第19話 聖なるかな

 聖剣とはなんだったのだろう。

聖水を渡されてからアルヴァーンは漠然と考えていた。

かつて死地を渡り歩いた相棒である聖剣に成り立ちを聞いたこともあったが奴は『主は親に自分を作った動機を聞くタイプか』と呆れていた。

竜と戦った時も廃城の幽霊を倒した時も、聖剣の威力は絶大だった。

 何か、魔を滅ぼすだとかそういう目的があったのか、意思を持つ剣を打ちたかったのか、鍛冶師の意図は計り知れない。

そも聖剣は自身をただ一振りの剣と自称していた。それ自体は格好いいと思ったし時々真似たりもしたが……。

 聖性とは何から生じるのか、あの輝きはなんの光なのか、深く考えずとも不都合は無かった。何故ならだからこその奇跡だからとどこかで逃避していたからだ。

奇跡は奇跡、理由はいらなかった。


 アルヴァーンは神を信じていない。少なくともいたとしてそれは人を愛するものではないだろう。アルヴァーンの好きだった人々は大罪を犯していなくとも、敬虔に神を崇めていようとも波濤に揉まれた仔犬より容易く死んでいったのだから。

 死を神の膝下に侍ると称する宗教もあるらしいが懐疑的だ。死んで生まれ直したと自称していた奴は皆詐欺師の言葉繰りを好んでいた。

 だから、そのうちにアルヴァーンは神はいないのだと結論付けた。公言することはなかったがそのせいか奇跡の御業がアルヴァーンに宿ることもなかった。


 聖剣は変な奴だった。向こうもアルヴァーンを変な奴だと言っていたのでお互い様かもしれないが。

 聖剣に何故俺を選んだと尋ねたこともある。剣はお前が馬鹿だから気に入ったと言っていた。

教会は善性だとか徳だとか清らかさだとかがうんたらと講釈を並べていたがアルヴァーンは今も馬が合ったから選ばれた程度にしか思えていない。


奇跡 運命 宿命


 人は説明のつかないことを、説明をつけたいことを、説明に逃げたいことをそう呼ぶ。

師匠の受け売りだがそう違いもしないと思っている。

 聖剣にアルヴァーンが選ばれたことは奇跡のような運命と言われた。勇者候補は沢山いたし、誰もアルヴァーンに期待していなかったのだから、まぁそうなのだろう。

 しかし、教会はアルヴァーンに聖者たる聖性と善性を求めた。選ばれてしまったから仕方無いところもあったが今でも納得はできていない。提示された役を演じたりもしたがやればやるほど何かがすり減っていった。

 いつだったか、眩い物に憧れ焦がれた自分は炎に群がる羽虫のようだと独り言た。


 黄金の剣を目にした時、最初は驚きと畏怖を感じた。

得体のしれないものへの、異端な力への恐怖。

清貧を是とする教会では嫌われる金の装飾。

燦然と燃え盛る炎に飛び込む少女。


アルヴァーンは彼女に確かな聖性を感じていた。


アルヴァーンが黄金の剣を預かれた理由は、当時は分からなかった。

今なら分かる。

そもそも魔法は精神の有り様が魔力と世界に満ちた素と云うものを介して影響を与える技術らしい。

ならばあの時、アルヴァーンは眷属として以外にもリヴェリアとどこかで繋がったのだ。そして、形を変えられるようになったのは、彼女と同調しているということなのだろう。


心が近いなら、リヴェリアも同じ気持ちを持ってくれているならば、もう何も迷う必要はない。


 思い返せば彼女の言葉はあの日の、最期のヴァーネットにどこか似ていた。アルに名前をくれた、生きろと言ってくれた、アルが愛した人。

アルヴァーンは知っている。嫌いだと言われても離れてくれと言われても、それが芯のない言葉ならば痛みはない。

もう後悔はしたくない。掴んだ手を放したくない。


「お前が何だか知らないが、俺はリヴェリアと生きたい。だからお前はここで倒す」

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