第十話 着信
音楽が流れ出す。茜さんのスマホが鳴っている
その音にびくっ茜さんが体を震わすと、次の瞬間、固まったように動きを止める。
まるで、今流れている音楽が、何か怖いものかのようだ。
「──はい。──はい。──はい、すぐに」
かくかくとした動きでスマホを取り出し、そのまま自分の耳もとに当てる茜さん。
なにやら話したあとに、俺の目の前でスマホをしまう茜さん。
「茜さん?」
「八郎さん、すいません。今日はダンジョン探索、終わりにしましょう。そしてどうか、一緒に来てくださいっ……」
「……いいですけど、どこへ?」
がしっと俺の手をつかんで懇願するように頼んでくる茜さん。手のひらを通じて感じられる茜さんの体温。
そして当の茜さんは、これまでで、一番必死そうだった。
目尻に涙すら見える。
パクパクと声にならない様子で、それでも絞り出すようにして声を出す茜さん。
「──あの、私のダンジョン配信者としての、マネージャーさんのところ、です」
◇◆
「どうもはじめまして。秋司茜のマネージャーをしております
「はじめまして、木村八郎です」
訪れたのは茜さんの家からさほど遠くない雑居ビルの中の一室。どうやらここが事務所のようだ。
出迎えてくれたのは、百々百々子と名乗った、スーツをきっちりと着こなした若い女性。
たぶん俺や茜さんより年下のようだが、不思議な落ち着きと圧のある方だ。
「配信、拝見させていただきました。うちの秋司が重ね重ねの失態で、大変ご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありません」
そういって腰を九十度に曲げるようにして頭を下げる百々百々子。その所作はとても美しく、一部の隙もない完璧な謝罪の姿勢。
「モモちゃん!?」
「秋司さんは黙って下さい」
頭を下げたまま、一切の感情を感じさせない口調でぴしゃりと告げる百々百々子。姿勢は全く崩れない。
茜さんも、ぴしっと直立不動になって口を閉じる。顔色が少し青白い。
俺はその一連の流れを見ただけで、目の前の女性に生半可に気持ちでは逆らえないことを理解する。
その間も頭を下げたままの百々百々子。俺は恐る恐る声をかける。
「あの、百々さん。頭をあげてください。茜さんにはお世話になってますし、その炎上、ですっけ。それがどれくらい大変なものなのか実は、まだあまり実感できてなくて。そんなんで、俺は全然、怒ってるとかじゃないので……」
「なるほど。それにしても寛大なお言葉、痛み入ります。しかし、今後につきましては改めてご相談させて頂けましたら幸いです」
そういって顔をあげる百々さん。
「ではまず、秋司さん。経緯の説明をお願いできますか。特に私は、秋司さんから、新たにパーティーメンバーを加えることを一切、聞いておりませんので」
「はい……」
「木村さんは、どうぞそちらにお座りになって下さい。ダンジョン探索後でお疲れでしょう。今、疲労回復効果のあるお茶もお持ちいたします」
俺はほっと息を吐きながら応接っぽいスペースのソファーに座る。
ついてきた茜さんが俺の隣に腰かけようして、慌てて急に立ち上がる。
その茜さんの視線の先、笑顔の百々さん。
「秋司さんは、そちらに立っているのが宜しいかと思いますよ?」
「はいっ!」
とても元気な茜さんのお返事が事務所に響くのだった。
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