第12話 出来ること
「くそ」
包帯を巻き直したが、出血でアルヴァーンの腕が血まみれになる。傷が塞がらない。
「お前、魔王なんだろ。もっとがんばれよ。こんなに簡単に…っ」
ささやかな体温さえ流れ出しているように感じる。
アルヴァーンは魔王の剣を見た。
魔王自身が握っていた剣は彼女の気絶と共に消えてしまったが、アルヴァ—ンが借り受けた剣はまだここにある。
まるで魔王の心臓と連動するかのように仄かな金燐をまき散らす。
「今、俺に出来ること」
アルヴァーンは空を見上げる。
「魔王。待ってろ」
剣を握り。感覚を研ぎすませる。
儀式場の中心を探さなければならない。
音。風の流れ。違和感。
「そこか」
剣だけ携えて勇者は駆け出す。
魔王の最後の仕事を、果たさなければならない。
黒い影がその後ろ姿を見ていた。
「俺、やっぱりもう人間じゃねぇのかな」
走りながらアルヴァーンは独り言をこぼしてしまう。
「おかしいよなー。体力とか」
瓦礫を一息で跳び越える。
「見かけはそんなに変わってないけど」
こんなに跳べなかった。あんなに力も強くはなかった。
「やっぱりなんか、ちがうよな」
かといってあの場で人生を閉じて良かったとは思わない。
アルヴァーンはまだ勇者になっていないのだ。
「うじうじしてもどうにもならんな」
城の中ではない。裏手の城壁と城の間、隠された壁の先にそれはいた。
「なんだよ…これ」
アルヴァーンはそれにゆっくり近寄る。
見かけは巨大な宝石だった。薄く発光する透明度の高い青い石。
鼓動を刻むように光は揺れる。
「生きて、いるのか……」
「おやおや…見つかってしまったのか」
「!!」
背後にベルセイスがいた。
豪奢な服には血の一滴も見られなかった。勿論リヴェリアに刺された跡も見当たらない。
アルヴァーンはとっさに壁際に後退した。
「もう攻撃はせぬよ。それよりどうだ?美しいだろう」
ベルセイスはゆっくりと青い石の傍らに歩み寄る。
「なんだ…それは…」
「ふふ」
ベルセイスが石の表面に触れる。
「長かった…。長い30年だった」
嗤う。
「我が目的は果たされる。勇者。さらばだ」
「な」
何のことだと口を開きかけたままアルヴァーンは固まった。
石は、大きくひしゃべるとベルセイスを飲み込んだ。
何かが砕ける音が、すり潰される音が聞こえる。
「なんだ…なんなんだよ…」
石ではない…なにかおぞましい、魔物の類いか。
アルヴァーンは剣を握る手に力を込める。
同時に攻撃力強化の呪文の重ねがけ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
石が鳴いた。
轟音をあげて石の周囲が吹き飛んだ。
防御態勢を取ったままアルヴァーンもその流れに巻き込まれる。
美しい景観を作っていた城が、城壁が、尖塔と同様に脆くも崩れ落ちる。恐ろしい衝撃だ。
加護をかけてあったからとはいえ体に大きなダメージを受けたことを感じアルヴァーンは歯噛みした。
「くっ」
ぱらぱらと上空から破片や砂が落下して体に当たる。
「城から聞こえていた声はコイツだったのかよ…」
石の表面が泡立っている。
『救いだ』
声。
「!?」
『これだけが救いだ』
声は石から聞こえた。くぐもった声はベルセイスに似ている。
石は人の形になった。
「石と融合したのか!?」
『融合などではない。我はようやく神となったのだ。』
言っている意味が理解出来ないアルヴァーンは声を張る。
「神?何の事だ。お前はなんのために」
『予てより犠牲を享受して初めて人間は神の戸を叩いた』
「俺にはお前の言っていることが分からない」
剣を握り直す。大丈夫。まだ、戦える。
『そうか…残念だが、再生の前段階なのだ。これは』
「だから意味が分からないんだよ!!!」
アルヴァーンは駆けだした。産毛が逆立つ感覚が気持ち悪い。
よく分からなくても一つだけ確信する。これは倒さなければならないものだ。
手の中の剣が熱い。燃え上がるように。
「こんにゃろおおおおおおおおおおお」
石を切りつける。
大きな音を立てて石が損なわれた。
瞬時に再生する。しかし石は大きく揺らいだ様子だった。
『魔王の剣能とは…面倒な』
アルヴァーンは右に大きな衝撃を受けた。
気付くと土に顔を埋めていた。しかし剣は放していない。
横なぎにされたことにさえ気付かなかった事にアルヴァーンは戦慄する。
『残念だよ勇者。君を殺さなければナラナイナンテ』
石の動きは人間的ではなかった。アルヴァーンは無論それが最早人間であろうなどとも思ってもいなかったが。
腕が伸び足が伸び、液体のようにゴムのように石は形を変える。
かろうじて救いだったのは剣が有効な攻撃手段となり得ることだった。
石は剣の軌道を避けアルヴァーンを執拗に攻撃してくる。
「くっそ」
打撃が何発か入ってしまった。
一撃が重い。
身体の再生力も驚異的に上がってはいるが追いつく速度では無い。
「ぐ、あ」
『オマエモ』
「な」
剣を持った腕に石が巻き付く。反射的に振り払おうとしたが、がっちりと押さえられ離れない。
アルヴァーンはもう片手で剣を取ると石の首を切り払った。
『あぎおあ』
だが直ぐに再生が始まる。そして腕からじわじわと石に取り込まれる。
激痛。
「うわあ、このっ」
咀嚼音が聞こえる。ベルセイスのようにアルヴァーンをも食おうというのだ。この石は。
「何をしているか。ゴミ虫が」
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