おまけ 水底より

暗い、暗い。

ここは暗い。


「ゆめ……」


 朝、起きてシーツに血がついている。

わたくしには傷もないのに。

 念の為治療魔法をかけ、日記に異常を記載する。

読み返すとたまに覚えのない記述がある。

「何かしら……これ」


 アリアの仕事はリヴェリアの侍女、だったが彼女は大抵の身支度を一人で済ませてしまうため、仕事を覚えてからの役割はほぼ秘書になっていた。

政務官の制服に着替え、まだ明るいうちに議会や政務官から上がってきた書類を整理し、陛下の署名が必要なものだけを書き机に置いておく。

「こんな物、こっちに回さないよう言っておかなくちゃ……」

政治的懇談会。陛下への親族の眷属としての贈与の打診。養子縁組の申し入れ。

リヴェリアが嫌がりそうなものは全て避け捨てる。

「……う」

頭が痛い。最近頭痛が増えた気がする。

アリアは長椅子に横になる。身体が重い。


重い、身体が、泥のように


泥に、沈む



・ ・ ・ ・



「リア……アリア!!」

足元の感覚がない。

陛下が必死にわたくしを呼んでいる。



ああ、嬉しい




・ ・ ・ ・


「ここ……は……」

アリアが目を覚ましたのは白い部屋の中だった。

「わたくし……どうして」

自動で発動した精神障壁のお陰で今は意識がはっきりしている。

『アリア』

『ああ、おかえりなさい。私達のアリア』

人形。魔族の形をした人形が、アリアを囲んでいた。

『アリアは強くて良い子に育った』

『誇らしいわぁ』

なんだこいつら

アリアはぼんやりと人形たちを見つめる。

つなぎ目などは見えないがその表情は全て作り物だ。

『よく偽王をここまで削ったね』

偽王?

『アモン様も褒めてくださるよ』

アモン?

アリアはリヴェリアに悪魔についてよく聞かされていた。上位の位、伯爵にいた気がする。

『アリアは良い子だ』

アリアは自分の手を見る。傷の無い整えられた手。

「ああ、そうでしたのね」

視線は、不自然に膨らんだ腹部へ落ちる。


いつから

最初から

どうして

こうして、使われるために


誰が


暗い部屋

あの人が

お父様がわたくしを


「おまえは特別なんだ。だから学などいらない」


「おまえは知る必要はない。外に出る必要もない」


「おまえは良い子にならなければいけないよ」


だから


良い子はなにをされても、声を上げてはいけない


記憶が飛ぶ

見知らぬ場所で目を覚ます

わたくしは疲れていて

傷だらけで

何故?死体が、転がって?


誰が、誰の、誰と、誰を


もう何度も

種が芽吹くまで


視界がゆがむ。

わたくしには混ざっている。

混ざってはイケないものが、混ざっている。

そしてわたくしの中にもまた。


『アリア?』

「お前たちは吐瀉物ですわね」

人形、いや、死んだことにした、かつては仲間や家族であったかもしれないそれらにアリアは微笑む。

「お前たちだけを責めるつもりはございませんわ。お前たちもわたくしもすべからくゴミ。ああ、ようやく分かりました」

『アリア』

「力持つ名、サイルード・ニグル。わたくしに爪をお与えくださいまし」


+++


 重い体を引き摺り、アリアは城跡に這いずり出た。

人形共を全て破壊したものの、自分の腹を裂くことは叶わなかった。先程微かな振動と伴に精神支配の魔法が掛けられていた。効果範囲外まで逃げなければ意識を奪われる。

「春の……ああ……陛下の……お部屋」


ずり……ずり……


「わたくしはわるいこでした」


ずり、……ずり……


「叱られてしまいますわね……」


「でも、わたくしなりに、頑張ったのです」

知らず裏切りながら、命を捧げてきた。

魔法を覚え、剣を握ったのは全て陛下のためだったのに。

涙が頬を伝う。唇に笑みをたたえ。アリアは奇跡的に燃え残った愛しい扉を開く。

「だから、最後に……ちょっとだけ、褒めてください……陛下」


限界は皮肉にもそこで訪れた。

ぱつんと軽い音を立て、アリアの精神障壁は途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

剣の魔王に捧ぐ ね子だるま @pontaro-san

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