メインクエスト:新大陸へ向けて航海せよ

第13話 サマーバケーション

⭐︎⭐︎⭐︎ロックの定食屋・2階宿泊施設


『で、新大陸が解放されてる訳よ!』


 トルネンダストを討伐した翌日、ポルカに連絡をとってみると、新しく解放された新エリアへもう来ているらしいのだ。


「へえ、どんな所なんですか?」


『それが【始まりの町】だとよ』


「今更、始まりの町ですか」


『伝説の勇者が旅立った町だから、そう呼ばれてるんだよ。勇者の生まれ故郷で、言ってしまうと観光名所だな。西洋風の街並みなのに、世界観ぶち壊して、温泉街に勇者饅頭もあるし、武器屋には日本刀が並んでやがる』


「それって日本からの転生者が温泉掘り当てて、日本文化広めたパターンですよね?」


『大体そんな設定だろうなぁ。近々、勇聖祭ゆうせいせさいが始まるだろ? で、ここでは観光客で大賑わいしている』


 このゲームでは1年に一度、勇聖祭が行われる。その内容がどう言うものなのか、僕たちは知らない。ある時期になるとNPCが、「今日から勇聖祭だねぇ」と、会話を始めるのだが、特にお祭りをしている様子もないので不思議だった。


「つまり、始まりの町に行けば、勇聖祭について何か分かると?」


『俺はそう睨んでいる。プラナも大陸渡って、地図マップ解放しておけ。大きなイベントの匂いがするからヨォ』


「分かりました。では、現地で会いましょう」


 ポルカとの通信を終えて、これからの方針について考える。


 飛行兵装の『流星流れ星』で、一気に新大陸を横断するのも悪くない。ただ、せっかく海を航るイベントなのだ。それでは味気ない。


 仮想窓ウィンドウには、『新大陸へ向けて航海せよ』の任務クエストが表示されている。


『新大陸へ向けて航海せよ』

追加任務チャレンジクエスト

⬜︎船に乗り新大陸は航る。

⬜︎『チャプタートル』を討伐する。

⬜︎始まりの町を地図マップに登録する。


 今回は3つ追加任務チャレンジクエストが設定されている。クリアすればご褒美として、強めの魔獣を討伐したぐらいの魔力がもらえるのだ。


 ゲーマーとしてはRPGの基本である、航海イベントは体験してみたい。それに、港町スナハは海水浴場としても有名だ。観光気分を味わいつつ、旅をするのも悪くない。


「行くか。港町スナハ」


 僕は水中戦に備えて、聖女兵装『水星神殿マーキュリー』を装備する。


 その兵装はセーラ服モチーフのだった。


 色合いカラーリングこそ修道服である白と黒を基調としているが、銀装飾と相まり、タチの悪い仮装コスプレにしか見えないだろう。


 だが、僕は本気マジなのだ。


 この兵装なしでは、勝てない闘いが幾つもあった。水場へ行くのに、水星神殿マーキュリーを装備しない理由がない。初期こそ羞恥心から毛嫌いしていたが、今なら誇りを持ち装備できる。


 準備は整った。


 忘れ物はないかと周りを見渡す。


 ロックの定食屋で借りている部屋には、家具のベッドしかない。ゲームの都合、ここはログアウトするだけの部屋で、他に必要とする物がないからだ。


 確認を終えた僕が、ペタペタと素足で1階の定食屋へ降り立つと、店内が静まり返った。


「……プラナ様、その格好は?」


 恐る恐るといった様子で、店主のロックさんが声をかけて来る。


「港町スナハに行くので、着替えました」


「不躾で恐縮なのですが、それは港町で流行っている水着……ですよね?」


 水着ではなく聖女兵装なのだが、訂正も面倒なので頷いておく。


「ええ、海水浴をしてみたいので」


 急ぐ旅でもない。1日は海で泳いで遊ぶ旨を伝える。


「討伐依頼や奉仕活動ではなく? 遊びに行くのですか?」


「……いけなかったでしょうか?」


「何も問題ありません! どうぞ楽しんできてください!」


 何故かロックさんは感動して泣き出すし、冒険者の一人が「今日は宴だああぁぁ!」と騒ぎ始めた。


 今日もロックの定食屋は賑やかである。


 とは言え。 


 港町スナハは、船の往来を支える、貿易の要として機能している。バリア王国で唯一の港町で、国交の生命線と呼ばれる大切な場所だ。海から多種多様な民族が行き交う都合、トラブルが絶えない。


