拾った奴隷たちが旅立って早十年、なぜか俺が伝説になっていた。

AteRa

第一章:始原の森人ルルネ編

第1話 奴隷を拾いました

 奴隷を拾った。それもいきなり五人もだ。


 まだ彼女たちは十代前半とかだろう。

 見た感じとても若そうである。

 若いというより、俺から見たら幼いになるが。


 しかし……はい解散お家に帰っていいよ、ってな感じで放り出すわけにもいかないよな。

 おそらく身寄りの当てとかもないだろうし、生きていく術も持っていないだろうし。


 このまま見捨てたら、美少女な彼女たちはまた奴隷落ちすると思うんだよなぁ。

 そんなことになったらそれこそ、悪徳な奴隷商を一つ潰した意味もない。


「はあ……やっぱり俺が引き取るしかないのか」


 思わず重いため息とともにそう言葉が漏れた。

 ずっと旅をしていた俺には、もちろん育児の経験なんてない。

 慣れないことを始めるのはちょっと気が重いが。

 まあこれも何かの縁だし、いっちょやってみるしかないか。


 そう思って彼女たちを眺める。


 みんな目が死んでるし、身を寄せ合うようにして震えている。

 ……うん、まずは心を通じ合わせるところから始めないとな。

 多分俺たち、これから長い付き合いになるんだしさ。


 というわけで、俺はいいお兄さんを装って彼女たちに話しかけるのだった。


「やあやあ。俺は悪い大人じゃないよ」



   ***



「「それじゃあ行ってきます」」


 彼女たちを拾ってからすでに五年が経った。

 その五年は思えばあっという間で、彼女たちも本当に立派に育ったと思う。

 いろいろなことがたくさんあった。

 楽しいこと、悲しいこと、辛いこと、いっぱい一緒に体験してきた。


 でも、今日は彼女たちが旅立つ日だ。


「……気を付けるんだぞ」

「わかってますよ、アリゼさん。もう私たちは大人なんですから」


 この中でも一番しっかり者のアーシャがニコリと笑ってそう言った。

 そうか、もう大人になったのか。

 こうして旅の支度をして、直接言われて、ようやくそのことが実感できた。


「うん……みんな立派になったな、本当にさ」

「もう、泣かないでよ、アリゼさん。今生の別れってわけでもないんだから」


 そう言って剣の上手い男勝りなアカネが俺の肩を叩く。

 でもアカネだって泣きそうになっているじゃないか。

 それに周りを見渡すと、みんな同様に瞳に涙を浮かべている。

 俺はそれを見て、これを長引かせたらマズいと思った。

 絶対に別れるのが惜しくなってしまう。

 だから後ろを向いて、彼女たちを見ないようにすると俺は言った。


「じゃあ――行ってらっしゃい」


 そうして、彼女たちは足音を立てて行ってしまった。

 その後ろ姿はとても立派でとても堂々としていただろう。

 見なくてもその姿は容易に想像できた。


 俺は彼女たちがいなくなってから、たくさん泣いてしまった。

 でも、いくら泣いてもすっきりしなかった。


 だから俺はその寂しさを癒すために、田舎村に行くとそこで十年過ごすのだった。



   ***



「アリゼさん、行っちゃうんですか?」

「ああ、流石にそろそろ体がなまってきたからな」


 この田舎村には十年もお世話になった。

 目の前にいる少女――ルインがまだ五歳の頃からいるので、時の流れとは早いものだ。

 奴隷の子たちを拾った時にはまだ二十前半だった俺も、すでにアラフォーになってしまった。


 十年もこの平和な世俗から離れた村にいて、流石に俺も衰えてきただろう。

 そろそろ勝負勘というものを取り戻さないといけないと思ったのだ。


 それにここでは世間の噂話というものが一切入ってこない。

 現在、世の中がどうなっているのかというのも、少し気になったのだ。


 村人全員が俺のために見送りに来ている。

 といっても全て合わせて二十人くらいしかいないけど。

 俺は目の前で泣きそうになっている少女の頭を撫でながら言った。


「また会えるさ。それまでにちゃんと強くなってるんだぞ」

