第12話 ルルネの想い、そして救いの手
私が決心を固め、要塞都市アルカナから出ようとしたそのとき。
森のほうからヨロヨロと歩いてくる一つの人影を見つけた。
よく目を凝らしてみると、その人影は私の親で師匠で大切な人――アリゼさんだった。
彼はフラフラと私のもとまでやってくる。
その表情はとても酷くやつれていた。
「どうしたんですか、アリゼさん!? 酷い表情をしてますよ!」
私は思わずそう声をかけていた。
それに対して彼はただ満足そうに微笑み、そのままバタリと倒れてしまった。
慌てた。
混乱した。
でも何となく、彼が成し遂げたことは理解できた。
アリゼさんは私のために――そしてレーア様のために『マンドラゴラのエキス』を採ってきたのだ。
私はアリゼさんを背中に背負うと、駆け出した。
非力な私では彼を背負い駆けることすらままならなかった。
でも、必死に走った。
彼の努力を無駄にしないために。
屋敷に戻ると執事が慌てたように出てきて言った。
「どうしたのですか、彼は!? ……はっ、もしかしてっ!?」
「そうです。アリゼさんはあのときの話を聞いただけで、わざわざ『魔の森』まで行ってマンドラゴラを討伐してきてくれたのです」
私は何とか落ち着いてそう言った。
それでも執事は混乱したような表情をしている。
「……マンドラゴラの生息地まではどんなに速く走っても三日はかかるはずですっ! こんな短時間で採ってくるなど……。いえ、彼なら出来るのでしょうね。英雄たちをここまで育て上げた彼ならば」
執事も自分自身でそう呟いて頷くと、私を屋敷の中まで案内した。
そして客室のベッドにアリゼさんを寝かし、私は彼の背負っていたリュックを開く。
その中にはしっかりとマンドラゴラの死体が収められていた。
「……アリゼさん。やっぱりあなたは私たちの誇りです」
静かに眠っている彼の額を優しく撫でると、私はマンドラゴラを手に立ち上がった。
「執事さん。これからこのエキスを抽出し薬を作ります。手伝いをお願いできますか?」
彼の努力を無駄にするわけにはいかない。
絶対に調合は失敗できない。
誇りと決意を胸に、私は『緑化の呪い』に効く薬を調合し始めるのだった。
***
俺が目を覚ますと立派な天井が目に入った。
何でこんなところに寝ているのだろう……?
寝ぼけた頭でそう思いつつ、徐々に意識が覚醒していき――。
「……はっ! マンドラゴラはっ!?」
いけないいけない、俺は三半規管がやられてぶっ倒れたんだった。
そんなに時間は経っていないはずだが、それでも間に合わなかったら意味がない。
慌てたように起き上がると、その叫び声を聞きつけたのか部屋の扉が開いてルルネが入ってきた。
何故か彼女の表情は泣き出しそうになっている。
……もしかして失敗したのだろうか?
そう思ったが、彼女は扉の前でプルプルと震え、勢いよく俺のほうに飛び込んできた。
「アリゼさぁん! アリゼさぁああん!」
「お、おおう。どうしたどうした。……って、それよりもご令嬢さんはっ!?」
俺がルルネにそう尋ねると、彼女は扉のほうを見た。
そこには新しい人影が――ご令嬢らしき美少女が立っていた。
「そうか……間に合ったのか」
そう呟くと、ご令嬢は上品に微笑んだ。
しかしその瞳は潤み、今にも泣きだしそうだ。
そして震える声でこう言ってきた。
「本当に……ありがとうございます、アリゼ様。私はあなたに救われてしまいました」
「いや、俺はただマンドラゴラを採ってきただけだよ。感謝ならルルネにしてくれ」
その言葉にルルネは顔を上げてこちらを見た。
その表情は申し訳なさそうだった。
「どうしてですか? 私は何もできてないのに……」
「いいや、ルルネが立ち上がって彼女のことを救おうとしたから、俺も立ち上がったんだ。それにさ、薬を調合したのはどうせルルネだろう? 俺にはそんな薬は作れないからな」
俺がそう言うと、彼女はうわぁああんと思いきり泣き出してしまった。
なんだかこうしていると昔を思い出すなぁ。
十五年前のルルネも、こうして夜中にベッドに潜り込んできては泣いていたっけ?
俺は泣きじゃくる彼女の頭を撫でながら、ご令嬢のほうを向いて尋ねた。
「ええと、体調のほうは大丈夫か? しっかり治ったか?」
「はい、おかげさまで。本当にありがとうございます」
そう心から頭を下げるご令嬢。
しかしすぐにふふっと微笑むとこう言った。
「しかし――あの英雄様がこうして弱いところを見せるなんて、やっぱりあなたは英雄様たちにとても信頼されているのですね」
直接言葉にされて俺は恥ずかしくなり、ポリポリと頭をかきながら言った。
「どうやらそうみたいだな。……嬉しい反面、恥ずかしいけど」
「ふふっ、とても羨ましいですね。そうして信頼関係があるのは」
微笑んだ後、彼女は真剣な顔になって申し訳なさそうに口を開く。
「しかし――私たちアルカナ家では、お二人が満足できるようなお礼を出来ないかもしれません……」
「ああ、お礼か。――まあ俺は要らないって言いたいとこだが、実は一つだけお願いがあってだな」
そして俺は彼女たちアルカナ家に一つ、とあるお願い事をするのだった。
「いつか――あの森から一人の少女がこの街にやってくると思うんだ。そしたら彼女にこの世界のことを教えてあげて欲しい。多分、何も知らないだろうからな」
俺の提案にコテンとご令嬢は首を傾げる。
「それだけでいいんですか?」
「ああ、そうだな。――後、良ければ友達になって貰いたいな。気が合うと思うんだ」
「それくらい、お安い御用です! それで、その少女の名前は何というのですか?」
尋ねられ、俺は田舎に置いてきてしまった一人の少女のことを思い出しながら言うのだった。
「ルイン。その少女の名前はルインっていうんだ」
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