第5話 意外とアリゼって強いらしい

 その日の英雄たちによる定例会議はいつもと少し雰囲気が違った。

 どこか空気が重く、みな真剣な表情だ。


 集まったみんなの顔をアーシャがぐるりと見渡すと、口を開いた。


「どうやら『魔の森』で魔王軍の残兵が魔物たちを率いて要塞都市アルカナに向かっているようです」


 まあ残兵程度ならまだ良かった。

 アカネが出向いて魔物もろとも蹴散らせばいいだけだからだ。

 しかし——。


「その残兵の名前はガガイタス。魔王軍の円卓騎士第三位にいた魔族です」


 そう、殲滅したはずの円卓騎士が生きていたのだ。

 そのことがみなの表情を暗くさせ、空気を重くさせていた。


「ガガイタスか……。倒したはずだったが……」


 アカネがぽつりとそう零した。

 ガガイタスはアカネが一騎打ちの末、打ち倒したはずだった。

 しかし彼はこうして生きているらしい。


 ということは、他の魔族たちが生きていてもおかしくない。


「彼が出てきたということは、我々が魔の森に出向く必要がありそうですね」


 聖女ミアは真剣な声音でそう言った。

 それに頷きながらルルネが答える。


「そうね。一旦、アリゼさん探しも中断ね」


 そしてルルネは覚悟を決めた表情でさらに言葉を続けた。


「とりあえず私が魔の森に偵察に行ってくるわ。森の中での隠密は私が一番優れているからね。他の四人はこの天空城を魔の森上空まで運んで欲しい」


 天空城はこの五人の魔力によって維持されていた。

 ただ浮かし続けるだけなら一人の魔力でも十分足りるのだが。

 動かすとなると四人分の魔力が必要なのだ。


「ルルネは大丈夫なのか?」


 心配そうにアカネがそう尋ねた。

 それにルルネはゆっくりと頷く。


「大丈夫も何も私がやるしかないしね。森の扱いを知っているのは間違いなく私だし、偵察となると一人の方がやりやすいし。それに天空城の恩恵があった方が、ガガイタスを倒しやすくなるでしょ?」


 ルルネの言うことはもっともだった。

 正論だったから、誰も異論を唱えられなかった。

 ルルネはこの中ではあまり戦闘能力は高くない。

 聖女ミアに続いて、二番目に戦闘能力が低いのだ。


 それに対して相手は円卓騎士第三位である。

 間違いなく戦闘になれば、ルルネが負ける。


 しかしアーシャはそれに頷くと、こう言った。


「それじゃあ、ルルネ。偵察を頼めますか?」

「ええ、もちろんよ。任せて、ちゃんと情報を取ってくるから」


 アーシャは王女として、そしてリーダーとしてそう言うしかなかった。

 彼女は苦しそうな表情をしているが、安心させるようにルルネが微笑んだ。


「と言うわけで、行ってくるわね」


 そしてルルネは天空城を降りた。

 それぞれの英雄たちも、自分の仕事を全うすべく、動き出すのだった。



   ***



「ダンジョンに最初に潜った時は、ほんと大変だったよなぁ……」


 昼寝から目が覚め、俺は思い出に浸りながらそう呟いていた。

 アカネは暴走して突っ走るし、ルルネはビビって腰が抜けるし。


「みんな立派に成長してるかな?」


 今、彼女たちがどうなっているのか知らない。

 けど絶対になんか凄いことを成し遂げている気がする。

 そんな確信が俺の中にあった。


 そんなことを考えていると、部屋の扉が開いてアンナの父が入ってきた。


「おい、ニート。夕食の準備ができたぞ」

「うっせ、ニート言うな。まあ間違いではないんだが」

「じゃあクソニートだな。早く食堂に降りてこい」


 それだけ言うと、彼は部屋の戸を閉めドタドタと階段を降りていった。

 俺もノスタルジーな気持ちを切り替えると、食堂に向かうのだった。



   ***



 それからさらに四日が経過した。

 俺は現在、アンナちゃんの家族と夕食を囲んでいる。

 今日はアンナちゃん手作りのハンバーグだった。


「うーん、やっぱり働かないとマズいよなあぁ……」


 俺は財布の中身を確認しつつ、ふとそう呟く。

 まだ多少は残っているが、少し心許なくなってきた。


 部屋代は浮いているけど、流石に食事代は払っている。

 アンナちゃんや奥さんからは別にいらないと言われていたけどな。

 それは申し訳なさすぎるし。


「おう、さっさと働けクソニート」

「流石にこればっかりは言い返せないな」


 アンナちゃんの父——ガイラムにそう言われるが、俺は言い返せない。

 働いてないのは事実だし、お世話になってるのも事実だからだ。


 彼はなんだかんだ言って、俺を泊めてくれているしな。

 アンナちゃんを助けたことに感謝してくれているのだろう。


「というわけで、俺は明日『魔の森』で魔物を狩ってこようと思う」


 そう宣言すると、心配そうにアンナちゃんがこちらを見て言った。


「大丈夫なの? 魔の森の魔物たちは強いんだよ?」

「ああ、大丈夫だ。ほら、これを見ろ」


 俺はそう言ってアンナちゃんに自分の冒険者カードを見せた。


「冒険者カード持ってたんだ……。って、Aランクじゃん!」


 そう叫んだアンナちゃんの声を聞いて、ガイラムも目を見開く。


「お前、Aランクだったのかよ! じゃあ金持ってるんだろ、宿代払え!」

「いや、田舎に引きこもってたから金はないぞ、本当に」


 俺の言葉に訝しげな表情を向けてくるガイラム。

 しかしふと気がついたのか、ガクンと首を傾げてこう聞いてきた。


「てか、他のメンバーはどうしたんだ……? って、すまん……これは聞かないほうがいいよな」


 おそらく、メンバーがいないとか田舎に引きこもっていたとかで、俺のパーティーメンバーたちが死んだとか思って謝ったのだろうが、そうではないので俺は首を振って言った。


「いや、もともと俺はソロだぞ。基本一人だったからな」

「……一人でAランクまでいったのか。やべぇな、そりゃ」


 そのガイラムの言葉にアンナちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「一人でAランクにいくのって凄いの?」

「まあ認めたくないが、相当凄いな。普通は四、五人でパーティーを組んで、それでもBランクとかCランク止まりとかはいくらでもいる。一人だと連携も取れないし、全部の魔物を一人で相手しなきゃならないから、囲まれたら終わりだしな」


 そのガイラムの言葉にキラキラした瞳でアンナちゃんがこちらを見た。


「やっぱりアリゼさんは凄いんじゃん!」

「いやぁ、そうでもないよ〜」


 俺が照れて頭をかきながらそう言うと、ガイラムが口元を引き攣らせながら言う。


「……きもっ。おじさんが照れるなよ」

「うっせぇ、いいだろ、照れたって。それにおじさんにおじさんと言われたくない」


 そんな軽口を叩き合っていると、奥さんがこう聞いてきた。


「で、本当に『魔の森』に行くのかい?」

「ああ、明日にでも行こうと思う。——と言うわけでご馳走様。今日は明日に備えて少し早めに寝るわ」


 そして俺は食器を片付けると、自室に戻って早めに眠るのだった。

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