第4話 初めてダンジョンに行った日

「しかし、こうして街に出てくると昔を思い出すなぁ……」


 俺は宿の部屋に備え付けられているベッドに寝転びながらそう呟いた。


「そういえばあの時は本当にお金がなくて、一緒にダンジョンに行ったりしたっけ?」


 ダンジョン――そこは沢山の魔物たちが出現する場所で、素材集めにはもってこいの場所だった。

 ダンジョンに潜り、俺たちは沢山の素材を集めてそれをお金にしていた。


 俺は目を瞑りながら、十二年前、つまり奴隷の少女たちが十五の時のことを思い出す。

 その日は――初めてみんなでダンジョンに向かった記念すべき日だった。



   ***



「アリゼさん! 私が魔物を全部ぶっ倒すから見ておくだけでいいですからね!」


 ダンジョンに向かう馬車の荷台の中。

 燃えるような赤い髪を持つ男勝りの少女アカネは、サムズアップしてそう言ってきた。


「おいおい、まだ魔物とまともに戦ったことないのにそんな豪語していいのかよ」

「大丈夫です! 私はアリゼさんにみっちり鍛えられたので問題ありません!」


 そう胸を張って答えるアカネに、豊かな緑色の髪を持つルルネが呆れた表情をした。


「はあ、これだから脳筋はダメなのよ。ちゃんと気を引き締めなさい」


 ルルネはここらでは珍しいエルフの少女だった。

 彼女とアカネは何故か反りが合わず、よく言い争いをしていた。


「なんだとっ! ルルネこそ臆病になりすぎてへっぴり腰になってるじゃないか!」

「そ、そんなことないわ。決してビビったりなんかしてないから」


 そういう割にはルルネの足は細かく震えていた。

 それを見た金髪の少女ミアは優しく微笑むと口を開いた。


「大丈夫ですよ、ルルネさん。私たちにはアリゼさんがついているので」

「ミアは優しいな。でも俺の力を過信しちゃあダメだぜ?」


 俺はミアの頭をナデナデと撫でながらそう言った。

 ミアの頭は何故か撫でたくなる魅力があるんだよな。

 収まりがいいというか、なんというか。


 俺が頭を撫でると、ミアはだらしなく頬を緩めて嬉しそうにした。

 それを見ていたアカネとルルネも黙って頭を差し出してきた。


「はいはい、順番に撫でてやるから。しかし俺なんかに頭を撫でられるのが良いとは思えんがなぁ」


 そう言うと、三人は一斉に口を揃えて否定してきた。


「そんなことありません。凄く気持ちいいんですよ、これ」

「そうです! アリゼさんに頭を撫でられる以上に素晴らしいことはないんですってば!」

「まあ……今回ばかりはアカネに同意するわ。とても気持ちがいいんですよ」


 そんな三人の様子を見ていた黒髪の小柄な少女ニーアは黙って近づいてきて、俺の上に座った。


「……なんだ、ニーナ」

「私も撫でて」

「お前もか……」

「うん、私も」


 ニーナは言葉少なにそう言って、俺に頭を撫でられる。

 しかしあまり表情は変わらない。

 彼女はあまり感情表現が豊かなほうではなかった。


 五人の中で一番しっかり者の銀髪のアーシャは彼女たちを見て呆れたような表情をしていた。


「いつまで撫でて貰ってるんですか。もう私たちは大人なんですよ、まったく」


 そう言うアーシャにアカネが近づいてツンツンと頬を突きながらこう揶揄った。


「そう言う割には凄く物欲しそうな顔をしてるけどねー!」

「……そんなことありません。私は別に頭を撫でて欲しいとは思いません」


 しかし物欲しそうにしているのは誰が見ても明らかだった。

 俺はやれやれと自分の頭をかいて、ニーアを傍に避けるとアーシャに近づいた。


「ほら、お前もちゃんと撫でてやるから、そんな物欲しそうな顔をするな」

「も、物欲しそうな顔なんてしてません」

「はいはい、アーシャはもう大人だもんな。分かってるって」

「絶対分かってないじゃないですか……!」


 でも撫でてやると、ちゃんと嬉しそうな表情をする。

 まあ年頃の女の子だもんな、素直になれない時もあるよな。


 そんなやり取りをしながら、俺たちはダンジョンに向かった。

 今日行くダンジョンはE級のダンジョンで、あんまり難易度は高くない。

 でも相手は魔物なのでちょっと気を抜くと、大変なことになりかねない。


「そろそろダンジョンにつくから、頭撫でるのはお終いな。気を引き締めろよー」


 俺の言葉に五人は緊張した表情をする。

 まあ最初だしそのくらいがちょうどいいだろう。


 そして馬車が止まり、ようやくダンジョン前に辿り着いた。

 御者をしてくれていた老人にお金を渡すと、俺たちはダンジョンの入り口の前に立つ。


 その入り口はただの洞穴みたいな感じだが、横に兵士が立っていて物々しい雰囲気になっている。

 E級ダンジョンといえど、間違って一般人が入ってしまったらヤバいことになるからな。

 だからこうして近くの街などから派遣されてきた兵士が、入り口横で見張りをしているのだ。


「ご苦労様です。冒険者カードを見せてもらってもいいですか?」

「ああ、大丈夫だぞ」


 俺はそう言って兵士たちに冒険者カードを見せた。

 これがないとダンジョンには入れて貰えない。

 そのカードを見た兵士は一瞬不思議そうに首を傾げるが、後ろに立つ少女たちを見て納得したように頷いた。


「ああ、護衛の任務とかですか? まあB級の冒険者が付き添いなら大丈夫でしょう」


 護衛と言えば護衛なので俺はそれに頷いて言った。


「まあそんな感じだ。――入ってもいいか?」

「はい、問題ありませんよ。お気を付けて」


 そうして脇に避けた兵士たちに見送られ、少女たちの初ダンジョン探索が始まった。

 そんなことを思い出していたら、俺はいつの間にか眠りについていたのだった。

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