第15話 聖女ミア、森で巨大なウルフと出会う
聖女ミアである私は一週間かけて、アルカイア帝国の帝都直前まで来ていた。
そのまま要塞都市アルカナまで行くのは流石に骨が折れるので、帝都で一旦休むつもりでいた。
帝都脇にある小さな森で今夜を過ごせば、次の日には帝都に辿り着く。
私は焚き火を焚いて、近くの川で採ってきた小魚を焼いてのんびりしていた。
もちろんこの辺りでは魔物が出るが、流石に英雄最弱といっても英雄には変わりがない。
流石に帝都周辺の森に住む魔物に遅れをとるようなことはない——はずだった。
「お主、その魚を分けてはくれないか?」
目の前にいるのは巨大なウルフ。
しかもヨダレがダラダラと垂れている。
その魔物(?)はジャイアントウルフよりも一回り大きく、ランクで表せば間違いなくAランクは下らないだろう。
「こ、これが欲しいのですか?」
私は秘伝のタレをつけた焼き魚を差し出す。
すると嬉しそうにそのウルフは前足を器用に使いそれを食べ始めた。
「うむ、このタレは美味しいな。何と言うタレなのだ?」
「これは鏡華大心国で使われている、醤油というタレです」
「ほぉ……その国には行ったことがないが、素晴らしいものを作るな」
感心そうに唸るウルフ。
正直言ってメチャクチャ怖いが、話が通じない相手ではなさそうだった。
彼は私の作った焼き魚を美味しそうに食べ終えると、首にかけられた小袋から一枚の布と一枚の銅貨を取り出した。
そしてその器用に前足で銅貨をピカピカに磨き上げていく。
「そうだ、お主。銅貨は持っていないか?」
「銅貨ですか? 持ってますけど」
そう言うと彼の瞳はきらりと瞬き、私にこう言ってくる。
「ならば私にそれを分けてほしい。もちろん、ただでとは言わん」
「ええと……それでは何をしてくれるのですか?」
私が尋ねると、彼は少し考えてこう答える。
「それならば、お主を目的地まで運ぼう。なに、ちょっとくらいの遠出なら出来るぞ。多分我が主も許してくれるはずだ」
それはありがたい。
しかし彼にはどうやら飼い主というか、我が主なる人がいるらしい。
「その、ウルフさんの主様に断りを入れなくて、本当に大丈夫なのですか?」
「まあ大丈夫であろう。すぐに発つことはあるまい。ルルネという少女と帝都を観光すると言っていたからな」
ルルネという言葉を聞いて、私は思わず立ち上がっていた。
「もしかして。そのウルフさんが我が主と呼んでいる人ってアリゼさんだったりしませんか?」
そう尋ねるとウルフさんは少し考えた後、ぽんっと前足を叩いた。
「ああ、そういえばそんな名前だったな。我が主としか呼んでいなかったから忘れていた」
「やっぱり! アリゼさんはどこにいるんですか!?」
ウルフさんはどっさりと腰を下ろし、前足で帝都のほうを指さして言った。
「今はあそこの帝都にいるはずだぞ。もしかしてお主、英雄とか呼ばれているか?」
「はい、そうです! 私が聖女ミアです!」
「そうか。それなら我が主のところまで運ぼう。匂いは覚えているからな、すぐに辿り着くだろう」
そして私はそのウルフさんの背中に乗せられ、帝都まで走った。
その背中の乗り心地は控えめに言っても最悪で、王城に到着したころにはグロッキーになっているのだった。
***
「私にどうか剣を教えて欲しいのです! お願いします!」
そうハルカさんに言われ、俺は少し考える。
早く他の英雄たちを探しに行きたいが、王女様のお願いを断るのも申し訳ないよなぁ。
「うーん、それなら一週間ほどでいいか?」
「はい! 構いません!」
俺がいうと、嬉しそうに頷くハルカさん。
一週間くらいなら、まあ教えてもいいかな。
どうせ観光もする予定だったし。
と、そんなことを考えていると。
王城がなにやら騒がしくなってることに気がついた。
「なんか王城の門のほうが騒がしいですね。どうしたんでしょう?」
「こんな夜更けに何だっていうんだ。おじさんはもう寝る時間なのにな」
すると、バタバタと廊下を駆ける足音が聞こえてきて、部屋の前で止まった。
そして兵士が扉を開き入ってくる。
「失礼します! アリゼ様、こんな夜更けに申し訳ございません!」
「ああ、大丈夫だ。それよりもなにが起こったんだ?」
「いえ……アリゼ様のお客様が来たのですが……。それが巨大な魔物なのです」
魔物……?
それを聞いて思い当たる節が一つあった。
「もしかして、それって巨大なウルフだったりしない?」
「そうです! ジャイアントウルフよりも一回り大きなウルフでございます!」
それを聞いて俺は思わずため息をつく。
何で帝都に入って来てしまったんだ。
絶対に混乱するからと森にいるように言い聞かせていたのに。
俺はやれやれと立ち上がって言った。
「分かった。その場所まで連れていってくれ」
「かしこまりました! こちらです!」
そして兵士に連れられて辿り着いた場所には、エンシェントウルフのカミアがいた。
さらに、その背中にはグロッキーになっている見覚えのある少女——聖女ミアが座っているのだった。
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