第30話 アーシャの想い、そして甘い星空
パーティー会場となる広間にはすでにたくさんの人がいて、賑わいを見せていた。
大きなテーブルが所々に配置され、その上に美味しそうな料理が置かれている。
先ほどよりもより上質そうなドレスを纏ったクリスさんが近づいてくると俺たちに言った。
「ようこそおいでくださいました、英雄様たち、それとアリゼ様」
それに代表するようにアーシャが一歩前に出るとにこりと微笑んで言った。
「いえ、こちらこそお呼びくださりありがとうございます。それと——誕生日おめでとうございます」
「ふふっ、ありがとうですわ。これで私も20歳となりました」
「四年前の、人の影に隠れていたお姫様がこうして誕生日会を開くなんて感慨深いです」
アーシャの言葉にクリスさんは恥ずかしそうに俯いてしまった。
ふむ、どうやら四年前の彼女は恥ずかしがり屋だったらしい。
今ではそんな様子は全くないが、この四年で彼女も成長したということだろう。
クリスさんは再び顔を上げるとこちらを見て微笑んだ。
「では、ぜひパーティーを楽しんでいってください。私は他の方々にも挨拶に行かねばならないので」
それだけ言うとクリスさんは挨拶回りに行ってしまった。
残された俺たちは一先ず近くのテーブルの料理を手に取ることにした。
「おお、このお肉はサラマンダーのお肉じゃないですか! めちゃくちゃ美味しいんですよ!」
グルメなミアが早速料理を皿に取り分けながら嬉しそうに言う。
「サラマンダーの肉って、めちゃくちゃ美味しいんだけど、食べれるところが少なくて価値が異常に高いんじゃなかったっけ?」
俺がミアに尋ねると、彼女は頷きながら言った。
「そうですね! 希少価値なら随一で高いと思います! そもそもサラマンダー自体も強い魔物ですし狩るのも大変ですからね!」
そんなお肉がこんなにも山盛りに積まれているのは凄いな……。
俺も気になってその肉を自分の皿に取り寄せると、一口食べてみる。
「おおっ! 美味しいじゃないか! 凄い、肉が溶けていくみたいだ!」
四十年近く生きているけど、ここまで美味しいお肉を食べたのは初めてかもしれない。
これは肉の素材だけではなく、間違いなく料理人の腕も良いな。
「ほら、アーシャとルルネも食べてみなよ」
俺が言うと、二人とも自分の皿に肉を取りパクリと食べる。
「本当ですね……。美味しいです。これはなかなか食べられませんよ」
「うんうん、本当ね。私もこんな美味しいお肉を食べたのは初めてかもしれません」
それからいろんなテーブルを周り、様々な料理を楽しむ。
俺はしばらくしてある程度お腹がいっぱいになったが、ミアとルルネはまだ食べるらしい。
「ちょっとバルコニーで休憩してくるよ」
俺が三人に言うと、アーシャも続いてこう言った。
「あ、私もお腹いっぱいですので、アリゼさんについて行きますね」
そして俺とアーシャは連れ立ちバルコニーに向かう。
すっかり外は暗くなっていて、満天の星空が広がっていた。
眼下には祭り状態の街並みが見える。
どうやら王城だけではなく、王都全体で祭り状態らしい。
「綺麗な星空ですね……」
ポツリと感慨深そうにアーシャが呟いた。
俺はそれに頷くと口を開く。
「みんなが旅立つ前日に、二人で一緒に見た星空と何も変わらないな」
星って凄いよな。
こうして十年経っても、さらに十年経とうとも、何も変わらずにそこにあるんだから。
感慨深く言った俺のセリフに、彼女はふふっと笑って言った。
「そうですね……。あの日はアリゼさんと離れたくなくて、一緒に居てもらったんでしたっけ?」
「そうそう。アーシャだけ覚悟が決まらなくて、俺と一緒に夜に家を抜け出して星空を見に丘まで行ったんだよな」
他のみんなはその時には旅立つ覚悟が出来ていた。
しかしアーシャだけが最後まで踏ん切りがつかなかったらしい。
だから夜、一緒にこっそり抜け出して星を見たのだ。
「ふふっ……その時に比べたら私も少しは大人になれたでしょうか?」
「ぱっと見は大人だけどな。精神はどうだろうな?」
「……アリゼさんってやっぱり意地悪ですよね。私が大人になったと思わせてみせますよ」
もちろん話した限りでは随分と大人びたし、成長していることは分かっていた。
でもアーシャの言う通り、少し意地悪をしてみたくなったのだ。
意地悪をして、彼女がどんな反応を返してくるのか、前とどこまで変わったのかを知りたかった。
「すまんすまん。でもアーシャが大人になったと実感できるのを楽しみにしてるよ」
俺が言うと、彼女は俺の前に立ち満天の星空を背に、踊るように両手を広げた。
思わずその美しい姿に俺が見惚れていると、彼女は俺の頬に唇を近づけてきて——。
「ふふっ……アリゼさん、とりあえずこれが大人になった証です」
俺は思わず目を見開き固まってしまう。
一体何が……?
俺の頬には温かく柔らかいものが優しく触れた感覚が残っている。
彼女はいたずらが成功したような表情をして、そんな俺に笑いかけるのだった。
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