第三十話 涯無さん
「安全の定義によりますね」
茜さんの失礼な物言いにも、動じた様子もなく淡々と返事をする
「それでは質問を変えます。この調査によって木村八郎さんおよび私、秋司茜の肉体、精神、魂魄への悪影響は生じますか?」
「生じるかもしれません」
淡々と肯定する涯無さん。
ぷるぷると震えていた茜さんが、そこできっと涯無さんを睨む。
「あ、茜さん、ちょっとストップストップ」
俺はこれはと、思わず茜さんと涯無さんの間に割り込んでしまう。
「え、ちょっ、八郎さんっ」
「茜さん、落ち着いて。危険は承知の上で来ているんだし。それに、こちらからはお願いする立場な訳だし」
「……はぁ、八郎さん。そういった社会的通念は特調には無意味なんです」
「え、嘘!?」
「──どうぞ、試してみてください」
そういって、一歩下がる茜さん。自然と俺が先頭に涯無さんと向かい合う形になる。
俺は試してみてと言われて困惑するが、改めて挨拶からかなと姿勢を正すと口を開く。
「あの、どうも改めまして、木村八郎と言います。今日はお忙しいなか、お時間をとって下さり、ありがとうございます」
俺はそういいながら、所属事務所ピーチフラッグで作ってもらった名刺を差し出す。
なぜかそれを茜さんばかりか、モモちゃんまで顔を手でおおって天を仰いでいる。
不思議と二人の動きがシンクロしていてこんな時だがちょっと面白い。
一方、りおんちゃんは何故だか爆笑していた。
次の瞬間だった。
俺の差し出した名刺めがけて、涯無さんの顔が急接近する。
俺の目の前、すぐのところに涯無さんの後頭部がある。丁寧に手入れをしている様子の涯無さんのロングヘアーが、とても艶やかに見える。
「うわっ」
指先に湿った感触に、俺は驚いて思わず小さく叫んでしまう。
「え──名刺、食べてる!?」
俺は、上体を起こした涯無さんをみて、思わずドン引きしてしまう。さっきの湿った感触は、たぶん直接口で、俺の手から涯無さんが名刺を咥えたのだろう。
俺の目の前で、むしゃくしゃと涯無さんの口の中へと、名刺が消えていくところだった。
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