 そんな場所へ不用意に、『星扉スターゲイト』でワープしたり、空を飛んでいくと、もの凄く怒られるだろう。


「それでしたら、我が商隊をご利用下さい!」


 僕が悩んでいると、居合わせてた若い商人に乗合の馬車を紹介された。


 ロックの居酒屋に食材を卸している商隊で、都合よく港町にむかうのだと言う。


「ご迷惑でなければ、よろしくお願いします」


「滅相もございません。それより、プラナ様。海水浴を楽しむのなら、他にも入り用でしょう。明日までに我々の方で準備をしておきます。明朝! 何としても! 必ず! 出発させますので、ロックの定食屋の前で合流しましょう!」


「はぁ……では、また明日」

 

 商人の剣幕に圧倒されつつ、僕の港町行きは決定した。


⭐︎⭐︎⭐︎


 翌朝、僕が待ち合わせ場所に向かうと、馬車が数台停まっており、ニコニコ顔で商人が待ち構えていた。


「おはようございます! プラナ様! 良い朝ですね! あひゃはははははははっ!」


 目の下にクマを作った、徹夜明けのテンションの商人がそこにいた。


「こちらが、お約束の物となっております。どうぞ、お納めください」


 そんな言葉とともに差し出されたのは、日本でも馴染み深い海水浴グッズの数々だった。


「……僕に必要でしょうか?」


「プラナ様は海が初めてだと聞きます。海に慣れるまでは、浮き輪は必須でしょう! それに、水中で目を開けられない人も多いのです。ゴーグルも必要ですねぇ。海辺では日光も天敵です。プラナ様の白い柔肌などすぐに日焼けしてしまいますよ。ツバの広いこの帽子と、サングラス、日焼け止めポーションを塗ることをお忘れ無く!」


 捲し立てられ、渡された道具を呆気に取られながらも受け取る。


 まとめて倉庫ストレージに放り込むのも、せっかく準備してくれた商人に申し訳ない。デザインの気に入った浮き輪とサングラスだけは装備することにした。


 こうして、水着とサングラスを装備し、浮き輪を抱えた、海水浴をウキウキで楽しみにする子供ガキが完成した。


「あの、代金は?」


「いりません」


「え?」


 これだけの商品が、タダってことないよね?


