第2話 きまぐれ
馬鹿な人間は多々見てきたが、この人間は筋金入りの馬鹿だ。
少女はため息をついた。
男は死ぬ。止血をしても足の呪いは全身を腐らせる。
良くて死霊菌に感染して生ける屍。普通は死体になる。
しかし
少女は男の頬を打った。
男のはしばみ色の目に微かな意思の光が戻る。
「……」
「生きたいのか」
「……」
「私はリヴェリア」
「……」
「高貴なる吸血種ヴァンパイア。魔王リヴェリア」
何を話したのか、彼はよく覚えていない。
男の意識が微かに浮上する。
魔王…。それは北の大陸に跋扈する魔物、悪鬼羅刹どもを束ねる異形の王のはずである。
こんな小さく可憐な。いや、年齢が外見に伴っているのかは知らないが、見た目は10……育ちが悪いとしても無理を言って15くらいが限界に見えた。
少なくとも会話に耐える知性を備え、人間の容姿を持った少女が王なのか??
彼は死に近づく頭で必死に思考した。
少女、リヴェリアが手を掲げると彼女の髪の色と同じ、黄金の細い剣が現れる。
リヴェリアはその剣をつかみ取ると自身の手に突き刺した。
「いいだろう。お前を私の眷属にしてやる」
「ふざ、け…」
少女は見かけにそぐわぬ腕力で男の口を開かせ、赤い血に濡れた手を唇から押し入れる。
男の身体がびくりと震えた。
リヴェリアの紅い瞳が妖しく紫に染まり二人を中心に爆風が吹き荒れる。
「生きなさい」
風が去ると共に二人がいた場所の周辺、家数件分は跡形もなく吹き飛んだ。
「ふぅ」
リヴェリアは黄金の御髪を振って息をついた。
「あ、が、が……」
ぼこり、ととても嫌な音がし、男の身体は激変していた。
肩口から切り裂かれた腕は肉が盛り上がり腕の形を形成する。
同様に裂けた腹が、臓器が、瞬時に泡立ち再生した。
肌は一度全身深紅に染まり表面を黄金の魔法紋が蛇のように滑っていく。
足を腐らせていた呪いの紋は瞬く間に相殺破壊され消え去り、その上に新しい肉や皮膚が形成されていった。焼け焦げていた赤みの強い茶髪も首にかかるほどまで伸びていく。
身体の変換が終わると男の身体は蒸気をあげて元のように地に伏した。
「適合おめでとう。そして残念だったわね」
全身を覆っていた赤がするすると引いていく。
「これであなたもバケモノよ。勇者志望クン?」
リヴェリアは意地の悪い笑みをこぼした。
男の身体はほぼ元の形を取り戻していた。
ただ無から作り出された右腕だけは毒々しい深紅の色彩を残している。
「……アルヴァーン」
男は再生したばかりの右腕で身体を起こしながら言った。
「俺はアルヴァーン。勇者になる男だ。魔王…なんか…に」
錯乱しつつ、しかし先程までの勢いはなく、がっくりと地に伏せる。
「止めておきなさい。無理矢理体を作り替えたのだから数日は動けないはずよ」
リヴェリアはアルヴァーンの頭の前に座り込みしげしげと彼を眺めた。
「私が人型の眷属を作ったのはあなたが始めてだから、中身までまともに出来ている自信もないわ」
「なん…だ…それ……おれ…は実験体…かよ…」
「さぁね」
リヴェリアは戦衣のすそをひらりと翻しアルヴァーンに背を向けた。
「ここから先は知らない。後は好きに生きなさい」
「な」
「見かけは中々上手に作れたみたいだもの。ギリギリ人間として生きていけるでしょう」
そして一人トコトコと城に向かって歩み出す。
「あ、言い忘れていたわ。ベルセイスは私の獲物だから、邪魔はしないで」
「何……をねら、い……おま……」
先程眷属だのなんだの言っていたのは何だったのか。
吸血鬼に限らず作った眷属を何の利用もせず放置など聞いたこともない。
「眷属は……吸血鬼の、奴隷じゃ、ないのか……?」
リヴェリアは少しだけ足を止め、彼の質問に答える。
「私は人間を侍らせる趣味など無いもの。いらない」
愕然としているアルヴァーンを放置して少女は再び城へと歩き出す。
さっきの爆発に気づいた
目立つリヴェリアが早く離れた方が彼の生存率が上がるかもしれない。事が終わる頃には動けるようになるだろう。
リヴェリアは人間が嫌いだった。
それでも何かにまっすぐになれるのは良いことだと思う。眩しく羨ましい。
彼は生きる意思を見せた。だから生かしてみる。
もう、救うべき者も居ない国で彼が何を為したいのか少しだけ興味があった。
勇者とやらと戦ったことはないが、強いのだろうか。
リヴェリアは口元に薄い笑みを浮かべた。
廃墟を縫い歩いていると火の粉と共に火蜥蜴が飛びかかってくる。
リヴェリアは虚空に生み出した黄金の剣を振り上げ、飛びかかってきた蜥蜴を切り捨てた。
短い断末魔が虚空に消える。
本当に、面倒臭い仕事。
城に近づくにつれ障気が濃くなり魔物の数も増えていく。
「ベルセイス」
城門を両断する。ひときわ大きな咆吼が聞こえた。
「来てやったわよ。さぁ、遊びましょう」
まるで会話をするようにリヴェリアは言葉を紡ぐ。
城が吠える。
それは炎に押し出された空気の振動だったのかもしれないし、ベルセイス王の悲鳴だったのかもしれない。
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