第32話 運命の糸は手繰り寄せられる

「——ゼさん! アリゼさん! 起きてください!」


 朝、王城のあてがわれた一室で快眠を貪っていると、揺さぶられて目を覚ます。


「……アーシャか。どうしたんだ、いきなり?」


 俺は寝ぼけ眼を擦り起き上がりながらそう尋ねる。

 すると彼女は慌てたような声で言った。


「ベアトリクス様がいなくなったらしいのです!」

「……ベアが?」


 そんなバカな……。


 彼女の強さは戦った俺が一番知っている。

 そんな彼女を簡単に誘拐できる奴なんてそもそもこの世にいるのだろうか?


 しかしどうやらそのことは本当らしく、アーシャは切羽詰まった様子だった。


「そうです! 街中どこを探しても見当たらないらしいのです! そして王城にこんな手紙が——」


 そう言って彼女から手渡された手紙にはこんなことが書かれていた。


 ——英雄の師匠アリゼ。貴様一人で『氷結山脈』の頂上まで来い。さもなければベアトリクスの命はないと思え。円卓騎士第一位ゼノスより。


「……なるほどな。こいつは俺狙いというわけか」

「円卓騎士第一位ゼノスは恐ろしいほど強大な相手です。いくらアリゼさんでも……」


 そう言い淀むアーシャの頭に手を乗っけると、俺は優しく撫でながら言った。


「大丈夫だ。勝てる……とは言えないが、負けることはないから安心しろ」

「でも……」

「自分で言うのもなんだが、アーシャは俺が強いことは知ってるだろ?」


 俺はクローゼットから外套を取り出すと、バサリと羽織る。

 そしてその横に立てかけてあった愛剣を帯刀すると、部屋の扉に手をかけながら言った。


「アーシャ。帰ってきたら久しぶりに手料理を食べたいな」

「……分かりました。たくさん、食べきれないくらい作って待ってますね」


 震える声でアーシャは言った。

 それを聞いた俺は満足げに頷くと、部屋を出て王都直近の森の方へ駆け出すのだった。


「——ああ、我が主か。どうした? そんなに急いで?」

「ああ、急用が出来てな。すぐに『氷結山脈』の頂上まで頼む」


 森で銅貨を磨いていたカミアに俺は言った。

 カミアは俺の言葉に黙って頷くと、銅貨磨きを止め背中に俺を乗せた。


「では全速力で参るぞ」

「ああ、頼んだ」


 そして俺はカミアに乗って『氷結山脈』の頂上へ向かうのだった。



   ***



 そのとき、アカネとニーナはアルカイア帝国の帝都にいた。

 二人は王城に案内され、そこの第一王女ハルカ・アルカイアに話を聞いていた。


「アリゼさんですか? ええと、彼ならニーサリス共和国に向かうと言っていましたが」

「……マジすか?」

「ええ、大マジですよ。もしかしてお二人はアリゼさんを探しに来たのですか?」


 それを聞いて二人は思った。

 すれ違った! と。


「アカネ、全速力を出せる?」


 王都を出てニーナはアカネにそう尋ねた。

 アカネは仰々しく頷くと、ニーナを背負いながら言った。


「任せろ。三時間あれば着く」


 その代わり、走った道は衝撃波で削れてしまうが。

 まあアリゼさんに会うためなら仕方がないだろうと二人して無理やり納得した。


「じゃあ——行くぞ?」


 そしてアカネたちはもの凄い速度でニーサリス共和国へと向かうのだった。



   ***



 その頃、ニーサリス共和国の王城では英雄たち三人が顔を合わせて会議していた。


「……天空城の恩恵があれば、アリゼさんもゼノスに勝てると思うのですけど」


 アーシャはぽつりとそう言った。

 その言葉にルルネは呆れたようにため息をついて言う。


「そんなの分かっているわ。でも三人じゃ天空城は動かせない、そうでしょう?」

「……こんな時にアカネとニーナがいてくれればいいんですが」

「無い物ねだりをしても仕方がないわ。今ある手で彼を救い出す手段を考えなければ」


 三人とも真剣な表情だ。

 ここにふと一般兵でも入ってきたら、プレッシャーで押し潰されるだろう。

 そんな中、ミアは思い詰めた表情で口を開いた。


「私たちもこっそり後をつけてはダメでしょうか?」


 その言葉にルルネは首を振ると言った。


「いいえ無理だと思うわ、そもそも。彼はカミアさんに乗って移動しているだろうし、まず間に合わないはず。それに私たちは英雄の中でも下位三人よ。戦闘力では足を引っ張ってしまうかもしれないわ」


 ルルネの言うことは尤もだった。

 何もできない自分が歯痒く、悔しそうに俯くミア。


 天空城さえ動かせれば——。

 私たちでも力になれると言うのに。


 しかし最低四人の魔力が必要だ。

 どうしようと考えて、結局何も浮かばなくて、また思考が振り出しに戻る。


「……こうして思い悩んでいても仕方がありません。少し外に出ませんか?」


 アーシャの提案に、思い詰まっていた二人も頷く。

 外の新鮮な空気を吸えば、何かいい案が思いつくかもしれない。

 そう思ったのだ。


 そして王城から出て街の外に向かう三人。

 その間には何も思い浮かばず、意気消沈していた彼女たちだったが。


 ドドドドと遠くの方から地響きのようなものが聞こえてきた。


 何かがもの凄い勢いでニーサリス共和国の王都へ向かってきている。

 三人は考えるのすら止めて、その向かってきているものに対して警戒せざるを得ないのだった。

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