第二十話 量子犬

「抜けましたっ!」

「はぁ、きつかった」


 壁を抜けた俺たちはほっと息をつく。壁のなかにいたのは、実質的にほんの僅かな時間だったが、体感的にはとても長かった。

 壁に嵌まったまま、抜けなくなる恐怖というのを文字通り体験してしまった。


 そうやって壁を通り抜けた先。そこは薄暗い広間のようになっていた。


「あ、ラジ夫がついてこれてないですよっ。八郎さん」


 常に配信を意識している茜さんが、教えてくれる。

 通り抜けたばかりの壁に手を伸ばす茜さん。しかしその手は壁に阻まれる。


「……戻れない、みたいですね」

「たぶん、あの白ポメにまた吠えてもらわないとダメなのかも。あれ……どこに行ったのかな」


 その時だった。わんわん、と言う白ポメの声が広間に響く。


 ──声は、近い。ただ薄暗いだけじゃなくて、なぜか先が見えない。不思議と視界が悪い空間になっている感じ?


 煙や霧で先が見通せないような感じで薄暗い闇それ自体が視界を遮っているかのようだ。そして俺のカンストした「全探索」スキルでも周囲を感知出来なかった。


「変な感じ……」

「ええ、全く。ダンジョンは常に未知に満ちてますね」

「八郎さん、それはちょっとつまらないです……」

「い、いきましょうか。声はこちらからみたいです」


 そういって歩きだす俺。我慢できなかった自分自身がちょっぴりだけ恥ずかしい。

 そのまま歩きだした俺のシャツの端が少し引っ張られる感じがする。


 裾を掴む茜さんの左手。

 俺たちはそのまま無言で進む。


 それは突然だった。

 目の前にいきなり現れたように感じるぐらい唐突に、ダンジョンの広間の床から、一本の樹が生えているのが視界にはいってくる。

 その根本に、白ポメがいた。


 ワンワンと白ポメが吠えるそのさき。

 木から垂れ下がった蔦。その蔦に両手を縛られるようにして、人影が見える。


「八郎さん、あれ。女の子、みたいですよ」

「ああ、見える。茜さん、気をつけて。俺のカンストした探索系のスキル、一切反応してない」


 ジリジリと近づきながら観察する。

 その第一印象は白い、だった。

 白銀の長く延びた髪。その髪で顔の大部分と体が隠れて良く見えないがたぶん女の子だろう。

 その時だった。

 その少女がゆっくりと顔をあげる。


量子犬りょうしけん? 予定よりも三千年も早く出れたのね、良かったね。──あれ、誰かと来たの?」


 白銀の少女の幼げな声に、白ポメが嬉しそうにワンワンと応えていた。

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