第23話 プラナハカタル02

⭐︎⭐︎⭐︎バリア王国騎士ライン=レジアニス


「やめて! やめてよパパ!」


 定食屋の朝は、悲痛な叫びで始まった。

 朝の仕込みをしていた私は、何事かと2階にある宿泊施設へと向かいう。


「ロッテ、退きなさい。この部屋を、このままにはできない」


 木箱を抱えた店主が娘を宥めようと、悪戦苦闘していた。木箱には真新しい清掃用具詰め込まれていた。


「店主殿、これはなんの騒ぎだ?」


 迷宮攻略後、王国騎士を辞任した私だが、国に認められず、途方に暮れていた。そんな私を拾ってくれた店主殿には恩がある。困り事ならば力になりたい。


「プラナ様の部屋を、片付けるんだ」


「やめてえぇぇ! やだぁぁぁぁ!」


 ロッテが小さな身体で店主を止めようと、足にしがみついていた。


 プラナの悲報を聞いたのは、昨日の事だ。些か性急にすぎる。


「店主殿、もう少し心の整理が必要なのではないか? ロッテにも時間が必要に見えるぞ」


 私が苦言を呈すると、店主が黙って扉を開ける。震える指で示された先に目を向けると、プラナの部屋が広がっていた。


 こじんまりとした簡素な部屋だった。ベッドとクローゼット、生活する最低限の家具。そして、


 所々に、銀の灰が降り積もっていた。


「あの灰は、プラナ様の私物なんだ。数は少なかったが……今朝、部屋を確認すると、全て灰になっていた。ロッテがプレゼントした似顔絵も、大切な壁に飾ってあったのに……全部、灰になって消えてしまった! あんなに世界に尽くした彼女が、遺品すら残せないなんて!!」


 店主は涙を流しながら、壁に拳を叩きつける。


「俺にはアレが、プラナ様の遺灰に見えて仕方ねぇ。だから…せめて……綺麗に弔ってやらないと…」


「ダメだよパパ! プラナ様が帰って来たら、全部魔法で元通りになるの! お掃除したらプラナ様が困ちゃうよ!」


「……っ、ライン、娘を頼む。俺だけは向き合ってやらねぇと、プラナ様を不安にさせてしまう」


 私に何が正解か分からない。ただ、固く拳を握る店主の覚悟を、蔑ろにはできなかった。


 私はロッテを抱え、その場を離れる。


「離して、ラインさん! パパ、やめてよ! プラナ様との思い出が無くなっちゃう! ヤダあぁぁぁぁ!」


 泣きじゃくるロッテを抱え、彼女の部屋へ移動する。泣きながら暴れに暴れたロッテは疲れたのか、いつの間にか眠ってしまった。多分、昨日は不安で眠れなかったのだろう。


 寝息をたてるロッテの小さな手は、プラナからプレゼントされたお絵描き箱を大切に抱えている。


「…プラナ様…」


 消えてしまわないように、痛々しいほど必死に抱きしめていた。


「眠ったか…すまないな。嫌な役回りをさせちまった」


「店主殿ほどではないさ」


 弔いを終えた店主が、部屋へとやってきた。


「冒険者の話では、神殿がプラナ様の聖水が灰になったらしい。やはり銀灰プラナ=グレイは悪魔で、我々を欺き陥れていたのだ、と宣ってるらしい。ふざけた話だ」


 数年前、神殿と銀灰プラナ=グレイは対立関係にあった。神殿に所属せず、聖女を名乗るプラナは、当然迫害された。それは、バリア王国が旗印となり、国王が先導する形で行われたと聞く。


「俺が貰った聖水は無事で、ロッテへの誕生日プレゼントも灰にはならなかった。おそらく、そういう事なんだろう」


 店主はロッテの髪を撫で付けながら、言葉を零す。


銀灰プラナ=グレイの遺産は後に、争いの火種となる。だから意図しない遺品は灰にし、信じて送られた品は灰にならず、託された」


 私の推測に、店主は小さく頷いた。


「最期まで、プラナ様は世界を憂いていた。残された人々を想い、最善を考えていたのだろう。こんなクソみたいな世界のために。それなのに、バリア王国は……俺たちは、あんなヒデェ事を…」


