニィは、クズハさんを部屋まで運んで下さい。残りはボートの貴金属を元の場所に戻し、周囲の警戒お願います」


 クズハを自室に移動させ、ベッドに寝かしつける。しばらく眺めているとある異変に気づく。


 クズハの頭に咲いていた紫陽花あじさいが枯れていた。みるみるうちに、枯葉や花びらを散らし、根元からポロリと落ちてしまった。


 仮想窓ウィンドウを確認すると、状態異常もなく、健康そのものだ。多分、植物族アルラウネ特有の生態なのだろう。


 植物族アルラウネと言えば、命の危機や過剰なストレスに晒されると、非常食の実をつけると聞いた事がある。


 面白そうなので、僕は倉庫ストレージからスケッチブックを取り出して、観察を開始する。


 観察を続けること数時間。


 窓から朝の日差しが差し込む頃、新たに生えてきた双葉が成長し、見事な赤い果実を実らせた。


「おお、本当に実をつけるんだ」


 世の中には植物族アルラウネを奴隷化し、劣悪な環境で果実を育成する非道な奴がいるらしい。鬼畜の所業だが、果実はとても美味であり、とんでもない値段で取引されている。


 僕はそんな外道に堕ちてまで、実を食べたいとは思わない。


 ただ、目の前に偶然にも実った果実がある。


「えい」


「ぎゃああああああああ! 痛ったあああああ!」


 興味本位から実をもぎ取ると、クズハがログインしてきた。


「クズハさん、おはようございます」


 果実をかじると、林檎のような酸味に、ハチミツのような甘ったるさが混じる不思議な味だった。素直な感想を言えば、凄く美味しい。希少性を考えると、異常な高値も納得だった。


「なななななな、何食べてるんですか!?」


「え? クズハさんの果実ですけど」


「え…いや、そのぉ……プラ…先生は美食教徒だったんですか?」


「失礼な。あんな邪教を信仰するわけないでしょう。ご馳走様でした」


 美味しい料理のためなら殺人も厭わないイかれた集団である。僕はこの通り、両手を合わせて食材に感謝する心も忘れない善良なPCプレイヤーだ。


「そんな事よりクズハさん」


「そんな事!? そんな事で片付けていいんですかコレ!?」


 僕はスケッチブックをめくり、一晩じっくり考えた道徳授業のタイムスケジュールを見せる。


「新大陸に着くまで1週間あります。その間、クズハさんには道徳授業を受けてもらいます」 


「いえ、それよりもチラッと見えた私の観察スケッチが気になるんですけど!? 植物の成長日記みたいに研究されてましたよね!? メッチャ怖いんですけど!」


「今日は絵本を読んで人の心について勉強していきましょう」


「はい先生。拒否権はないでしょうか?」


「タイトルは『かわいそうなサイ』です。その昔、動物園には…」


「あ、やっぱ強制なんですね」


 こうしてクズハに道徳を叩き込み、豪華客船の旅は終了した。



⭐︎⭐︎⭐︎



「先生、私は商人ギルドに露店販売の許可を貰いに行くので、ここでお別れです。大通りで商売をしていますから、暇なら買いに来て下さい」


 久々の陸地を堪能する余裕もなく、クズハと別行動をする事になった。


 僕もこの後、ポルカと待ち合わせをしているので、ちょうどいい。


 始まりの町。


 正式名称を『始まりの町ララーナ』という。


 ポルカが言う通り、そこはたくさんの人で溢れていた。お祭のような活気も相まり、人混みに酔ってしまいそうだ。


 『水星神殿』から普段の軍服に着替えた僕は、冒険者ギルドへと足を向ける。


 この小さな身体アバターでは、人の波をかき分けるのは困難を極めたが、何とかギルドまで到着した。


 しかし、そこにポルカの姿はなく、代わりに書き置きがギルドの受付に預けられていた。


『迷宮の様子がおかしい。希少個体ユニークが出没し、魔獣の数も増加している。大氾濫スタンビートが予想されるが、人為的なものを感じる。俺は迷宮に潜るから、プラナは町で異常がないか探り、もしイベントが発生したら防衛をして欲しい』


