第22話 プラナハカタル01

 森に潜伏してから7日目。


 その夜、僕は熟睡するクズハを、爛々と瞳を輝かせ、観察を続けていた。


 クズハの頭に咲いたヒマワリが枯れ落ちて、代わりに果実を実らせる。順調に成長する果実に、全神経を集中する。収穫するタイミングが数秒でも狂うと、味が大きく損なわれてしまう。


 青い果実が、徐々に赤味を帯びていき、熟成していく。


「………っ、今」


 装備した小型ナイフ、星片壊ほしかけらを一閃。ふさを切断し、果実を収穫する。


 クズハは眠っており、果実を刈り取られたと気づいていない。神速のナイフ捌きが、痛覚を無視した収穫を可能としてるのだ。


 僕はナイフで果実を切り分ける。試食用の小さな塊を頬張り、味の確認をする。


「ん、いい感じ」


 僕の友達は、今日も美味しかった。


 スケッチブックに酸味と甘味のバランスや、収穫時期を記録していく。


「あ、そろそろ朝食の仕込みしないと」


 3日前に寝かせておいた熟れ過ぎた果実を、鍋で煮込みながら、ジャム作りに没頭する。火は使えず、魔法で加熱するので、焦がさないよう魔力を調節する。


「ふぁ〜…先生、おはようございます。今日も早いですね」


 料理に没頭してるとクズハが目を覚ました。


「クズハさん、おはようございます。あと少しで朝食できますから、顔でも洗ってきて下さい」 


「ふぁ〜い」


 クズハが洗顔してる間に、魔力でパンを生み出して食卓に並べる。


「いつ見ても魔力でパンを作れるの、神話みたいですよね」


 顔を洗って、サッパリしたクズハが食卓につく。


「毎日パンばかりで、すみません。聖女兵装が揃えば、ご馳走も作れるのですが」


「いやいや、十分ですよ。逃亡生活してるのに、快適なくらいですし。木の実を調理して、飽きが来ないよう凝ってるじゃないですか」


「ふふ、料理が意外と楽しくて。ハマっちゃいました」


 出来たてのジャムを塗りたくったパンを、クズハが頬張る。幸せそうに食事をするクズハを、じっと見つめる。


「美味しいですか?」


「ええ、美味しいですよ。これ、なんのジャムですか?」


「クズハさんの果実です」


「ぐっふぉっ!!……けほっ、けほっ! 何食わせてるんですか!? え、はあ!? 待って下さい。じゃあ、昨日の木の実スープは!?」


「クズハさんの果実ですね」


「ドライフルーツや、木の実の炒め物も全部!?」


「はい、クズハさんから収穫しました」


 クズハがバケモノに遭遇したように、僕から距離をとる。


「どうかしました? あ、おかわりもありますよ」


「いやいやいや! 毎朝、私の身体を切断して、喰らわせた挙句、毎度、味の感想まで求めてたんですか!? 人肉喰らいの蜘蛛族アラクネが、可愛く思えますよ!!」


「人…肉? すみません。いきなり何の話ですか。もしかして怖い話だったりします? そういうの苦手で」


「いや、確かに怖い話だけどもっ!」


「そんな事より、クズハさん」


「そんな事っ!? 魔族でも聞かない猟奇事件を、そんな扱い!?」


 喚くクズハには悪いけど、話は進めよう。怖い話をされたら堪らない。


「僕、ログアウトできなくなってます」



⭐︎⭐︎⭐︎



 僕は産まれた時からVR端末に繋がれて過ごしていた。やまいに犯された幼い身体を、苦しみから守るために。


 物心ついた時からVRゲームをしていた僕は、ゲームと現実の境界線が曖昧だった。


 4歳の頃。


 たまたま見つけたアングラなゲームを、実態アバターもないまま彷徨っていると、光に包み込まれた。とても温かくて不思議な感覚だった。


『あぁ、なんてこと……こんな小さな星が……迷い込んだのですか? 星の子よ』


 その声はか細く、今にも消えてしまいそうだった。


「ゲームだよ。暇だから遊んでいるんだ」


 四六時中VR端末に繋がれた僕は、ゲームしかやる事がなかった。


『遊びに……ですか。帰る術があるのなら、去りなさい。この星はもうじき、厄災に呑まれて消滅します』


「やくさい?」


『多くの星々を喰らい尽くした厄災トルネンノイトにより、星の結界が破壊されました』


「とるねん?」


『星の言葉で、厄災を意味します。あの厄災は縁を結び束ねて、強さを増します。もう、私にはどうする事もできません。……せめて、この小さき星は、護らねば……契約を……私の名は星宿ほしやどりレイニィ』


 光が僕を包み込み、人形ひとがたを成していく。


『貴方に星名せいめいを与え、契約を結びます……灰のように儚く、白銀に輝く小さな星……』


 後に一騎当千となる身体アバター


銀灰プラナ=グレイ



⭐︎⭐︎⭐︎バリア王国騎士ライン=レジアニス


 その日、ロックの定食屋は異様な空気に包まれていた。


「……プラナ様は、嵐に阻まれ、海で遊べませんでした。出航間際に雨は上がりましたが、30分ほどです。楽しむ時間などなかったでしょう。私にも生活があり、商売を優先しました。薄情にも、船に荷を積み込み、そのままプラナ様と別れました。まさか、あれが最後となると知っていれば!」


 テーブルに叩きつけたコップが砕け散り、商人の男の手は血に塗れる。


「の、飲み過ぎだ馬鹿者!」


 私は拙い治癒魔法で、男の傷を癒す。


「くそぅ……あんなに楽しみにしてたのに…浮き輪も、サングラスだって……最後に楽しい思い出すら、私は作ってやれなかった!」


 机に泣き崩れた男の報告を、常連客が黙って聞いていた。


 啜り泣く者、俯く者、黙って店を出る者。


 いずれも銀灰プラナ=グレイに恩義ある者たちだ。心情は計り知れない。


「おい、確かなのか? 嘘だろ、プラナ様がお亡くなりになるなんて」


「神託です……私だって、嘘だと思いたかったっ…。でもっ、うぅ……」


 銀灰プラナ=グレイ死亡ロスト


 国を救った聖女の悲報は瞬く間に広まり、バリア王国は悲しみに包まれていた。


 


 

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