「それは売れ残りでして、プラナ様が使わなければ廃棄する予定だったのです! いやぁひゃはは、なので、お金は必要ありません!」


「……いいのですか?」


「いいのです!」


 いいのかなぁ。


 断固とお金を受け取らない姿勢の商人に根負けして、僕は馬車に乗り込んだ。


「……ぅぁ、頭の悪そうなのが来た」


 いきなり酷いことを言われた。


 声の主は、12歳くらいの女の子だった。


 黒髪で猫目のパッチリとした快活そうな顔立ちだ。頭にはドデカい紫陽花あじさいの花が咲いている。花飾りではなく、頭に自生しているのか蔦が時折くるくると動いていた。


 こんな種族を見たことがある。


 植物種アルラウネという、植物の要素を持って生まれる一族だ。


「おはようございます。港町スナハまで商隊に同席することになりました。短い期間ですがよろしくお願いします」


「……スナハ、てことは観光目的ですか。王都の人間は、お気楽ですね」


 紫陽花あじさい少女は、呆れた表情で僕を指差す。


「いいですか。王都を出れば、魔獣や盗賊が蔓延る無法地帯なんですよ。そんなふざけた格好、旅を舐めすぎです。死ぬのは勝手ですが、商隊へ迷惑はかけないで下さいね」


 そう言うと、少女は麻布にくるまり寝息をたてはじめた。寝起きで不機嫌のようだった。


「嬢ちゃん、魔族が言うことなんざ、気にすることはねぇぞ。奴らは人の心が分からねぇからよ」


 同席していた若い冒険者が言うように、魔獣と人間の判断が曖昧な種族がいる。


 魔獣に近い容姿と魔力を持ち、行動原理は人とは隔絶しているが、言葉による対話が可能な存在。


 それらを総称して、人は『魔族』と呼んでいた。


⭐︎⭐︎⭐︎


「魔獣……しかも、『歩く泉』だと! なんで迷宮の外にいるんだ!? ……っあ、あれ? なんか勝手にたおれたぞ!」


 しばらく道を行くと、追加任務チャレンジクエストが発生したので、一撃で脳天をぶち抜いて達成クリアした。


 ついでに周囲の安全を確保しようと戦術仮想窓タクティカルウィンドウを確認し、負傷者が1人いることに気づく。


 地図マップによると、何故か、隊から外れた場所で、瀕死の重傷を負っていた。


 疑問に思いながら救助に向かうと、紫陽花あじさい少女が、片足を失った状態で倒れていた。おそらくチャプタートルが放った水圧の刃が、流れ弾となり、少女の足を切り飛ばしたのだろう。  


 不可解なのが、街道から外れた茂みに少女がいることだ。まるで自分の荷物だけ背負い、商隊を捨てて逃げたような出立だった。


 不審な点は多いが、まずは治療だ。


 そこらに転がっていた足を拾い、魔法でチョチョイと接合する。激痛を伴うはずの治療に、少女は呻き声すら漏らさず耐えきった。


「……トイレ、そう…ウ◯チに行っていたんです。そしたら不運にも…魔獣の攻撃に当たってしまいまして」


 聞いてもいないのに、ベラベラと少女は喋り始めた。


「てか、あなた凄い回復魔法の使い手だったんですね。これだけ正確に接合できるなんて」


 足の具合を確かめて、立ち上がる少女。四肢切断からの復帰が早すぎる。植物種アルラウネの特性だろうか。


「えへへへ。私、クズハと申します。名前を伺っても宜しいですか?」


「……銀灰プラナ=グレイです」


「おお! いい名前ですね! 初めて会った時から私たち、気が合うと思っていたんですよ! これからは仲良くしていきましょう!」


「……早く商隊に戻りますよ」


 そう差し出された手が、汚いものに見えたので無視をしてしまった。


 トイレの後に手を洗ってなさそうだし。


葛葉くずは世界せかいからフレンド申請が届きました』


 お前PCプレイヤーかよ。



⭐︎⭐︎⭐︎


 それから、何事もなく港町スナハに到着した。


 したのだが、ホテルに着いて海水浴に出発する直前に、天気は大荒れとなった。先程までの青空は見る影もなく、雷鳴が轟き、横殴りの雨が降り続けている。


 浮き輪を装備した僕と商人は、雷雨をラウンジから眺めていた。


 彼は、僕にどう言葉をかけようか考えあぐねている様子だった。


 気にする必要などないのに。


 ちょっと海で遊べなかっただけだ。それに、原因は思い当たる。


「商人さん、気に病まないで下さい。僕が悪いことをしたので、神様うんえいが怒っているだけです」


 運営が活動領域プレイエリア外での出来事を根に持っていたのだ。でなければ、この急な雷雨は説明がつかない。


「悪いことって、遊ぶことがですか?」


「はい、きっと……仕方のないことです」


 規約違反を犯した僕が、海水浴で遊ぶのが気に食わなかったのだろう。器の小さい運営である。

 

「プラナ様……私は商人です。書物や芸術品など娯楽品も多く扱います。だからこそ……遊びを禁ずるなど、鬼畜の所業にしか思えないのです」


 商人の独白は、激しさを増す嵐の中に消えていく。


 結局、嵐が静まったのは、大陸へ航る船が出航する日だった。

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