第9話 黒剣

ベルセイスは抜き放った細い剣を構えて嗤う。柄も、鞘も、刀身も黒い剣。

「魔剣か」

アルヴァーンの口に引き攣った笑みが浮かぶ。

「そうだよ。幸い君はもう聖剣を返上してしまったそうだが、これくらいのハンデは良いだろう。」

リヴェリアの顔には疑問。

「聖剣?」

「引っこ抜いた剣がな。そう呼ばれてたのさ」

「……あなた本当に……勇者なの?」

「違うよ」

「ふふふ…そうだよ。小さな魔王」

ベルセイスの握る剣にバチリと雷光が走る。

「その男は聖人指定された紛れもない勇者様さ」

「違うってば」

アルヴァーンはリヴェリアの手から剣を取る。

「借りるぞ」

「ちょっと!?」

リヴェリアは唖然とした。

彼女の作り出す剣は魔法の炎で出来ている。彼女以外が触れば皮膚が焼けただれる筈だった。

しかし、アルヴァーンは表情も変えずに剣を構える。

アルヴァーンの手の中でも、剣は黄金に燃え盛る。

「何で……?」

これも眷属になったせいなのか。少なくとも配下の魔物で彼女の剣を持てたものはいない。

ベルセイスは嗤う。

「いいじゃないか、そんなこと。さぁ、戦おう。勇者。」

王は初期動作もなく斬りかかる。

アルヴァーンは黄金の剣で黒剣をはじいた。火花が散る。

「すごいな王様。剣も使えたのか。なんてな」

「ははは」

剣は恐ろしい早さで翻りアルヴァーンに襲いかかった。

「使用者の技術補強までしてくれるのか。便利な剣だな」

左右から襲いかかる剣撃を全て叩き落としながら、アルヴァーンの額に球の汗が浮かぶ。

「流石勇者だ。我は楽しいよ、ふふ」

アルヴァーンの頬に浅い切り傷が生まれる。

「王様こそ結構なお手前でっ」

心臓めがけて剣がつき入れられ、アルヴァーンが大きく退く。衣服が浅く裂けるが肉までは届かない。

「ただの魔法剣では長くは持たぬぞ?勇者」

「そうかなっ」

下方から滑るように迫る刃を叩き落とし、切り込む。

ベルセイスは体を捻り避ける。反撃は当たらない。

「私の剣は魔法剣ではないわ」

二人の開いた隙にリヴェリアが滑り込んだ。

「ちょ」

「ふ」

リヴェリアの手に握られた黄金の片刃剣は真っ直ぐベルセイスの心臓を刺し貫いていた。

「油断したか」

王の唇から赤より黒に近い血液が溢れる。

ベルセイスは剣を手のひらで回し握り換え。リヴェリアの背中に突き立てた。

「が…」

「魔王!!」

「触るな!!!」

リヴェリアは叫んだ。アルヴァーンの足が止まる。

「もう、いいのよ。これで」

「魔王……」

「あははは。魔王が捨て身の攻撃とは。予想しなかったよ」

「そう、悪いけど一緒に消えてもらうわよ」

「そうか、まぁ間に合ったから。かまわな」

次の瞬間ベルセイスの体が霧散した。

「!?」

リヴェリアは床に崩れ落ちる。王の握っていた魔剣も消失したが、彼女の傷は塞がらない。

ゆるゆると血が広がっていく。

「ああ、そう…か……」

「魔王!!」

アルヴァーンが駆け寄る。

「時間稼ぎだったみたいね…ふふ…すっかり騙された……」

「傷が塞がらないぞ!?どうすれば」

「放っておいてくれるとありがたいわね」

「何言ってる!!!」

アルヴァーンは窓にかかっていたカーテンを引き裂いてリヴェリアの止血を始める。絹や上等な布だが止血には向かない。

「呪いや魔剣の傷は普通には治らない。貴方の腕や足のように…」

「じゃあ自分で治せないのかよ!!!」

「私は…治癒の術を使えない。…あれは…例外的な…」

「じゃあ治療道具で」

「無駄、よ。それ、より……」

リヴェリアがアルヴァーンの袖を引く。

「よくな……ことが……起こ……逃、げ……」

「くそ」

天井がぱらぱらと崩れ始めている。

リヴェリアの顔色は悪くなる一方だ。

アルヴァーンは残りの布を引き裂いて袋を作るとリヴェリアを包んで自分の体に縛り付けた。

「見捨てられるわけ、ないだろ!!」

剣を拾い上げ、アルヴァーンは部屋を飛び出した。

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