第二十四話 反省会1

 コツコツコツ。


 人差し指の関節をデスクに打ち付ける、単調なリズム。


 俺と茜さんはモモちゃんのいる事務所の応接室で、二人して小さくなっていた。


 音がやむ。


「まずはお二人とも無事の帰還、何よりです。それでは反省会を始めましょうか」


 俺たち三人での、初のダンジョンライブ配信の反省会が、始まった。


 まず俺は、何があったのか、それぞれ何を考えてライブ配信中にどういう行動をし、何を話したのかを説明するようにモモちゃんから告げられる。


 どうも、こういう振り返りを積み重ねていくことで、ライブ配信の精度をあげていくのがモモちゃんの方針らしい。

 俺は恐る恐る口火を切る。


「まずはライブ配信の開始の挨拶をしたんだが、噛みすぎてしまって、同接人数が減り始めたのを確認した。それで茜さんがこのままじゃダメだと思ってアドリブで深層へ走るのを提案してくれた。その様子とコメント欄の反応を観察して俺は実行すべきと思って。急ぐならと茜さんを抱えて走り出した。途中のモンスターは問題なく蹴散らせて、無事にお休みトラップまでは到着したんだ」


 そこで手を上げるモモちゃん。俺は一旦中断する。


「八郎さんが、ちゃんとコメント欄の確認と同接人数を把握しているのは素晴らしいことです」

「やっぱりモモちゃん、八郎さんに甘い……」

「何か?」

「いえ、何でもないです」

「ただ、八郎さんは判断が視聴者の反応に引っ張られ過ぎているのは問題です。それでは新奇性が無くなると、いずれ飽きられてしまいます」

「はい、わかりました」

「それでは続きを」

「……お休みトラップ前に来たところで、俺はスキルで未知の存在が現れるのを感知した。茜さんを何としても逃がさなければと思って、その未知の存在の情報収集に全力を向けたんだ。今思えば、この時点でライブ配信のことは完全に頭から抜けていたと思う」

「八郎さんはそのカンストさせたスキルで通常であればダンジョン内ではかなり余裕があるのでしょう?」

「そうです」

「だからこそ、ギリギリの状況下では戦闘や生存に意識が全て向いてしまうのでしょう。それはそもそもは間違いではありません。ダンジョン配信と言えど生存してこそ。ただ、一流の配信者はギリギリの状況下でさえ配信に幾ばくかは意識を割けるのです。そしてそこが配信者として一流かいなかの分水嶺になります。茜ちゃんのことは、見ていてどう思いました」

「──常に、配信に気を配っていたように思います」

「フフン」


 得意気な茜さん。

 俺はそこでようやく思い至る。あの時、茜さんから小声で交わそうとしてくれた会話は、そのまま配信視聴者への説明の一環だったのだと。


「……あの時、口を手で塞いでしまってすいません。敵だった場合、音に敏感なものの可能性もあったので」

「大丈夫ですよ。何せ八郎さんは、はじめてだったんですから。それに助けてくれようとして、ありがとうございます」

「──木村さん、茜ちゃんの口に触れたんですか?」

「え、……ええと。そう、です」


 どうやら吹き荒れる魔素の嵐とカメラの角度で、配信にはそこは映って無かったようだ。確かにコメントでもそこは言及が無かった気がする。そしてなぜか名字呼びに戻っている。


「説明にありませんでしたが」

「すいません、抜けてました……」

「モモちゃん、そこは私から説明しましょうか? 危機を察した八郎さんがまるで拐うように華麗に私のことを抱き上げて、その背中で吹き荒れる魔素の嵐を全て受け止めてくれたの。そのあとに優しく、でもがっしりと束縛するように私の顔の下半分をその手で覆って……」

「もう、結構」


 なぜか急に饒舌に語りだす茜さん。モモちゃんはそんな茜さんを一瞥すると、バッサリと説明を中断させたのだった。

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