第27話 ベアトリクス・アウシュタッド

「か、畏まりました。こちらお二人からの推薦があれば、申請を受領致します」


 どうやらSランク冒険者になれるらしい。

 ……と思っていたが、そう簡単になれるわけでもなく。

 受付嬢はさらに言葉を続けた。


「Sランク冒険者に求められるのは当然、圧倒的な力や技量でございます。それを確かめるため、我らがギルドの専属審判員との戦闘を行って貰います。これは木剣を使った模擬戦ではなく、真剣での戦いですので、こちらの契約書にサインだけお願いします」


 その契約書にザッと目を通すと、どうやら命の保証はないと書かれている。

 まあ専属審判員を務める相手だ。

 そんな弱いやつではないだろうし、間違いなく苛烈な戦いになるはずだ。


 周囲にいた冒険者たちはざわざわと騒ぎ始めている。

 英雄たちがいること、そして俺がSランク冒険者に挑もうとしていること。

 それらは彼らにとって十分注目に値するイベントだったに違いない。


「ああ、分かった。――これでいいか?」


 俺はその契約書にサインをし、一滴指の血を垂らした。

 すると魔力の込められたその契約書は発光し、契約が履行となる。


「はい、問題ありません。では審判員を呼んできますので、少々お待ちください」


 そう言われ、俺たちは十分ほど待たされる。

 そしてギルド本部の中央階段から降りてきた彼女の姿は――。


 忘れるはずがない。

 いくら歳を取ったとしても見間違えるはずがない。


 彼女は俺を拾い育ててくれた《黄金の水平線》の元リーダーで。

 俺の師匠であり、俺の恩人でもあるベアトリクス・アウシュタッドだった。


「ベア……」

「やっぱりアリゼ、君か。名前を聞いたときにそうだと思ったんだよな」


 老体となっても鍛え抜かれた体は衰えていそうにない。

 動き一つ一つが洗練されているのが手に取るように分かる。


「……久しぶり、ベア」

「ああ、久しぶりだな、アリゼ」


 そう言い合う俺たちにルルネとミアは首を傾げる。


「お知り合いですか? 彼女」


 ルルネに尋ねられ、俺は頷くと答えた。


「ああ、ベア……ベアトリクス・アウシュタッドは俺を拾い育ててくれた恩人で、元Sランクパーティー《黄金の水平線》のリーダーだった女性だ」


 その言葉に二人とも驚きの表情を浮かべる。

 それからミアが恐る恐ると言った感じで尋ねてきた。


「《黄金の水平線》って、もしかしてあの生きる伝説と呼ばれている、あのパーティーですか?」


 ミアの言葉に近づいてきたベアははあっとため息をついて答えた。


「……まあ、そう呼ばれることもあるな。個人的には英雄様たちのほうがよっぽど生きる伝説だと思うのだがな。我々は魔王の討伐に失敗したのだから」


 ベアの言葉にルルネもミアも恐れ多そうに手を横にブンブン振って言った。


「いえ! 私たちなんて貴女たちの伝説に比べればまだまだです!」

「Sランクをも超え、SSランクとさえ呼ばれた《黄金の水平線》には敵いません!」


 そう……当時の俺はそんなことすら気が付かなかったが、彼女たちはおかしいくらいに伝説を持っている。


 例えばベアの場合は、一人で古代竜と対峙したとか。

 例えば《深淵迷宮》を最下層である第百層まで攻略したとか。


 まだまだ挙げきれないほど数多くの伝説を持っていた。

 今の俺があるのも彼女たちと一緒にいたからだし、自己評価が低いと言われるのも、それが原因な気がしている。


「ともかく、アリゼ。お前がSランクとは感慨深いな」


 しみじみと遠くを見つめながら、ベアはそう言った。

 間違いない。

 以前までの俺なら絶対に考えられないことだ。


「これも全部、色々な人と出会い、色々なことを体験してきたおかげかもな」

「ふっ……アリゼが人生を謳歌しているようで私としても嬉しいよ。あのとき助けた甲斐があった」


 確かに彼女に助けられなかったら、俺は今生きていない。

 現在こうしてルルネとミアに囲まれて、他の英雄たちも俺を必要としてくれている。

 それもこれも、全てベアが自分の信念に従って俺を救ってくれたおかげだった。


「でも――」


 しかしベアは獰猛な表情になると言った。


「相手がアリゼともなれば手加減は要らないな。どこまで成長したか見せて貰おうか」

「……俺もベアに強くなった自分を見て貰いたいからな、全力で行くよ」


 その言葉にわあっとギルド本部内が大騒ぎになった。

 みんなベアの全力が見れることを渇望している。

 流石は生きる伝説だ、期待度が半端じゃなく高い。


「さて――さっそく闘技場に行くか」

「そうだな。早く戦いたい」


 そして俺たちは野次馬をぞろぞろと連れて闘技場に向かった。


 ――闘技場で俺とベアは得物を手に向かい合う。


 彼女の手には透き通った水色のダイアモンドソードが握られている。

 あれは一緒に《深淵迷宮》に潜ったときに、最下層で手に入れたものだった。


 対して俺は、昔ベアから貰ってずっと使い続けている直剣を構える。

 もちろん普通の金属ではなく、アダマンタイト製のものだが。

 あのダイアモンドソードに比べると、おそらく切れ味や強度で少し劣るだろう。


「……まだその剣を使っているんだな」

「もちろんベアに貰ったものだ。使い続けるさ」


 そう言い合う俺たちに受付嬢が緊張した声音で尋ねてきた。


「そろそろ始めてもよろしいでしょうか?」


 俺とベアは同時に頷く。

 そして受付嬢の手に乗せられたコインがクルクルと宙を舞って――。


 カツンと言う音とともに、地面に落ちるのだった。

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