第31話 円卓騎士第一位ゼノス
その日、私——ベアトリクス・アウシュタッドは元パーティーメンバーの経営している酒場に足を運んでいた。
「よお、ベンノ。相変わらず凄い人の数だな」
店の席は満席、外にも待機している客が数人ほど列をなしている。
「ベアか。……客から聞いたぞ、あのアリゼの坊主と一戦やったんだってな」
「……まあな。一丁前にSランクになりたがっていたから、喝を入れてやった」
私が見栄を張りそう言ったら、ベンノは堪えきれないと言った感じで笑い出した。
「ぷぷっ……! お前はいつもあいつのことになると見栄を張りたがるよな!」
「うっせ、その口を喋れなくしてやろうか?」
その脅しも虚しくベンノはケタケタとひとしきり笑ったら、すっと真剣な表情になって言った。
「それで、アリゼは成長していたか?」
「ああ……見違えるようだったよ。もうおっさんだったな」
私は言いながら専用のカウンターに座り、ベンノはシェイカーでカクテルを作り始める。
「ははっ! 俺たちがもうジジイババアになったんだ。そりゃそうだろうな!」
「しかし私はあいつが老いていく姿を見たくなかったよ」
いつまでも子供のままだと思っていた。
でももう大人になってしまったのだ。
そこのことは嬉しい反面、やっぱりどこか寂しさもある。
「確かにあの小僧が老けて顔に皺が寄って、突っかかってくることもなくなるなんて、考えられなかったよな。旅をしていた当時には」
彼が来てから私たちのパーティーが燦々と輝いた。
現役を引退して、どこか鬱屈としていたパーティーに光がもたらされた。
彼を助けたのは私たちだが、彼もまた私たちを助けていたのだ。
「……しかし、アリゼを娼館に連れて行ったことは今でも許していないからな」
「そんなこともあったなぁ……。今からすればいい思い出じゃねぇか」
ベンノの開き直った言葉に私は思わずため息が漏れる。
こいつらのせいでアリゼが老けるのが速くなったのではとか思ってしまう。
まあ……それだけ時間が経ったってことだ。
ベンノの作ってくれたカクテルをチビチビと飲みながらしばらく歓談に浸る。
懐かしい思い出や想いが色々と思い返されていく。
そうして昔話をしていたら、いつの間にか夜も更けていた。
「私はそろそろ帰るよ」
「今度はアリゼも連れてきてくれよ」
「……機会があったらな」
そして店を出て夜風に当たる。
星空が見える。
昔、アリゼと一緒に見た星空と何ら変わらない星空だ。
アリゼが落ち込んだ時、泣いた時、一緒にあの星空を眺めた。
こんな思い出話でしんみりするなんて、私も老いたものだな。
そんなふうにヒタヒタと夜の街を歩いていると——。
ふと強烈な殺気を覚えた。
慌てて振り返る。
するとそこにはメイド服を身に纏った女性が立っていた。
「アンタ、誰だ……?」
立ち振る舞いや雰囲気から只者ではないことは察せる。
ここまでの能力を有してそうな人間など、Sランクしかありえないが。
しかし私の知り合いには彼女のような人間はいなかった。
「私は魔王軍円卓騎士第一位ゼノスです。どうぞお見知りおきを」
「……魔族には見えんが」
私の言葉にふふっと彼女は笑うと、言った。
「ええ、見た目通り私は魔族ではございません」
「……じゃあ、どうして魔王軍なんかに?」
彼女はその問いに笑みを浮かべたまま、一歩ずいっと近づいてきて言った。
「そんなの決まっているでしょう? 憎いのですよ、人類が」
「どうして……?」
「私は昔から虐げられてきました。誰も私を愛してはくれなかった。だから——復讐をするのです」
言いながら彼女は帯刀していた細剣を引き抜く。
漆黒の、禍々しい剣だ。
「やるってのか……」
「そうですね。まあ殺しはしませんが、利用はさせて貰います」
瞬間、彼女の姿がかき消える。
その速度は間違いなく全力のアリゼよりも速く、目で追うことも叶わない。
一拍置いて、私は吹き飛ばされていた。
何がと思う間もなく、壁に叩きつけられる。
「がっ……!?」
「ふうん、SSランクとさえ言われた英雄もあまり強くはないですね。拍子抜けです」
「……うっせぇ。老人には優しくしろって両親から習わなかったのか?」
無理やりニヤリと笑み浮かべて言うと、彼女は額に青筋を立てる。
おそらく両親という単語がタブーだったのだろうな。
「両親ですか……。そんなものはとうの昔に殺しました。習ったことなんて何もないですね」
こいつ、親殺しのタチか。
何があったのか事情は知らない。
そこには殺したいと思うほどの事情があったのかもしれないが。
でも、今は私が生き残ることを優先しなければ……。
そうしないと、間違いなくアリゼたちに迷惑がかかる。
フラフラと立ち上がると、私は鞘から剣を引き抜く。
美しいダイヤモンドの剣は月明かりに照らされて燦々と輝いた。
「まだやる気ですか……。まあそんな勇気は蛮勇というのでしょうけどね」
次の瞬間には彼女は私の視野から消え、瞬く間に意識を刈り取られるのだった。
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