第三話 初めてのコメント確認

「つきましたよ。どうぞ」

「えっと、ここは?」

「私の家ですよ?」


 高級そうなマンションのドアの前で、俺は秋司さんに思わず確認してしまう。


「いやいやいや! さすがに知り合って間もない人間を部屋にあげるのは不味いですよ!」


 ついてきて、という秋司さんに言われるがまま来てしまったが、流石に二の足を踏む。俺はてっきり、今後のことなんかをカフェとかで話し合うのかと思っていた。


「え? 私と八郎さん、パーティーを組みましたよね。余ってる部屋をお貸しするつもりだったんですけど」

「えぇ!?」

「え……?」


 なぜか秋司さんに、何言ってるの、という顔をされてしまう。そしていつの間にか下の名前で呼ばれていた。


 ──あれ、俺の方が何か変な事を言ったか? そんなこと、ないよな。いやまてよ。もしかして、これも三十年のジェネレーションギャップ? そんな、まさか……


 俺が思わず不安になっていると秋司さんが話を続ける。


「八郎さんは、三十年の探索者失踪宣言が成立してしまっているんですよね」

「うん。残念ながら」

「つまり、身分証も一切合切、失効してますよね?」

「あ……。でもほら。探索者ライセンスは再発行してくれるって。副組合長が……」

「それも長いと数日後になると思いますよ。それまでどちらで過ごすご予定ですか? ご自宅は実家でしょうか」

「いや、アパート……。そうか、もう解約されてるか。でも、ほらホテルとかあるし」

「住所がないと宿泊は難しいですよ。ネカフェでも身分証と住所を求められます」

「うぐっ」


 俺はネカフェがなんなのかわからなかったが、秋司さんの主張は理解する。


「じゃあ、えっと。役所に行ってどこか……」

「福祉的な申請をしても、受理されて実際に何かしてもらえるのは、今では少なくとも数日はかかかると思います」

「そ、そんなに?」

「ここ最近はとくに不景気で役所に駆け込む人も増えてるみたいですから。それに銀行口座も今は使えない、ですよね?」

「ぐ……、たぶん、そうです」

「それに、八郎さんの現代のネット社会への適応をお手伝いしなければいけません。それには互いに近くにいた方が、何かと便利ですよね」


 俺は反論が出来ない。まさにぐうの音も出ないとはこういうことなのかと理解する。それにしても美人に冷静な顔で論理的に詰められるのは、結構ダメージが大きい。


「さあ、立ち話もなんですし。どうぞ」


 そういって、一転して笑顔になると、部屋のドアを開ける秋司さん。

 俺はその笑顔に、思わずふらふらと中に入ってしまう。


 秋司さんの部屋の中は、想像の斜め上だった。

 女性らしい可愛らしい室内を想像していなかったと言えば嘘になる。

 そこは、俺から見るとまるでSFの世界に迷いこんだかのようだった。


 壁一面に設置されたパイプラックには、見たこともないような機械類がきちんと整理されつつも、びっしりと占拠している。いくつかはラジコン、いや今ではドローンと呼ぶものが並んでいる。

 反対側の壁側には、たぶんパソコンだろう。信じられないぐらい薄いモニターが三台。それとは別にホログラムなのだろうか。プロジェクターのようなもので空中にも画像が投影されている。

 ただ、それでも所々に可愛らしい色合いの小物や小さなぬいぐるみが置かれていたりと、不思議な空間がそこにはあった。


「雑然としていて申し訳ありません。装備品をしまったりしてきますので、そちらでお座りになってお待ちください。何か動画でもご覧になりますか?」

「あ、はい。お構い無く……」


 俺のどちらとも言えない返事に、秋司さんは、手元に薄い板──タブレットという奴の小さいバージョンだ──を取り出すとなにやら操作している。

 ホログラムに何かか映る。

 そのまま入ってきたのとは別のドアを開けて出ていく秋司さん。あちらがたぶん秋司さんの私室なのだろう。

 俺はホログラムの方に近づいていく。


 ──何か映ってる。これ、触れるのかな。


 恐る恐る指先で触れてみる。どうやら接触式の操作も出来るようだ。ホログラムだから当然指先に触れた感触はない。しばらく悪戦苦闘していると、動画とやらが始まった。


「これは、秋司さん?」


 どこか見覚えのある風景。

 よく見ると俺が三千年おやすみトラップにかかっていたダンジョンだ。そこで秋司さんが戦っている。


「これは──さっきの戦闘の映像か」


 映像と同時に文字が流れている。


「なんだこれ。'あかねちゃん、大ピンチ!'に、'これはいくら壱級探索者の茜ちゃんでも、死ぬかも?''本日のR配信会場はここですか'って……そうかこれ、ライブ配信のビデオか。ふーん。こうやって見た人の意見がつくのか」

「お待たせいたしました。ああ、ライブ配信の録画をご覧なんですね。無様でお恥ずかしいです」


 背後から声をかけられる。そこには私服に着替えた秋司さんがいた。血を落とすのにシャワーも浴びたのだろう、髪が濡れている。

ゆったりとした部屋着をまとったその姿は探索者の時より二割増しぐらいに女の子、という感じする。


 俺がどぎまぎしていると、ホログラムの方を見た秋司さんが告げる。


「あ、ちょうど八郎さんが映ってますよ。──はぁ、すてき」


 後半は小声でよく聞き取れなかった。

 ただ、その声でホログラムの方を振り向く。

 ちょうど俺が秋司さんに横殴りを謝っている場面だ。


「あの、この文字の意見って俺についてですか?」

「ええ、『コメント』ですね。そうですよ。デスリザードを一撃で倒して、見てた人たちみんなびっくりしてますね。ほら、凄いですよ、たくさんコメントが流れてきます」


 俺の横に座りながら告げる秋司さん。その言葉通り、大量のコメントがホログラムの上を横に移動していく。どうやらほとんどが俺についてのコメントのようだ。多すぎて読みきれない。ただ、そういってホログラムを指差して笑う秋司さんの横顔はちょっと子供っぽくて可愛らしかった。


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