第三十一話 味解析
モグモグと、口を動かしていた涯無さんが、口の中身を全て飲み込むと話し始める。
「使用されている紙、及びインクは一般的な市販品。印刷会社は株式会社ピーチフラッグでの印刷外注にて発注先頻度が最多の完成堂。それよりも特筆すべきは名刺に残留していた木村八郎さんの汗の味ですね。特調内での魔素空間に反応してカンストされた無数のスキルのうち、
急にとうとうと、流れるように話しだす涯無さん。
「涯無ちゃんは味で何でも解析しちゃうんだよー。びっくりしたー?」
りおんちゃんが驚きに固まっている俺をみて、楽しそうに教えてくれる。
──味、だって……。名刺に触れていた指と、わずかに名刺自体に残っていた俺の汗の味ってことだよな。それだけで俺のスキルのことがそこまでわかっちゃうのか……
俺は気を取り直して質問してみる。
「……それもスキルなんでしょうか」
「そうです。スキル、味解析の効果です」
ペロリと唇をなめて答えてくれる、涯無さん。その真っ赤な舌だけが、一見地味な涯無さんの見た目に反して、非常になまめかしかった。
「ちょっとまって。それじゃあ指輪の解析って」
茜さんが俺と涯無さんの間に割り込むように前に出る。
まるで俺を涯無さんから守るかのような動きだった。
「指輪が外れないと聞いていますので、指ごと味あわせていただきます」
「……それは、どれくらいの時間ですか?」
「ある程度の時間はかかるでしょう。何より神に類する存在由来のもので、全くの未知の素材。相当、味見してみないと何ともいえません」
淡々とした表情で告げる涯無さん。しかし、その舌は、そう話す間も何度も何度も唇をなめている。
淡々とした表情に反して、未知の味に対しての興奮が、抑えられないかのようだ。
──本当に、特調には変な人しかいなかったよ……
「──わかりました。一度、どうするか相談させてください」
「残念ながら、それは無理です」
「どうしててですかっ!」
茜さんの言葉を否定する涯無さん。
そこに、りおんちゃんが割って入る。
「涯無ちゃんは人気者なんだよー。涯無さんに、味見してもらいたいってものが、いくつもいくつも持ち込まれるからー。なんたって、味解析は、唯一無二のスキルなんだよー。それに、中には急ぎのものも多いんだよねー」
「はい。今を逃せばもう、時間は取れません。私としてもそれを味見できないのは残念ですが」
そういって唇をなめながら俺と茜さんの指を、ちらり、ちらりと見てくる涯無さん。
「……うう、それじゃあ仕方ありません。私の指を──」
「茜さん、嫌なら俺が味見されるよ?」
「ダメ、絶対ダメです! ……そんなエッチなことぉ」
急に声を大にして、反対する茜さん。しかし茜さんの話した内容の後半部分は、とても小声で、俺には良く聞こえなかった。
「──私はどちらでも構いません。決まりましたら指輪を出してください」
「うう……。もうっ。早くしてくださいよっ!」
最後まで嫌そうにしながらも、茜さんは自身の手を、涯無さんの口元へと近づけていくのだった。
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