「うん……アリゼさんのおかげで私でも村の人を守れるくらいにはなれた。でもまだ強くなりたい」

「それならそうだな……俺に勝てるって思えるくらい強くなったら、村を出て俺のところまで来い」

「そうすれば全力で戦ってくれるの?」


 彼女の言葉に俺は頷く。

 もちろんだが、いまだ彼女との訓練で全力を出したことがない。

 いつもルインにはもっと全力を出してほしいと言われていたが。


 しかしまあ……旅立つ側の気持ちってこんな感じなんだな。

 そう思いながら十年前旅立っていった家族同然の少女たちを思い出す。

 彼女たちもルインと同じくらいには才能があった。

 だから今頃、すげぇ活躍なんかしてたりしてな――って、それは考えすぎか。

 世の中は広い、まだまだ才能なんて溢れているはずだ。


「本当にアリゼさんが来てくれて助かりました。あなたのおかげでこの村は魔物と戦えます」

「そうか、少しでも力になれたなら良かったよ」


 村長にそう頭を下げられ、俺は頬をかきながらそう答えた。


「それじゃあ……また」

「うん、またね。アリゼさん」


 俺はクルリと背中を向けると、振り返ることなく歩き出した。

 後ろからは鼻水を啜る音が聞こえてくる。

 やはり旅人たるもの、出会いと別れはよくあることだ。

 でもいつまでたっても、この感じには慣れないなと思うのだった。



   ***



 ここは稀代の英雄たちにあてがわれた巨大な天空城。

 彼女たちは魔王を倒した本物の英雄で、大陸で知らない者はほとんどいないと言ってもいい。


 豪傑の勇者:アカネ。

 深淵の魔女:ニーナ。

 慈愛の聖女:ミア。

 始原の森人:ルルネ。

 世界の王女:アーシャ。


 五人の英雄たちは月に一回、定例会議を開くことになっている。

 すでに魔王は倒されて集まる理由なんてないのだが。

 彼女たちにとってはとても大切で重要な議題が解決していないのである。


「アーシャ、やはり国王たちにお願いしてもまだ見つかりませんか?」


 そう王女アーシャに訊ねたのは聖女ミア。

 アーシャはいつもの豪華なドレスではなく、質素な服を着てこの円卓に座っている。

 彼女曰く、あんなドレスよりもよっぽどこっちのほうが落ち着く、らしい。

 ミアに聞かれたアーシャは深刻そうな顔をして頷くと言った。


「ええ、さっぱり見当たらないらしいですね。目撃情報の一つも出てこないと言っていました」


 それを聞いた勇者アカネは立ち上がると、準備運動をしながら言う。


「やっぱり私が大陸を走って探したほうが早いんじゃないか?」

「……それだと大陸各地に被害が出るわ。やめたほうがいいでしょうね」


 エルフのルルネに呆れたようにそう言われ、アカネは不服そうに再び椅子に座った。

 彼女たちは十五年前から喧嘩ばかりだったが、最近では少し丸くなったらしい。


「しかし国王たちですら見つけられないとは、いったいどこにいるのかしら、彼」

「うーん、あの人のことだから死んでますってことは絶対にないと思うけど」


 ルルネの疑問に魔女ニーナが無表情にそう答えた。



「やっぱり私が走ったほうが――」

「それはダメだって言ってるでしょう?」


 アカネとルルネがとうとう睨み合いを始める。

 でもそれを当たり前のように無視しながら、ミアは口を開いた。


「こっちも信徒さんたちにお願いしてみたいと思います」


 その言葉にアーシャは頷いた。


「そうね。そうしてくれると助かります。――それじゃあ今日の定例会議は終了ですね」


 それを聞いた五人は各々、天空城の円卓の間から出ていく。

 一人最後まで残っていたミアはがらんとしたその円卓の間でポツリと呟くのだった。


「早く見つかるといいです。お礼もしたいですし、ナデナデもしてもらいたいですね。……本当にどこへ行ってしまったのでしょうか? ――アリゼさんは」

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