 銀灰プラナ=グレイが聖女と正式に認定される前。バリア王国の迫害は苛烈であったらしい。具体的な話は、誰の口からも語られない。


 この王国で公言できない非道が行われたのは、確かだった。


⭐︎⭐︎⭐︎受付嬢


 ギルマスと私は、領主へ報告をするため、館を訪れていた。会談が行われるこの部屋は、結界で厳重に固められ、本件の秘匿性を物語っていた。


「……以上が本件の全容です。領主殿、少女が銀灰プラナ=グレイである確率は非常に高いと思われます。早急に対策を打たねばなりません」


 ギルマスの隣に立つ私が報告を終えると、領主は重い腰をゆっくりと上げる。


 ギルマスも席を立ち、視線を合わせる。


「申請書類の血判を見せてもらえるかな?」


 領主の申し出に、私は戸惑いつつ、書類を手渡した。


「バリア王国に行く機会があってね。銀灰プラナ=グレイとは面識があるんだ。なるほど、筆跡が似ている。いや、同じかな。これでも領主だからね。書類仕事でサインや筆跡を見抜く術は、自然と身につくんだ。何より、備考に書かれた文字、読めるかね?」


 備考欄には、謎の文字が羅列されており、解読は不可能だった。


「これはニホンゴと言う言語で、その昔、勇者が使用したとされるが、詳細は失伝している。読む事は叶わないが、銀灰プラナ=グレイが使用する言語としても有名だ」


 つまり、あの少女が銀灰プラナ=グレイである信憑性が高まった。


「なぁ、ギル……私の首だけで事は収まるか?」


 ギルとはギルマスの愛称である。本名はギルバード。冒険者でもあり元貴族という経歴を持つ。故に貴族である領主とも、幼少からの友人であった。


「無理だな。お前ら家族を犠牲に、町が残れば儲け物だ。残念だが、自分の選択と行動に責任を持って腹をくくれ。貴族とはそういうものだろう?」


 ギルマスの容赦のない言葉に、領主は笑みを浮かべる。


「そうか……なら、こうする他ないな!」


 領主が手にした書類を、暖炉に投げ入れる。


「な、何をしている!」


 ギルマスが慌てて暖炉に駆け寄るが、土下座をした領主がそれを阻む。


「頼む、ギル! 見逃してくれ! 幸いあの少女が銀灰プラナ=グレイだとは、知れ渡っていないのだろう!?」


 確かに情報が錯綜し、少女が銀灰プラナ=グレイであるとは伝わっていない。そして、信託への申請もまだ済ませていない。領主への報告が優先されたからだ。


「何世迷言をほざいている! お前ほどの男が、貴族としての誇りと責任を忘れたのか?」


「ああ! 私1人の命なら喜んで差し出す! だが、妻や娘が犠牲になるなど耐えられない! 娘はまだ9歳なんだ! 頼む!!」


 みっともなく額を床に擦り付け懇願する醜態に、思わず目を背けてしまう。


「なぁ……お前が治安維持の為に、鞭打ちを命じた少女はいくつに見えた?」


「……ぁ、違う…ギル、私は……」


「9歳だ。お前の娘と同じ、か弱い少女にしか見えなかった。それをお前は俺に相談もせず独断で、見世物にしたんだ。知らずのうちに貴族社会に毒されていたようだな」


「私は、町を守ろうと…それで……ぁ、あれ? なぜ、私はあんな真似を……」


 呆然とギルマスを見上げる領主は涙を流す。


「今頃目が覚めたか。バカがよ。……ルルリカ、もうここに要はない。ギルドに戻るぞ」


 名前を呼ばれた私は領主に一礼し、ギルマスの隣に並んで背を向ける。放心した領主を置き去りに、啜り泣きが聞こえる部屋を退出した。


「昔はああではなかった。誠実で誰よりも優しい奴だった」


 帰り道、ギルマスが語り始める。


「権力争いで、娘を毒殺されかけた。一命は取りとめたが、後遺症が酷くてな、1年は持たないと宣告された。それで、奴は娘を連れてバリア王国へ向かった。聖女の奇跡を求めてな」


 外はすっかり夜で、見上げた空に星が瞬いている。


「門前払いされたと聞いた。当然だな。他国の領主ごときが王国の聖女と面会できるわけがない。失意で王都を彷徨っていたら、偶然に出会ったらしい」


銀灰プラナ=グレイとですか?」


 果たしてそれは、偶然なのだろうか? 私には娘のために奔走する彼を救うために、現れたとしか考えられない。


「宿屋に寝かせていた娘を診せると、一瞬で癒してくれたと、俺に興奮気味で語ってたよ」


 ギルマスはかつてを思い出したのか、薄らと笑みを浮かべる。

 