 要約すると、そんな手紙だった。


 仮想窓ウィンドウからポルカに通信を繋ぐが、圏外と表示されて繋がらない。


 おそらく迷宮の深部へと潜っているのだろう。


 ある階層を過ぎると、地上にいる友達フレンドとの通話ができなくなる。謎な仕様だが、このアングラなゲームは、面倒なシステムやルールがごまんとある。


 考えても仕方ないので、僕はクズハの様子を見に行くことにした。


 大通りに出ると、露店が立ち並び商人たちが声を張り上げて商売に勤しんでいた。人がごった返すこの場所で、クズハと会えるだろうか。


「はぁ!? 商売が出来ないってどう言う事ですか!?」


 いつでも騒がしい僕の友達は、すんなり見つかった。今日も元気に3人の男性を相手取り、喚き散らしている。


「クズハさん、これはなんの騒ぎですか?」


「あ、先生!」


 声をかけると、クズハは勝ち誇った笑みで、男たちに指を突きつける。


「コイツらが私の商品にイチャモンをつけて来るんですよ! 悪い奴らなんです! へへ、やっちゃって下さいよ先生!」


 僕はとりあえず、拳銃ハンドガンの『星屑ほしくず』を取り出した。


「へっへへへ、貴様らはもうおしまいだ! 先生はあの海王龍を単騎で討伐できる実力者なんですよ! お前ら雑魚どもなんて…」


「ちょっと、黙っていて下さい」


 クズハの膝を撃ち抜いて、無力化しておく。


「ぎゃあああああああ痛ったああああああ! 先生えぇぇ! 誰を撃ってるんですかああぁ!?」


 のたうち回るクズハを一旦無視して、男たちに向き直る。


「すみません。彼女は僕の友達なんですけど、まだ教育中でして。何かありましたか?」


「友…達? いや、この魔族が売っている聖水が期限切れでただの水になってるから、注意をしていたんだ。商業ギルドの管理下で、詐欺まがいの商売を認めるわけにはいかないからな」


 仮想窓ウィンドウで確認すると、確かにクズハが並べているガラス瓶は全てなんの効果もない水のようだった。


 痛い痛いと大袈裟に転がるクズハを治療をして、事情を伺う。


「バリア王国の王都で、聖水を購入したんです。あそこでは経年劣化しない謎の聖水が出回ってるとの噂でしたから。ちゃんと大聖堂に行って、最高級な聖水を買ったんですよ! 質は保証するって念書も書いて貰って!」


「いや、バリア王国から船できたのだろう? 聖水は7日で効果がなくなるのは常識だ。その念書も7日後の保証なんて書いてないし、騙されたんだろうな。それに、噂の聖水はこのように透明でなく、星のような輝きが含まれている」


 男が取り出し聖水は、キラキラと光の粒子が舞う幻想的な代物だった。


「そんな。じゃあこの聖水は……」


「残念だがなんの価値もない水だ。空瓶として売るなら問題ないが」


「あ…あああああああぁぁぁぁ! 私の全財産がああああああああ!」


 崩れ落ちるクズハは余りにも哀れで可哀想だった。


 僕はおもむろに小瓶の水に魔力を注ぎ込む。すると、瓶の中に星々が生まれ、聖水としての効力を取り戻した。


「はい、これで売り物になりますね」


「せ、先生が噂の聖水を作ってたんですか!?」


 バリア王国では、僕が不在の間、保険として聖水を大量に生成していた。その一部が市場に流れ、噂となったのだろう。


「……すみません。幼い容姿に修道服の装い。銀灰プラナ=グレイ様で間違い無いでしょうか?」


 男たちが畏まった様子で、僕に話しかけてきた。


「はい。僕は銀灰プラナ=グレイですが」


「無理を承知で助力をお願い致します。この町で発生している病を癒して頂きたいのです」


 プライドもなく往来で頭を下げる男たち。


「……病とは?」


「『ゾンビ化』です。幸運な事にある冒険者の働きで、感染者は少数です。ですが、この町の治癒術師では全く太刀打ちできません」


 仮想窓ウィンドウ地図マップには、『ゾンビ化』の状態異常を示すアイコンが3つ明滅していた。


 これ、ゾンビで溢れかえるヤツだ。


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