第7話 血族
「リヴェリア。お前が次の魔王に決まった」
赤い絨毯を蝋燭の儚い炎が照らす。
リヴェリアは片膝をついて父の言葉を聞いていた。
「お父様。何かの間違いでございましょう。私は、そのような器では」
「そうです。このゴミにそんな大任っ」
傍らにいたエルナードが口を挟む。
父は片手でその発言を制した。
「もう決まったことだ。いいね、リヴェリア。励みなさい」
昔、リヴェリアという少女は教会で育てられていた人間だった。
両親が戦火のあおりを受け蒸発し、彼女一人が小さな町に残された。置き手紙で協会に行くよう書かれていたのに、幼いリヴェリアは素直に従った。
朝起きると司祭に修行と称して鞭で打たれ、毎晩裸にされ洗礼と称し冷たい水をかけられた。勉強は許されず、雑用をし、他の孤児たちの面倒を見る。
生きていられるだけで幸せと思え。と、大人達はそう彼女に言い聞かせ、リヴェリアも仕方ないと納得していた。あの日までは。
やがて近隣で災害が続き、少女は教会のために売られる事になった。表向きは寄付をし孤児を引き取る善行だが、リヴェリアは男が司祭にリヴェリアは処女か確認しているのを聞いてしまった。10も過ぎればその意味が分かるような環境だった。
恐怖のあまり、少女は産まれて初めて逃げ出した。
「気持ちが良い夜に散歩をしてみれば、何をしているんだい?お嬢さん」
満月の綺麗な夜だった。
元々逃げる先など無いリヴェリアは簡単に捕まってしまい、もう逃げないよう縛られ、閉じ込められた。
誰も来るはずのない離れの塔の物置部屋、その窓辺にいつの間にか男が座っていた。
男は怯える少女の拘束を外し事情を聞いた。
「ひどい話だ……」
ほこりまみれの少女は声を押し殺し泣きじゃくった。
彼女が逃げれば他の孤児が売られるのは分かっていた。それでも逃げてしまった罪悪感と今でも拭い去れない恐怖を知らない男に打ち明けた。もう、最後になるかもしれないから、誰でもいいから聞いてほしかった。
「私は……人ではないのだが……。私の娘にならないかい、お嬢さん」
男は躊躇いつつ暫く考えてからギリギリ何とかなると呟き、なにかに納得した様子だった。
「そうしたら、大義名分ができる。私の新しい娘のきょうだいを、まともな街の孤児院に連れて行こう」
リヴェリアは涙ながらに頷いた。
男は沢山の黒い犬を呼び出し、教会の人間を全て眠らせると子供達を連れて街へ向かった。
リヴェリアは子供達の無事を見届けてから、北の地で儀式を受け吸血鬼の娘になった。
吸血鬼は己と己に連なる一族をヴァンパイアと呼び、少女にもそう呼ぶように言った。
温かい寝床、優しい家族。
父はリヴェリアに優しく接し、リヴェリアは穏やかに暮らしたが、やがて彼女は再び怯える日々を過ごすことになる。
父には実の息子がいたからだ。
名はエルナード。白髪赤目の美しい少年だった。
人間が嫌いな少年は新しい妹を同族とはみなさなかった。
エルナードが戻る度、リヴェリアは訓練と言われてはエルナードに殴られ、蹴られ、既に同族であるにも関わらず戯れに血を吸われた。
+++
魔王というのは人間の王の役割とは少し異なった役職である。
適性を持った者だけが選定石によって魔王に選ばれる。
適性がある者は何故か瞳孔が後天的に紫色になるのだ。これを紫王印と呼ぶ。
リヴェリアは時々この形質が出たが、力を使わなければ他と同じ真紅の瞳を持っていたし、なんなら人だったころの青い瞳が不安定な力が弱まることで覗くだけかと思っていた。
その当時リヴェリアの他に適性を持った魔物は現れなかった。
石は、彼女を選んだ。
力が不安定な元人間の出来損ない。
彼女は自分に向けられた評価を受け入れていた。
リヴェリアは王になどなりたくはなかった。
ただ、エルナードと離れられることは嬉しかったのだ。
エルナードはそんな少女の期待を裏切った。
城に入った次の日、エルナードが宰相になることを伝えられリヴェリアは絶望した。
それからも隠れてエルナードの暴力は続いた。
リヴェリアは公式の会見やたまの出兵以外部屋に籠るようになった。
戦い傷つき、帰っても傷つけられる。
丈夫なヴァンパイアの肉体は日の光にこそ強い痛みを感じはするが、それですら容易に死にはしない。
やがて不幸な事故で父が亡くなり、リヴェリアはまた孤独になった。
リヴェリアは少しずつ摩耗していった。
+++
私は無力な屑。だってそうエルナード兄さまが言うのだもの。
リヴェリアは手のひらを見つめた。
次にアルヴァーンが出て行った扉を見つめる。
「人間の……勇者……」
勢いで眷属にしてしまったとはいえまだ脆い人間の身体。
「止めないと」
今回一人で来たのは、自然に戦死するため。だった。
今まで、愚直に使命に准じてきた。
最初から上手くいっていたわけではない。
剣を作り出せるようになったのも魔王になってから10年目の事だった。
何十年も研鑽を積み、術を学び、多くの配下や最愛の父を犠牲にして進んできた。
最早この身は自刃など許されない。
しかし今回は破壊の規模も気配の大きさも桁が違った。
あるいは、この敵なら。そう思って配下達より先に城を旅立った。
ベルセイス以外誰も道連れにする気等無かったのに、アルヴァーンを巻き込んでしまった。
あのままあそこで死ぬに任せておけば、二度も彼を殺すようなことにはならなかったのに。
「手を出してしまったのだから、止めないと」
リヴェリアは身体を起こした。
吸血の反動で身体が熱を帯びている。暑さに汗が滴る。体に力が入らない。
「んぁ……はぁ……」
血を飲んだのは本当に久しぶりだった。
お食べくださいと差し入れられた人間に手をつけたこともない。
エルナードの言いつけで人の血を無理矢理飲まされて以来。もう数年になる。
もしかしたらこんなに多量の血液を摂取したのは初めてかもしれない。
美味しい。もっと欲しい。と思ってしまった。
今までは一度たりとも感じた事の無い血液への渇望。
アルヴァーンの血がそうさせている。
眷属化したから?
いや、獣の眷属の血を吸わされた時はこんなことにはならなかったし、人に食欲を覚えたことも一度もない。
「は…ぁ……早く……治まって……」
少女は両腕で自身を抱きしめて再び床に伏した。
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