第6話 おじさん、ジジイと言われキレる

 ルルネは『魔の森』に辿り着いてすぐに異変に気がついた。

 森に住む魔物や動物たちが怯えているのだ。

 最初はガガイタスが何か悪さをしているのかと思っていた。


 しかし——。


 どう言うわけか北に向かって魔物たちが集結していく流れも感じる。

 おそらくそちらがガガイタス率いる魔物の軍勢だろう。


 ということは、ガガイタスとは別に『魔の森』の魔物たちを恐怖させる存在がいることになる。


 仮にも人類が踏み入ることすら恐怖する『魔の森』の魔物たちだ。

 アカネと同等——いや、それ以上の力が動いていることを感じていた。


「何が起こっていると言うの……?」


 森を練り歩くと、そこらには真っ二つに裂かれた魔物の死体が点々と転がっている。

 しかも重要な部位や魔石などは抜き取られていることから、人間の仕業だと分かる。


「こんな芸当を出来る人……もしかして……」


 ルルネはあまり剣術には詳しくないが、パッと見アカネの斬撃よりも切れ味が良さそうだった。


「これがあの人でなければ、私たち人類は間違いなく終わるかも……」


 しかし恐怖よりも期待の方が大きかった。

 もしかしたらあの人に会えるかもしれない。


 そんな期待が、ルルネの胸を満たしていった。


「でももう少し様子を見なきゃ。もし悪い奴だったらヤバいからね」


 ルルネは一人、そう呟くと、慎重に森を駆けていくのだった。



   ***



 いやぁ、こんな魔物を狩るだけで大金が入ってくるとか、冒険者って良いよな。

 俺はそんなことを考えながらバッサバッサと『魔の森』の魔物を蹴散らしていった。


 ここはまだ浅瀬も浅瀬だから、魔物たちも弱い。

 これなら田舎に置いてきた少女ルインでも簡単に倒せるのではないだろうか。


 あの田舎村は『魔の森』の中心部にあったからな。

 あそこら辺はそれなりに魔物は強かったし。

 それだからあの村は完全に陸の孤島になってたんだよなぁ。


 ふと十年お世話になった田舎村を思い出して、郷愁に浸る。

 うん、あののどかな感じも凄く良かったなぁ。


「とと、今は狩りに集中しないと。と言ってもそんなに強くないから集中するほどでもないけどね」


 それから二時間ほど狩りをしていたら、ちょうど良さそうな魔物の集団を見つけた。


「なんか魔物たちが集まってるけど、なんだろう? 祭りかな?」


 だとしたらこれは絶好のチャンスだ。

 今のうちにたくさん蹴散らせば、もうガッポガポよ。


「ようし、おじさんやる気出てきちゃったぞぉ」


 って、自分でおじさんとか言っちゃった。

 まあ? 自覚してないわけじゃなかったし別にいいんだけど?

 ただあの宿屋のおじさんにおじさんと言われたくないだけで。


 そう思いつつ、ちゃっかり鬱気分になりながら、俺は魔物の軍勢に飛び込んだ。


「何だっ、貴様っ!?」


 ……ん? 誰かいる?


 その声をかけてきたのは紫色の肌を持つ、いわゆる魔族という奴だった。

 おお、初めて見るぞ、魔族。

 そういえば、俺が田舎村に行く直前に魔王ってのが誕生していたはずだが。

 奴はどうなったんだろうな? 戻ってきてから話を聞かないけど。


「えーと、初めまして? アリゼと言います」


 俺は挨拶は大事だと知っていたから、とりあえず挨拶をしてみた。

 魔族といえど、もしかしたら話が通じるやつかもしれないし。


 しかし彼は額に青筋を立ててブチギレてきた。

 最近の若者、コワイ。

 キレやすい若者特集ってのを新聞でやってたの見たし、やっぱりそうなんだろうか?


「貴様ァ、俺を誰だと思ってる?」

「いや知らんが。まだ自己紹介してもらってないし」


 そう言うと余計に青筋を浮かび上がらせる魔族。

 これがあれか? いわゆるジェネギャって奴か?


 彼は凄い有名な魔族で、知らない人はいないとかなのだろうか。

 すいませんが、田舎に引きこもっていた隠居おじさんには分かりかねます。


「そうか……貴様はどうやら相当生き急いでいるらしいな」

「いや、もう四十年近くも生きているわけだし、そう言われる歳じゃないんだが」

「……はははっ! そうか、お前はもうジジイなのか! 道理で反応が鈍いと思ったぜ!」


 ジジイだと……ッ!

 おじさんこれにはプチリとキレてしまう。


「舐めやがってぇ……。俺はまだジジイじゃない。ギリおじさんに届かないくらいだ」

「ふんっ、お前はもうジジイだよ! この老ぼれ!」


 かっちーん。

 俺の堪忍袋がズタズタに切れまくった音が聞こえた。


「テメェだけはぜってぇに許さねぇ……」

「そうこなくっちゃなァ! よし、魔物ども、こいつを食い散らかせ!」


 そうしてその魔族の合図とともに、大量の魔物たちが襲いかかってくるのだった。



   ***



 二つの勢力がぶつかった。

 ルルネは遠くからその様子を眺めていた。


 人影が二つ。

 遠くてその姿ははっきりと見えないが、おそらく片方がガガイタスだろう。


 彼女のエルフとしての優れた耳が、かすかに言い争っているのを聞き取る。


 ——これはマズい。


 いくら片方の人物があの人だとしても。

 ガガイタス相手には少し分が悪いと思われる。


 なにせ成長したアカネでさえ手間取った相手だ。


 ルルネは後先のことを考えずに、慌てて飛び出してしまっていた。


 ——待ってて、アリゼさん。アリゼさんのことは私が助ける!

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