第3話 宿屋の娘アンナ

「私はアンナって言います! よろしくね、おじさん!」

「……俺には立派なアリゼって名前があるんだ。おじさんって呼ぶんじゃない、悲しくなる」


 俺がそう言うと、彼女はコテンと首を傾げる。


「アリゼさん? もしかしてあの英雄様たちが探しているという人と同じ名前?」

「ああ、そうみたいだな。まああの似顔絵ほどかっこよくないし、俺はただのおっさんだけど」

「やっぱりおっさんなんじゃん! でもアリゼさんは私の英雄様だから、自信持って!」


 何の自信を持てばいいのだろう。

 そもそもただおじさんと呼ばれるのが嫌なだけで、自信がないわけじゃないんだがな。

 まあ彼女なりに励まそうとしてくれてるのは嬉しいので、その言葉はありがたく受け取っておく。


「ありがとな、アンナちゃん」

「へへ、どういたしまして!」


 しかし……どうして俺はこうも行く先々で少女たちに懐かれるのだろうか。

 前世は絶対に落ちてた財布を衛兵たちに渡すような聖人だったに違いない。


「てか、アンナちゃんはいくつなんだ?」

「私? 私は十三歳だよ!」


 おおう、俺の三分の一ほどしか生きてないのか。

 やばいな、これは確かにおじさんだ。

 アンナちゃんは実年齢よりも大人びて見えたから、もう少し上かと思っていた。


「着いたよ! ここが私の家!」


 そう言って案内された先は立派な店構えの宿だった。

 この街随一の宿と言っても過言じゃない。


「ここ? 凄い立派な宿じゃん」

「でしょ! パパもママも凄いんだよ!」


 俺がそう褒めると、純粋に嬉しそうにするアンナちゃん。

 そんな彼女を見ていると、拾った元奴隷の少女たちや村で一緒に育ってきた少女を思い出す。

 またみんなとも会える機会があればいいな……。


「ささ、入って!」


 そう促され、俺は店の中に入る。

 入るんだけど……。


 入った瞬間にぬうっと俺の目の前に強面のおっさんが出てきて言った。


「俺のアンナに何の用だ? ああ? 手を出すつもりなら容赦はせんぞ?」


 えーと、いきなり脅されたんだが。

 そもそもこの人は誰だ?

 そう内心ビビりながら首を傾げていると、アンナちゃんが慌てたように割って入って言った。


「パパ! やめて! このおじさんは私のことを颯爽と助けてくれたんだよ!」


 再びおじさんと言われ、俺の心はちくりと刺される。

 おじさんと呼ばれるのにまだ慣れないなぁ、くそう。


 目の前のおっさんはそれを聞いて、訝しげに俺を睨みつけながら言った。


「本当にアンナを助けたのか? 下心もなく? アンナは可愛いから狙ってるんじゃないだろうな?」


 まだ疑っている父にアンナちゃんはぷくぅっと頬を膨らませた。


「パパっ! それ以上言ったらパパのこと嫌いになるからね!」


 でた、必殺嫌いになるからね。

 その言葉はクリティカルヒットし、いきなり涙目になりながら父は後退った。


「うっ……す、すまん。分かった、とりあえずおっさんのことは信じるぞ」


 おっさん……。

 あんたもおっさんじゃないか。


 そう思ったが口にはせず、俺は片手をヒラヒラさせながらこう返す。


「まあ、分かってもらえればそれでいいさ、おっさん」


 俺のカウンターの言葉に彼は額に青筋を立てて言った。


「き、貴様……おっさん、おっさんだとぉ……」


 しかしそんな怒っている父にアンナちゃんはコトンと首を傾げる。


「え? パパはもうおじさんだよ? てか喧嘩したらダメなんだからね!」

「お、おじさん……。そうか、俺はもうおじさんなのか……」


 自分の娘にそう言われ、ガチでへこみ始める父。

 なんか不憫に思えてきたので、俺は軽くフォローしてあげた。


「でも脂がのってきていい時期じゃないか。一番男らしい時期だぞ」

「……ふ、ふんっ! お前に褒められたところで嬉しくない!」


 このおっさん、もしかしてツンデレ系なのか……?

 おっさんのツンデレとかちゃんとキツいって。


「それで、アンナちゃんはどうして俺をここまで連れてきたんだ?」

「だってアリゼさんって住むところないでしょ!」

「まあ、ないけど。何で分かったんだ?」

「そりゃあ見ればわかるよ! ほら、お風呂入ってないせいで臭いし!」


 く、くさっ……。

 その言葉が俺の心臓にもろにクリーンヒットする。

 おじさんで臭いっていいとこなしじゃんよ……。


 なぜかアンナちゃんの父がどや顔でこちらを見てきているのが苛立った。


「というわけで、パパ! アリゼさんのこと泊めてあげて!」

「……本当にアンナのことを助けたというなら、泊めてやってもいいが?」


 なんでそんな上からなんだ。

 まあただで泊めてもらう身だし、ここは下手に出てやろう。

 そう思ったが、さらに続いた言葉で俺は考えを改める。


「まあ――定価で、だがな! がはははっ!」

「……すまん、アンナちゃん。俺はここには泊まれないようだ」


 そう言うと、アンナちゃんは今度こそ本気で怒ったらしい。


「パパっ! もう一週間、口を利かないからね!」


 その言葉に父は本気でショックを受けた表情をした。

 そしてガチで泣き出しそうな顔をする。


「す、すまん、アンナ。それだけは勘弁してくれ……」


 さらにそこに追い打ちをかけるように、奥から恰幅のいい女性が出てきて言った。


「あんた、これ以上騒がしくしたら夕食も抜くからね!」


 その女性はおそらくアンナちゃんの母なのだろう。

 ……うん、パパって辛いよな。


 そんなことを他人事のように思いながら、俺はアンナちゃんに部屋に案内されるのだった。

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