第3話 地下室

「魔王の……兄……?」

アルヴァーンは呟いた。

「普通兄貴が居るならそっちが王になるもんじゃねぇの?」

「黙って」

「リヴェ「黙って!!」

急に大声をあげたためか周囲の視線が一瞬リヴェリアに集中するが、直ぐにまた何も無かったかのように動き出す。

「どうしたんだよ」

リヴェリアは俯いている。

「迎えを呼んである。来なさい」

「……はい」

リヴェリアはアルヴァーンに振り返った。

「アル。後で迎えを寄越します。この街で」

「リヴェリア」

男の静かな声にびくりとリヴェリアが縮こまる。

「は…い…」

「お友達かい。一緒に送ろう。来なさい」

「……………はい」


 馬車の中でリヴェリアは一言も口をきかなかった。

リヴェリアが兄と呼んだ男はエルナードと言うらしい。

「この度魔王様に雇って頂くこととなりました。アルです。よろしくお願いします」

「アルヴァーン君だね。よろしく」

背筋がぞっとした。

「まお……陛下の兄君でいらっしゃるんですか?」

「そうだよ」

赤い目が細められるが、笑ってはいない。

「あまり、似ていらっしゃらないように思えるのですが…」

どうしても気になる。

「アルヴァーン君はリヴェリアとどんな関係なんだい?」

「戦友です」

即答する。

エルナードは声だけで笑った。

「そうか、小さな公務すら一人で果たせていないのか。リヴェリア」

リヴェリアは膝の上に手を置いて瞼を伏せている。

「そういう言い方は……それに……」

今回の戦闘内容は誰にも言わないようにリヴェリアと約束していたことを思い出し、アルヴァーンは口をつぐむ。

「気分を害したか。すまないね」

「いえ……俺は彼女に助けられたので、どうか辛く当たらないでください」


 馬車に揺られていたのは数時間だったが永遠に降りられないのではないかと錯覚する程空気は重かった。


やがてついたのは巨大な城のある街だった。家の数は少ないものの城の大きさは人類最大の国家である帝国にも負けていないだろう。

「アルヴァーン君はここで待っていてくれ。間もなく日が昇る。我々は先に仕事がある」

「あ……」

エルナードはリヴェリアの手を引いた。

「陛下!!」

アルヴァーンは嫌な予感がした。

エルナードとリヴェリアの足が止まる。

「ど…う…した…の…」

「あ」

リヴェリアは泣きそうな顔をしていた。

逆にアルヴァーンはどうしていいか分からなくなり手が宙を泳ぐ。

嫌な予感、表情、印象、呼び止める根拠としてはどうだ。

「……どうか、ご自愛ください」

「……だそうだよ。リヴェリア」

「…あり…が…と」

そこで扉が閉じられた。

アルヴァーンは伸ばしかけた手を動かせず、しばらくその場で固まっていた。


+++


「どういうつもりだい?リヴィ」

「あ…が…」

ぎり……

地下室の鍵のかかった小部屋。

元は牢獄だったそこをエルナードは説教部屋と呼ぶ。

人払いをかけた二人の秘密の部屋。

「お前が人間を眷属に?気でもふれたか?」

リヴェリアは首と後ろ手に縄をかけられ、つま先が床につき、かかとが浮くよう柱に吊られていた。

ぎぢ

「ちが…ひう…」

エルナードは気まぐれにその足下を払う。一気に縄が締まりリヴェリアは悲鳴を上げた。

「おまえが人間の血が嫌いなことは私が知っている」

ぎぃ

「あ…う…」

「おまえはあの男に抱かれたのかい?」

「ちがひ…ます…」

ぎちち

「父上の真似でもするつもりかい?」

「ぐ」

ぎち

「無理をすることは無いんだよ?リヴィ」

「おにぃ…さま…ゃめ…」

足を払う。

ぎぢぢ

「おまえも雌なんだから」

紐がピンと張りリヴェリアの首が絞まる。

「ぁ…が…」

「リヴィ」

「…」

リヴェリアの身体が力なく弛緩する。

「なんだ。この程度でもう窒息したのか。だらしがない」

エルナードは縄から妹を降ろす。

この程度では吸血種は

「おまえは本当に悪い子だな。リヴィ」

「…こほ…ごほ」

エルナードの膝の上でリヴェリアは息を吹き返し咳き込む。

エルナードはそれを確認してからその細い首に噛み付いた。


+++

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