第8話 冒険者ギルドにて

 狩ってきた魔物たちの魔石を換金しに俺は冒険者ギルドに寄った。

 夕方ということもあり、酒を飲んだ冒険者たちの喧騒で溢れている。


 俺は受付の列に並び、順番を待つ。

 ギルド内を見渡すと伝説やら英雄の師匠やらと大々的に書かれた男のポスターがあちこちに張られていた。


 彼の名前はアリゼ。

 奇しくも俺と同じ名前だった。


「しかし俺はこんなイケメンじゃないしな。そもそも田舎に引きこもってただけだし」


 ポスターを眺めながら呟いていると、後ろに並んでいた冒険者の男が声をかけてきた。


「おっさん、もしかしてアリゼ様に興味があるのか?」

「あー、まあ少しは。てかおっさんじゃないぞ、俺は」

「そうかそうか。さては田舎者だな? それじゃあ英雄様たちの大ファンであり、勝手に親衛隊隊長を名乗っているこの俺が教えて進ぜよう」


 おっさんを否定した部分は華麗にスルーされ、男はそう話し始める。

 てか勝手に親衛隊隊長を名乗るなよ。

 そもそも英雄なんだから親衛隊とかいらんだろ、どうせ。


「これは10年前の話か……。大陸北部に唐突に魔王なる存在が誕生した。そいつは今までバラバラだった魔族たちを一気に統率し、人類に宣戦布告をした」


 なるほど、やはり10年前か。

 俺が田舎村に出向く直前の話だ。


 男は得々と人差し指を立ててさらに続ける。


「その時、立ち上がった英雄が5人いた。彼女たちは勇敢にも魔王を討伐しに行くと言った」

「ほうほう、勇敢な人がいるものだなぁ。……ってか、彼女たち?」

「そう! その英雄たちはまだ年若い少女たちだったのだ! しかもメチャクチャに可愛い! チョー可愛いんだッ! うちの推したちはッ! はあはあ、英雄様たちに踏まれねじ伏せられ、罵倒されることが俺の夢だッ! いつかおっさんにも分かる日が来るはずだッ!」


 とうとう本性を現したな、この男。

 その叫び声を聞いた周囲の女性たちが若干引いてるぞ。


 鼻息荒く話を続ける男に、俺も若干引きながらも耳を傾ける。


「――失礼。少々取り乱した。それで、彼女たちは最初、人々から理解されなかった。そんなこと本当にできるのかと――。ああ、くそっ! 何でうちの推しをそんなに虐めるんだ! 健気で勇敢でサイキョーなんだぞ、うちの推したちは!」


 ……情緒不安定すぎるだろ。

 まあ感情移入しちゃうのは仕方ないけどさぁ。

 おじさん、ちょっと困っちゃうぞ☆


「……ゴホン。しかしだな、彼女たちはたったの5人で本当に成し遂げたのだ。魔王討伐を。その道のりはとても険しく辛いものだったに違いない。いいや……絶対に間違いないね! 彼女たちは過酷な試練を乗り越えて、その心身を痛めながらも魔王を打倒したのだ! ああ、流石すぎるぜ、うちの推したちは! 最強! 最強! 最強!」


 なんか余計な情報というか感情が多分に含まれていたから混乱したけど、何となくは分かった。


 その英雄と呼ばれる少女たちが魔王を討伐したと。

 最初はあんまり信頼されてなかったけどね。


 ――という話だろう。

 話の長さの割には情報量が少ないな、おい。


「あの……次の方、どうぞ……」


 白熱した男に頬を引き攣らせながら受付嬢がそう言った。

 お、ようやく俺の番か。


 そう思って背負っていたリュックからカウンターにたくさんの魔石を取り出した。


「ええと、ワイバーンでしょ、ブラッドベアーでしょ、後はジャイアントウルフでしょ――」


 ドンドンと魔石を取り出していると、慌てたように受付嬢が叫んだ。


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! これ、どうやって討伐したんですか! 全部A級を超える魔物の魔石じゃないですか!」

「え? いや、普通に『魔の森』に行って狩ってきたんだけど」

「これらが出るのはかなり奥のほうのはずです! 他のパーティーメンバーはどうしたんですか!」


 慌てたような受付嬢に周囲の冒険者たちが興味を持ってワラワラと近づいてきた。

 そして「おおー、本物だ、初めて見た」とか「すげぇ……こんな一杯どうやって狩ったんだろう」とか好き放題言っていた。


「パーティーメンバー? いないけど」

「え、あっ……すいません……」


 なんか申し訳なさそうにしている受付嬢。

 周囲のテンションもなんか一気に落ちた気がするけど。


「いやいや、もともと一人だったんだぞ。俺には最初から仲間なんていないからな」

「え……でも、これだけを一人でなんて……。ちょっと冒険者カードを見せて貰えませんか?」


 少し疑惑の入った表情でそう言われ、俺は彼女にカードを取り出し見せた。


「ええと、冒険者ランクは……Aランク! 確かにこれなら……。名前は――アリゼ様っ!? アリゼ様ってもしかしてあの……って、こんなおじさんなわけないですね」


 いきなり興味をなくした受付嬢に俺は思わずツッコミを入れる。


「っておい、誰が老けたヨボヨボのジジイやねん、誰が」

「……いや、そこまでは言ってないですけど」

「あっ……すまん。ちょっと前の若造にそう言われたもんでな」


 って、あの魔族もそこまでは言ってなかったっけ。

 と、そんなことはどうでもよくて。


「まあAランクということですので、とりあえず全て自分で討伐したと納得しましょう。それでは査定に入りますね」


 どうやらパクってきたとかを疑われていたらしい。

 まだ少し疑いの目を向けられている気がするが、まあお金を貰えるなら良しとしよう。


 そう思っていたとき、チリンチリンと扉の鐘を鳴らして一人の少女がギルドに入ってきた。

 その少女は先ほど見たばかりの、よく知った少女だった。


「おっ、ルルネじゃん。ようやく来たか」

「アリゼさん! やっぱりここに居ましたね!」


 そんな彼女を見たギルドにいた人間たちは、メチャクチャ驚いて慌てふためき始めるのだった。

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