第6話 山越え
アルヴァーン達が半日以上先に馬で出た一行に追いつくには悪路を行かねばならなかった。
「アルヴァーン、大丈夫かい?」
魔導鎧にしがみついたアルヴァーンは親指を立てる。
廃都、灰積もる都とやらと現在の都の間には山脈が横たわっており、地図を見て二人ならここを突っ切ればいいのでは?と頭の悪い強行軍を敢行している。
山間部は雪に包まれきまぐれに吹雪く、身を切る寒さだ。
山頂を越えて少しした中腹に窪みを見つけ、二人はそこで休憩することにした。
麓で拾ってきていた枯れ枝で火を起こし、アルヴァーンは持ってきた体を温める薬湯を小鍋にかける。
飲みやすいように少し砂糖を入れて混ぜ、鎧から降りたウォーロックにも一杯渡す。干し肉と携帯パン(とても硬い)をナイフで削り、これでふやかして呑み込む。師匠に雪山修行で学んだ知恵だ。
「鎧の中に入れてあげたいんだけど一人乗りで……ごめんよ」
「問題ないって。それにこの魔法のかかった服ってすごいんだな。寒くないし凍傷も起こしてない。ただ、転移門はなんで無いんだ?便利なのに」
「……色々あってね」
ウォーロックは歯切れが悪い。
白い息を吐きながら二人は薬湯を啜る。
「南の大陸でも半端なところにあったけど、あれは逆に悪用されたことがあったって事なのか?」
「というか、こっちで悪用されたから……かな。こちらの大陸では転移門を全て破壊して、再設置はしてないんだ」
「悪魔が…門を使ったのか……?」
「……」
「悪い、これも聞いちゃまずいか。忘れてくれ」
「いや、答えられなくてすまない。それより私もアルヴァーンに聞きたいことがある。いいかな?」
「?」
「陛下とこれからどうしていくつもりなんだい」
「どうって」
「少し事情は聴いたが、君は陛下を殺す約束をしているんだろう」
「それは……」
確かに、眷属にされる前に寝首をかくだとか物騒な会話をしたのはぼんやりと思い出せていた。それに魔王を倒すのは聖人称号としての勇者を返上した際に自分で決めた目標だ。
「陛下がそのつもりで、介錯として君を城に置いていると思っている者もいる」
「俺が昔……勇者だったって、結構広まってるのか?」
「君は自身について無頓着だったみたいだけど、調べてみたら結構な功績を残しているじゃないか。港の人の街でも君の武勇の一部は調べられたよ。君の秘密を私たちは守っているけど、名前や顔がそのままだからね」
「そっか……」
「それより問題は、陛下も本当にそのつもりだった場合、君はどうするつもりなんだい」
「俺は……リヴェリアを……」
「うん」
「……殺したくない」
「だよね」
ウォーロックは眉尻を下げ少し困ったように笑みを浮かべた。
「実は私ね、陛下の婚約者だったんだ」
「…………!?」
気管に薬湯が入りアルヴァーンはむせた。
「安心して、大分前に婚約は解消しているよ」
「げほ……あんじん…てなん、だよ……」
「好きなんだろう?リヴェリアが」
「…………」
まさか独り言を聞いていたのかとアルヴァーンは固まる。
「君は分かりやすいなぁ」
「違う、俺は……そういうのは……」
アルヴァーンは今まで身一つで殆ど休み無く旅をしてきたので女性と付き合ったこともない。花束や頬に口づけを貰った事はあるし、告白もされたことはあるが勇者としての仕事を優先し全て断っていた。オルガノでは久しぶりにのんびり暮らしていたが、よく話した女性などよく道に迷う女の子と宿舎の食堂のおばちゃん位だった。
なんであんなことを言ったのか、自分でも整理が上手くついていない。
「アル、ここから私は君と陛下の友人の一人として発言するよ」
ウォーロックは真剣な顔をしていた。
「今回の討伐が終わったら、君は一度人の世界に帰るべきだ」
「え……」
「私達は人間との闘争を望んでいない。それどころではないと言った方が正しいかもしれないけれど」
「……おう」
アルヴァーンは理解した。
仮に元といえど勇者は人にとって大戦力だ。
魔族を敵国と認定している、例えば帝国が『勇者奪還計画』などをたてたらどうなるか。
「君はこれからの争いの火種になりかねない。分かるかな」
「……ああ」
「一度、人間の国に戻ってこれからの身の振り方を考えたほうがいい。君は
「…………」
「きみが陛下にしてくれたことには本当に感謝しているし、もしこちらに戻りたいと思ってもらえたら私も嬉しい。協力も惜しまない」
「ありがとな、ウォーロック」
「ごめんよ」
「いや、俺もよく考えてみるよ」
アルヴァーンは残りの薬湯を飲み干し立ち上がって伸びをした。
ウォーロックも鎧を再展開する。
「行こうか」
「応」
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