第三十七話 気配隠蔽

(八郎さん、本当にこの方法しかなかったんですか?)


 囁かれた茜さんの声が俺の耳をくすぐる。

 俺もそれに小声で返事をする。


(窮屈で申し訳ないんですけど、もう少しだけですから)

(窮屈ではないのですけど……さすがにこの姿勢は少し、恥ずかしいです……)


 俺はカンストさせた「剛力」スキルを発動していた。身体強化系のスキルとしては俊足と同ランクの、習得順で言えば二番目の力を上昇させるスキル。

 女性二人を持ちあげるぐらいなら、これで十分だった。


 ──逆に力を入れすぎないように気を付けないと、な。


 俺は左右の腕でそれぞれ抱えあげた茜さんとモモちゃんが苦しそうでないか、改めて確認する。

 とりあえず俺の前腕に腰かけてもらうようにして、俺の肩をもってバランスをとってもらっていた。

 茜さん的にはお姫様抱っこより恥ずかしく感じるらしい。


 ──うん、大丈夫そうだな。


 なぜわざわざこんなことをしているかと言うと、特調に見つからずに、建物から出るために俺が使用しているスキルの特性が関係していた。


 使用しているスキル──気配隠蔽は、完全に気配を消せるスキルなのだが、色々と制約のあるスキルなのだ。

 まず、気配を隠蔽してくれる対象が、自分自身と、身に付けているもの、そして手に持っているものだけ。

 そして視認されてしまうと当然、存在がばれる。


 そんな訳で俺は、茜さんとモモちゃんを抱えたまま、足を天井と壁の角近くのところにかけて、通路の隅っこで息を潜めていた。


(八郎さん、あの、そろそろ降りて欲しい。お願いします)


 特調のスタッフが通路を行ってしまって見えなくなったところで、普段冷静なモモちゃんが、どこか懇願するようにささやく。

 どうやらモモちゃんは高いところがあまり得意ではないようだった。


(わかりました。では、しっかりと掴まってください)


 全探査スキルでも動いて大丈夫そうなのを確認した俺が答えると、モモちゃんは体を屈めて、ぎゅっと俺の右腕に抱きつき肩を握りしめる。

 茜さんは軽く頷くと、俺の左肩を少しだけそれまでより強く握る。


 ──さすがに茜さんはこれぐらいは余裕だよね。


 俺はできるだけソフトに着地できるように気を付けながら、潜んでいた天井近くの隅から飛び降りる。


(ひぃ──)


 ももちゃんの可愛らしい悲鳴。しかし、しっかりとその声は抑えられている。


(あと、たぶん一、二回やり過ごせば出れると思いますから)

(う、うぅ──)


 俺の腕に抱きついたままのモモちゃん。

 なぜか、じとっとした視線を茜さんの方から向けられながら、俺は最短でかつ、出来るだけ天井でやり過ごす回数が少なくなるよう、外を目指すのだった。

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