「あれから奴は、考えも振る舞いも、貴族らしくなっちまった。家族を守るため……なんだろうなぁ」


 悪意が蠢く貴族の勢力争い。きっと、非情にならねば家族を守れなかったのだろう。


「さて、どうしたものか」


 ギルマスはの申請書類を懐から取り出し呟いた。



⭐︎⭐︎⭐︎銀灰プラナ=グレイ



 ログアウトするための仮想窓ウィンドウの開き方を教えると、クズハは大袈裟なリアクションで驚いてくれた。


 クズハは僕の言葉を信じ、仮想窓ウィンドウが開くまで根気強く頑張った。長時間の挑戦で、外はすっかり夜になってしまった。


 PCプレイヤーでも意外と仮想窓ウィンドウ開けない人がいるんだよなぁ。コツを掴むのが難しいからね。まあ、ログアウトするだけなら、別の方法あるし問題ないか。


「それで、先生はログアウトすると、この世界では意識飛んじゃうんですよね? どうしてるんですか?」


星宿ほしやどりに、光の柱で守ってもらってます」


「ああ、あの悪趣味なヤツですか」


 何故だ。星宿は凄い兵装なのに! 僕の抗議の眼差しを、クズハは涼しい顔で受け流す。


「先生、この倉庫ストレージて何ですか?」


 クズハは自分の仮想窓ウィンドウを弄りながら、操作方法を尋ねてくる。


「自分の持ち物を保管する場所です。僕の聖女兵装もここに収納されています」


「魔法鞄みたいなものですか。……容量はどれくらいですか?」


「魔力量に依存しますね。クズハさんは初期値ですから、最低量である60個ですね」


「……個? 物の大きさではなく?」


「はい、物の大きさ問わず、個数で収納できます。生物とか新鮮なままで保存できて便利ですよ」


 僕の答えを聞くと、クズハは目を輝かせる。


「クズハちゃんの商人無双! 魔族と蔑まれた私が最強無敵な先生と成り上がる! 今更媚びても、もう遅い!! 私の時代、始まりました!!」


 そう言えば、商人が売ってる本に、そんなのあったな。この世界、日本に侵食されすぎでは?


「……あれ? ログアウトできないなら、先生はずっと起きてたんでよね? 何してたんですか?」


「寝ているクズハさんを観察してました」


「……ぇ、7日間、ずっと、私が起きるまで一睡もせずに?」


「はい。記録したスケッチブック見ます?」


 僕がウキウキで、自慢の自由研究と題されたスケッチブックを取り出す。研究の副題は『僕の美味しい友達成長記』である。


「何ですかその物騒なタイトルは!? 怖いのでしまって下さい!」


 全力で拒否されてしまった。ログアウトもできないから、現実で自由研究の提出もできない。永遠に日の目を見ない、悲しき研究書となってしまった。 


 クズハが僕の両肩を強く掴んで、目を合わせる。


「先生、夜は寝ましょう」


「え、でも魔力で回復すれば、ずっと起きて活動できますよ」


「先生が起きてると、やらかしそうで怖いんですよ! いいから寝てください! 添い寝してあげますから!」


 その日の夜。クズハは頑張った。


 僕を必死で寝かしつけようと、子守唄やら色々試してくれた。


 クズハが精魂尽きて諦めた頃、頭の花から漂うアロマな香りが、自然な睡眠へと僕を誘った。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 翌朝、すこぶる調子が良く目が覚めた。


 なるほど、これは凄い。今まで僕はハンデを負って、ゲームをしていたのだ。身体が軽く、思考も冴え渡ってる。


 ログアウトできない問題も、よく考えたら、1年以上ログアウトできない次期もあったし、今更であった。きっと、現実リアルで僕の容態がよろしくないのだろうと結論づける。


 これが睡眠! クズハが強引にもおすすめした理由が今なら分かる。気分爽快だ。


「ありがとう。クズハさん」


 隣でヨダレを垂らして眠るクズハにそっと語りかける。


 クズハはいつも、僕が知らない大切な事を教え、新しい世界を見せてくれる。


「クズハさん。今なら最高のタイミングで収穫できそうです」


 僕はテンション高めに、小型ナイフの星壊片ほしかけらを引き抜く。


 クズハの果実は、放置すると腐り落ち、自然の養分となってしまう。僕の友達がせっかく実らせた果実を無駄にしたくない。何より、


「大切な友達なんです。例え一部でも、相手が植物だろうと、養分として奪われるなんて……」


 許せないよね。







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