剣の魔王に捧ぐ

ね子だるま

1章 孤王ベルセイス

第1話 魔王と勇者

 街は崩れ、焦土と化そうとしていた。

道端には黒こげになった死体が折り重なり、もうすすり泣く声さえ聞こえない。

城から溢れ出した雲霞の如き魔獣は平和な国を、民を、無慈悲に焼き尽くした。


そんな薄闇に包まれた、全てが消し炭になろうとする街を小さな影が動いていた。


「酷いものね」

 それは少女の姿をしたなにか。

炎に形を崩され、ぐしゃりと少女の上に建物だったに瓦礫が降り注いだ。

だが少女には傷一つない。

腕を払う動作一つで消し炭は消し飛び空気に溶ける。

彼女が身に纏う青悲の戦衣にはただの炎と積み木のような瓦礫など効きはしない。

真紅の瞳が瞬き、高い位置で二つ結びにした金の髪が場違いなドレスとはためく。


少女は探していた。この国の冠、ヴァン・ベルセイス王その人を。


「くだらない…」

 少女は可憐な唇を歪め悪態をつく。ここに彼女の生真面目な従者がいたならば一時間は説教された事だろう。


 人が、家が燃える臭いが立ち込めている。彼女はその燃え滓と薄い残り火の中に何かを見つけた。

「ぐ…あ……」

 人間の男だ。年の頃は二十になるかならないか、といったところ。やけどまみれの赤茶けた頭は無事とはいえどよく生きているものだ。周囲を見渡しても人の姿はない。男が転がっている後ろには今まで見た中では綺麗な子供の亡骸があった。

男の体の半分は機能を失っていた。

全身火傷まみれ、右腕は肩から切り落とされ、腹から内臓を垂らし、足は術による呪いで黒く腐っている。もう助かるまい。

後ろの亡骸の方がまだ綺麗まであるだろう。

城から咆吼が轟き、空気を震わせた。


「……」

 少女はきびすを返して歩き出す。

「て…」

 男は手を伸ばしている。

「待っ…てく…れ…」

「遺言なら他の人に頼むことね」

 もっとも、既に一帯の人間は死に絶えているだろうが。

 男の口から血泡が噴き出した。ごぷ、と音を立てながら唇を伝い顎を濡らす。

 少女は眉根を寄せ目を逸らした。

「剣を……拾って、欲しい」

 男は残った左腕を持ち上げる。

 少女は足元に転がる剣に気づいた。

 自害するか思い出に浸るか、どちらにせよ彼女は死にゆく者を無碍にする性分ではなかった。

 いいわ、と少女は剣を拾い上げると男の前に置いた。特別高価ではないがしっかりとした造りでよく手入れされている。良い剣だ。

「…りがたい」

 男は剣を大地に突き立て片足だけで体を起こした。

「何をするつもり」

 少女の顔には疑問と軽い驚きが浮かんでいる。

「ベル…セイス王…を討つ」

男は剣を杖代わりにして立ち上がった

 よくこんな惨状になってほざけるものだ。と少女はあきれかえる。男はそれほどまでに満身創痍だった。

「なに?名誉?金?どっちが目的でも馬鹿馬鹿しい。あなた、すぐ死ぬわよ」

「死なない…俺はゆ…ゃ…に…なるんだ…」

 男の瞳は燃えている。

勇者?

「古」

「何がだ!!!!!」

 瀕死とは思えない勢いで男は口から血泡を吹きながら反論した。腹からも更に血が流れているのに凄まじい生命力である。

「君は知らないのか!『勇者エコール・ハートの冒険』『ニルズヘルグの大火竜』『クローディアに捧ぐ』は今も大人気なベストセラーの名作だぞ!」

 男は勇者オタクだったようだが、少女はその本を知らない。

「ごめんなさい、どれも知らないわ……あと……あの、現実と空想を混同するのは」

「君は何もわかっていない!」

 男に右腕があればガッツポーズを取っていただろう。現実は腕と腹と口から血がだだ漏れなのだが。

「現実だろうが空想だろうが関係無い!!そこに理想があり、俺が夢見れば、努力した分だけそれは現実になるんだ」

 無駄に熱い男である。

「はぁ…で、努力の結果が、それ?」

 少女の言葉は氷より冷たく突き刺さる。

「救うんだ……この国を…」

 助けるどころかもう本人すら虫の息。

いくら虚勢を張ろうと顔色は限界を訴えてくる。もう数日間ここで戦ってきたのだろう。無理もない。

「もうここは国として終わりだし、あなたはもうすぐ死ぬわ」

 例え腹を塞ぎ腕をつけようとも足の傷は呪いである。すぐに腐り落ちるだろう。動けなくなれば終わりだ。

「それでも」

 男の眼差しはまっすぐだった。

「俺は、勇者に……」

 そして男は立ったまま気絶し、剣ごとゆっくりと崩れ落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る