第2話 田舎から出てきました

 アリゼという名が広まった発信源は、各国の王城だった。

 何やら五人の英雄様たちがこぞって探している男がいるらしいぞ。

 そしてその男はまだ見つかっていないらしいぞ、というのが始まりだった。


 そして噂に尾ひれがついて、各地まで広まっていく。

 曰く、彼が英雄たちを育て上げただとか。

 曰く、彼が彼女たちを派遣した神様だとか。

 曰く、彼はドラゴンすら一薙ぎで倒せるだとか。


 更にそんな噂を裏付ける発表が各国の国王から発せられた。


 ――アリゼという男を探し出せば英雄たちから何でも褒美がもらえる、と。


 それと同時に英雄の一人、聖女ミアが描いたアリゼの似顔絵が広まっていく。

 いつの間にかアリゼという名、そしてミアの描いた似顔絵は大陸中に知れ渡るのだった。



   ***



「くしゅん! 最近めっきり冷えるなぁ……」


 俺は要塞都市アルカナを目の前にしてそう呟く。

 俺が歩いてきた道は、魔の森と呼ばれる普通は人が足を踏み入れない魔境だった。

 魔の森は円状に広がっていて、その中央にポツンと平和な草原が広がっている。

 その草原にアリゼの住んでいた村があるのだった。


 そしてその魔の森から人類の住処を守る役割をしているのが、ここ要塞都市アルカナ。

 巨大な城壁や様々な対魔物戦力が揃えられ、冒険者もたくさん住んでいる。


「久々だなぁ、こんなに人がいるところに来るの」


 俺は門の前まで来て、衛兵にギルドカードを見せる。

 ギルドカードは身分を証明するものとなるので、大事にとっておいたのだ。


「はい、これで入れるでしょ?」

「失礼、拝見させていただきます。名前はアリゼ様、……って、アリゼ様ッ⁉」


 なぜか彼は驚いたように俺を見るが、一瞬にして興味をなくす。


「……こんなおっさんなわけないか」

「おいこら、誰がおっさんやねん」

「あ、失礼しました! 英雄様の探し人であるアリゼ様と同名でしたので……」

「英雄? 英雄ってなんだ?」

「知らないのですかっ⁉ あの魔王を打ち倒した英雄様たちですよ!」

「あ、あーあれね。もちろん知ってるよ」


 なんか知らないほうがおかしいみたいなので、俺はとっさに話を合わせておいた。

 少し衛兵は訝しげにしていたが、まあいっかと思ったらしい。

 さっそく中に入れてもらえることになった。

 俺は門を開けてもらい街の中に入ると、まずは宿探しを始めるのだった。


「しかし、英雄様かぁ……。やっぱり凄い人はいるもんだなぁ」


 そう呟きながら俺は街の大通りを歩いていると、一つの張り紙が目に入る。


「……ん? これがアリゼ様か。ふーん、イケメンすぎるな、間違いなく俺ではない」


 めちゃくちゃイケメンの男が描かれていた。

 流石に俺はここまでカッコよくない。

 ……って、自分で言うのも悲しくなってきた。


「はあ……。早く宿探そ」


 そう呟いて、俺は道すがらに串焼きを買ったりしながら宿探しを再開する。

 しばらく歩いていたが、大通りの宿はやっぱりどれも高そうだ。

 村ではお金なんて何の意味もなさなかったから貯まっているけど、それでも心もとない。

 だから俺は裏路地に入って安そうな宿を探すことにした。


 と、そのときだった。


「きゃああああああああああ!」


 女の子の叫び声が聞こえてくる。

 うん、俺って結構女の子のトラブルに巻き込まれるよな……。

 そう思いながら俺は声のしたほうに走っていく。


「おい、嬢ちゃん。服を脱ぎな」


 男三人が囲んで一人の少女を脅していた。

 赤髪をポニーテールに結び、そばかすのついた少女だった。

 なるほど、とりあえずこいつらを蹴散らすか。


「まあ待ちなって、兄さん方」


 そう言って俺は一人の肩に手をかけた。


「だ、誰だお前ッ!」


 そう言って振り返った男たちだったが、すぐに舐めたような表情になる。


「なんだ、ただのおっさんじゃねぇか」

「ホントだ。こいつは殺して金とればいいだろ」

「そうだな、それがいい」


 なんか好き勝手言ってくれているが、俺はお前たちに負けるつもりないからな。

 男のひとりが腰にぶら下がったやたら高そうな剣を取り出す。

 あれじゃあ逆に使い辛いだろ。てか、どうやってそれ手に入れた。


「この嬢ちゃんは俺たちで回して奴隷落ちしてもらうからな。お前はここで殺す」


 ふむなるほど、こいつらは女の子を悪徳奴隷商に売って稼いでいるらしい。

 俺は十五年前に出会った少女たちの有様を思い出し、はらわたが煮えくり返ってくる。


「……すまん、今ちょっと容赦できないかも」

「はっ! おっさんに何ができる……ッ⁉」


 俺は強く地面をけって一瞬にして距離を詰めると、奴を思い切り殴って吹き飛ばした。

 それから続けざまに回し蹴りでもう一人も吹き飛ばす。


「ひっ、ひぇええ!」


 残った男はそれを見てちびってしまったらしい。

 ばっちいな、おい。


「ほら、お前もそうなりたくなければこいつらを連れて消えろ」

「は、はいいいいいいい!」


 男は二人の伸びた奴を担いで、慌てたように逃げていった。

 それから少女のほうに目を向けると、思い切り頭を下げられた。


「あ、あの! 助けてくれて、ありがとうございます!」

「いや、いいってことよ。それよりも大丈夫だった?」

「はい、おじさんのおかげで何の問題もありませんでした!」


 お、おじさん……。

 少女の言葉にショックを受けるが、やっぱり俺はおじさんなのだろうか?


「ええと、お礼をしたいのでうちまで来てくれませんかっ⁉」

「……いいの? おっさんだよ、俺」

「もちろん問題ありません! ほら、早くついてきてください!」


 少女は俺の手を握ると、引きずるように俺を家まで案内するのだった。

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