第9話 始原の森人ルルネの登場

 アイエー! ナンデ!? ルルネナンデ!?

 みたいな感じで、ルルネの登場にギルド内は死ぬほど慌てふためていた。


 その反応に俺は少し戸惑う。

 ルルネって本当にあの奴隷だった少女なんだよな?


 しかし顔を見てもあの頃の面影がしっかり残っている。

 五年も一緒に過ごしたんだ、忘れるはずがない。


「る、ルルネ様ッ! どうしてこのような場所に……!」


 受付嬢が代表してそう尋ねた。

 てか、先ほど俺に白熱して語っていた男は泡を吹いて倒れ、ピクピクと痙攣している。


「ああ、私はただアリゼさんに会いに来ただけです」


 彼女は何でもないようにそう言った。


 ……ここまでくれば流石に俺だって、ルルネたちが英雄と呼ばれていることを察する。

 俺は鈍感系主人公ではないからな……多分。


 しかしそうか、ルルネもそこまで立派になったか。

 あの怯えていた子供の頃の彼女を知っている俺からすると、感慨深いものだ。


「英雄の一人、始原の森人ルルネ様に会えるなんて、俺はなんて運がいいんだ……ッ!」


 ギルド内にいる一人の男性がそう感極まった感じで呟いた。

 その言葉を聞いた俺は思わずぽつりと呟いていた。


「……ルルネってもしかして始原の森人とか言われてる?」

「ああもう! 恥ずかしいからその二つ名は口にしないでください!」


 恥ずかしそうに頬を染め、顔を背けるルルネ。

 まあこんな二つ名をつけられたらたまったもんじゃないよな。


「って、あれ。ルルネが英雄ってことは、あのポスターの男は……」


 壁に貼られているポスターを見て俺はそう呟いていた。

 そんな俺にルルネは頷いて言った。


「ああ、そうですよ。ミアが描いたんですが、まあそこそこ上手く描けてると思います。実際のほうが百倍はかっこいいですけどね!」


 それを聞いて俺はうわぁあああと頭を抱えてしまった。


 あのポスターはギルドだけじゃなく、町中に張り付けられているのだ。

 ってことは俺は現在進行形で公開処刑されているということになる。

 しかも『英雄たちの師匠』やら『伝説の探し人』だとか、そんな二つ名がついているわけで。


「やはりこのアリゼ様は、あのアリゼ様なのですか……?」


 受付嬢が恐る恐るルルネに尋ねた。

 彼女は頷いて答える。


「そうよ。彼が私たちを育て、私たちに全てを教えてくれた存在よ」


 いや、間違ってはないかもしれないけどさぁ!

 凄いのは彼女たちであって俺は何も凄くないぞと声を大にして言いたい!


「やっぱりそうでしたか! 思った通り若々しくてお美しい姿ですね!」


 ……受付嬢の手のひら返しが酷い。

 さっきはおっさんとか言ってたくせによぉ。


 しかしその言葉にルルネは満足げに頷いた。

 何でお前が誇らしそうにしてるんだよ。


「そうでしょう、そうでしょう。アリゼさんは世界で一番かっこいいんだから!」


 と、そのとき、倒れ痙攣していた男が目をかっぴらいた。

 そしていきなりルルネの傍によると、跪いて言った。


「私は英雄様たちの親衛隊隊長を自称している者です! どうか思いきり足蹴りしてくださ――」


 それを言い終わる前に鬱陶しそうにルルネは男を蹴り飛ばした。

 恍惚とした表情をして吹き飛ばされていく男。


「……はあ、こういった輩が意外と多くて困るのですよね」

「多いのか……こんなのが……」


 周囲の人間も彼が吹き飛ばされたことに一切触れないし見向きもしない。

 ……これが当たり前だとすれば世も末だな、本当に。


「それで、アリゼさんは魔石を売りに来てたんですか?」

「ああ、そうだよ」

「なるほど。でもアリゼさんにお金はいりませんよ」

「いやいや、いるだろ。お金がないと暮らしていけないんだぞ」


 そう言うと彼女はちっちと人差し指を振って言った。


「アリゼさんは私が養い、どっぷりと依存させていくので大丈夫です」

「……なんか怖いこと言わなかったか?」

「気のせいです。ともかく、アリゼさんの生活費は私が出すのでお金なんて気にしないでください」


 そうは言っても女の子に養われるのはいたたまれない。

 しかしルルネはさらに言葉をつづけた。


「それに――アリゼさんには返せないほどの恩があるので、少しくらいは返させてください」


 そう言われたら断るわけにもいかないよなぁ……。


「分かった。じゃあその魔石はただでギルドに譲るよ」

「えっ!? いいんですか!?」


 受付嬢はぱあっと笑顔になってそう言った。


「ああ、もちろん」

「やったぁ! これで高額な支払いをしてギルド長に叱られなくて済む!」


 そう喜ぶ受付嬢を傍目にルルネはこう言った。


「とと、そろそろ行きましょう」

「ん? どこに行くんだ?」

「この街で一番いい店を予約してあるので、さっそく向かいますよ!」


 そして俺は彼女に手を引かれ、ギルドを出て街を練り歩くのだった。

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