第10話 アルカナ辺境伯家の事情
それから俺とルルネで高級レストランに入り食事を楽しんでいたら、突然男が慌てたように店に入ってきた。
「ルルネ様! ルルネ様はおられますか!?」
燕尾服を身に纏った執事のような人だった。
彼はキョロキョロと店内を見渡すと、俺たちを見つけズンズンと近づいてきた。
「ルルネ様でございますよね!?」
「ええと、そうですけど……」
彼女は食事の場を乱されて少し不機嫌そうだ。
俺ですら分かるか分からないかくらいの微差だったが。
「あのっ! 食事中申し訳ございませんが、屋敷のほうへ来てもらえないでしょうか!?」
「……どうしてですか? 私は今、食事を楽しんでいるのです」
ルルネの冷たい言葉に執事は一瞬狼狽えるが、よほど切羽詰まっているのか気を取り直して言った。
「それが……我が主アルカナ辺境伯様のご令嬢、レーア様の病状がついこの前に悪化いたしまして……もう間もなくの命なのです」
「……そうですか。それで、彼女の病名は判明しているのですか?」
執事の言葉にスッと立ち上がると、上着を羽織りながらそう尋ねた。
その様子に執事は一瞬目を見開くが、すぐにまじめな表情に戻ると話を続けた。
「彼女の病名は『緑化の呪い』です。ですのでルルネ様なら何とか出来るのではと……」
「ああ『緑化の呪い』ですか……。なるほど、それだったら私の出番ですね」
『緑化の呪い』
それは前々からあった病気で、徐々に体全体が幹となっていき、そのまま一本の木となってしまう呪いのことだ。
確かにルルネは英雄であり、その問題を解決できるのはこの街では彼女くらいだろうな。
その呪いを解くには『マンドラゴラのエキス』が必要であり、それを手に入れるには『魔の森』のかなり深部に潜らないといけないはずだからだ。
ルルネは申し訳なさそうな顔をして俺のほうを向くと、こう言った。
「すいません、アリゼさん。今回の食事はもう終わりでいいですか? また埋め合わせするので」
そして執事に続いて店を出ていってしまうルルネ。
ぽつりと一人残された俺は、頭を掻きながらこう言う。
「全く、仕方がないなぁルルネは。……でも、人の役に立ちたい、その気持ちが変わってなくてなんだか安心したよ」
俺も上着を手に取り、立ち上がると一人こう呟いた。
「やれやれ……おじさん、ちょっと本気出しちゃうぞ☆」
***
私はアルカナ家の執事に連れられて屋敷に向かっていた。
執事の表情は焦りと緊張で入り混じっている。
まあ英雄なんて呼ばれている私にこうして強引にお願い事をしたのだ。
どんな代償が付くかとか、不安になっているのだろう。
それでも彼はご令嬢のレーア様を救いたいと思っている。
そうであれば、救いの手を差し伸べないわけにはいかなかった。
しかし『緑化の呪い』を解くには『マンドラゴラのエキス』が必要だ。
そのマンドラゴラは『魔の森』の最深部にしか生息していない。
戦闘能力の低い私一人では間違いなく命を危険に晒してしまうだろう。
一番戦闘力のあるアカネを呼ぼうにも、天空城はおそらく遠く離れて行ってしまっているはずだ。
現在、アリゼさん探しで北部まで遠出しているはずだからだ。
この要塞都市アルカナは大陸中南部にあり、天空城まで行って帰ってくるのに二週間はかかる。
……これは自分が蒔いた種だ。
私だけで何とかしなければならない。
そしてやってきた屋敷に入り、レーア様がいるとされる一室に通された。
彼女はベッドに寝かされていて、もう体の半分は幹になり緑化していた。
「これは……残り一週間と言ったところでしょうか」
私がそう言うと、傍にいた母親らしき人が泣き崩れた。
父親――アルカナ辺境伯も歯を食いしばり、辛そうな表情をする。
「でも――安心してください。私が何とかします」
堂々と、胸を張って私はそう言った。
正直、『魔の森』から生きて帰ってこれるかは五分五分だ。
でもここで彼らを不安にしてはいけないと思ったのだ。
私の様子に二人は希望の光を瞳に宿す。
そして私はレーア様の傍によって言った。
「大丈夫ですから。あなたは私が救います」
「……ルルネ様?」
レーア様は瞳だけ動かしてこちらを見ると、かすれた声でそう尋ねてきた。
「はい、私がルルネです。英雄として、あなたのことは私が救うから、安心して待っててください」
そう言うと、かすかにレーア様の表情が変化して、笑った気がした。
「ありがとう……」
感謝された。
ありがとうと言われた。
私はそのことで覚悟を決める。
「それじゃあ、さっそく『魔の森』に行ってきます。すぐに戻ってきますね」
そう言うと、私は屋敷を出て全速力で『魔の森』に向かうのだった。
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