第19話 時には昔の話を
四人でパンケーキ屋に行った次の日の早朝。
私――ルルネはふと目が覚めてしまって、ミアを起こさないように静かにベッドから出た。
部屋にいると物音を立ててしまうので、私は王城のバルコニーに行こうと思った。
涼しい夜風が肌に当たり、心地がいい。
まだ日は完全に上っておらず、空は薄く染まっている。
「……あれ、ルルネ様じゃありませんか」
後ろから声が聞こえて振り返ると、そこにはハルカさんがいた。
私は軽く会釈をすると言った。
「おはようございます、ハルカさん。お早いですね」
「そちらこそ、まだ早朝なのに起きてるんですね」
「ふふっ、なんか目が覚めてしまって。ミアを起こさないようにここに来たんです」
そう言うとハルカさんはなるほどと頷く。
そして彼女は私の傍まで歩いてくると隣に立った。
「ルルネ様は……アリゼ様のことを大変お慕いしているのですね」
お慕いしているというのが、恋愛的な意味なのか家族的な意味なのかは分からない。
でもどちらにしろ慕っていることは間違いないので、私は頷いて言った。
「そうですね、アリゼさんは私の大切な人であり、大好きな相手ですから」
「ふふっ、羨ましいです。そこまではっきりと言える人がいることが」
小さく笑ってハルカさんは言った。
羨ましい――確かにそうかもしれない。
そこまで想える人がいることは、とても幸せなことなんだろうと思った。
私はバルコニーの塀にもたれ掛り街を見下ろしながら言う。
「少々、昔話をしましょう。――私たち英雄と呼ばれる五人は、昔はただの奴隷少女でした」
それから私はポツポツと話し始める。
「悪徳な奴隷商に捕まった仲間でした。しかしある日、私たちに救いの手が差し伸べられるのです。その手は言いました――やあやあ、俺は悪い大人じゃないよって」
ハルカさんは私の話を静かに聞いていた。
日が昇り始め、街はドンドンと朝日に照らされていく。
「ふふっ、今思うとその言葉は信用に足らないセリフですよね。でもそのときの私たちには暗闇に差した一条の光に思えました」
そこで私は言葉を区切ってハルカさんのほうをチラリと見た。
ハルカさんは真剣な表情で頷きながら耳を傾けていた。
「――そしてアリゼさんに拾われた私たちは、色々な体験をさせて貰いました。ダンジョンに行ったり、一緒に旅をしたり、時には……いえ、結構な頻度で私たち五人は喧嘩をし、アリゼさんに宥められていました」
そこまで話して私は一息つく。
するとハルカさんは落ち着いた声で尋ねてきた。
「英雄様たちにそんな過去があったんですね。私はてっきり、もっと華やかな人生を送ってきていたのかと思っていました」
その言葉に思わず苦笑いをする。
「そう思う人はかなり多いみたいですね。しかし全くの真逆だったのですよ、私たちは。お金がなくて、その日暮らしで魔物を狩りながら生きていました。たまに大物を狩って豪華な夕食を食べるときもありましたが」
懐かしくて、思わず口角が上がる。
あの時に比べると、私たちは間違いなく立派になった。
お金もあるし地位もある。
みんなは私たちを讃えてくれるし、褒めてくれる。
昔は少女五人だったから、色々なことを言われたものだ。
特に私たちを連れていたアリゼさんはもっと色々と心無い言葉を投げられていただろう。
それでも彼は私たちを捨てることなく、そのことも口にはしなかった。
今と昔は比べるものではないが、もし比べるとしたら、間違いなく昔のほうが幸せだった。
だが――こうしてアリゼさんと再び出会えて、一緒に居られる。
すぐにあの時のような幸せな日々が、苦しい中にキラキラと輝いていた日々が戻ってくるはずだ。
まあ私のせいで五人のうち二人しか今はいないけどね。
どうせあの三人のことだ、すぐに私たちの居場所を嗅ぎつけてくるだろう。
そんな思案に耽っていると、パタパタと足音が響いてきた。
「ルルネ! 良かった、ここに居たんですね!」
「ああ、ミアも起きたのね」
「はい! ふと目が覚めたらルルネがいなかったから、前みたいにアリゼさんのところに行ったのかと心配しましたよ!」
私は昔はよく、心細くてアリゼさんの布団に潜り込んだ。
それを見ていたミアも、何故か一緒に潜り込んできた。
アカネとアーシャは大人びていたから、そんなことはしなかったが。
ニーナも潜り込んでくるときもあったっけ?
まあニーナは気分屋なので、来る時と来ない時があったけども。
「流石に私ももう大人だからね、アリゼさんの布団に潜り込むようなことはしないわよ」
「そう言いながら、本当は行こうと思っていたのでしょう?」
……やはりミアにはお見通しらしい。
伊達に15年も一緒にいない。
「それで、なんの話をしていたのでしょうか?」
「ああ、少し昔話をしていたわ」
私がミアの質問に答えると、ハルカさんもふふっと笑って言った。
「そうですね、貴重なお話を聞かせていただきました」
「昔話ですね! それなら私も色々なお話ができますよ!」
嬉しそうにミアはそう言って、アリゼさんとのエピソードを話し始めた。
こうして早朝に唐突に始まった女子会は、かなりの盛り上がりを見せるのだった。
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