第8話 決戦
アルヴァーンが息を切らして再び玉座の間にたどり着いたとき、ベルセイスは元の姿勢のまま玉座にかけていた。
「はぁ、はぁ……何をする……つもりだ」
「おや、逃げなかったのか」
ベルセイスは嗤う。
「なぁに……さっきのは戦略的撤退さ」
ごぅ
アルヴァーンが飛び退いた床に剣が突き刺さる。
騎士ローレライは床材から剣を引き抜き、また人形のように佇む。
「物騒だね。騎士さん」
「君が言うのかい」
くつくつと喉を鳴らした嗤い。
「我が国に君が赴任した時は喜んだものだったのだがな」
「しがない自警団員に勿体ないお言葉で」
ローレライは真っすぐ突っ込んできた。
しかし軌道は安直ではない。
刃が鳴り金属の悲鳴を上げる。
「やるじゃないか」
受け止めた衝撃で剣が腹から折れ、アルヴァーンは瞬時に二本目に抜き替える。
剣そのものに魔法がかかっているのだろう。ものすごい硬度だ。
躱せる剣は避け、避けきれない斬撃は剣で受け流す。
ボロボロになっていく床に足を取られることなく、アルヴァーンはベルセイスに向かう。
3本目の剣が根元から折れ、使い物にならなくなった。
アルヴァーンはためらいなく柄を捨て最後の1本を抜く。
ローレライは床ごとアルヴァーンを叩き潰そうと大きく剣を振りあげた。
しかし剣が床に届く前にアルヴァーンはその隙を縫いベルセイスに肉薄した。
残り三歩
ローレライの剣が床を砕き
残り二歩
アルヴァーンが踏み込み
残り一歩
無駄のない一撃が
ローレライの腹に深々と突き刺さった。
転移の魔法でとっさに主と敵の間に自身を捩じ込んだのだ。刃は貫通してなおローレライの小手に突き刺さり、ベルセイスには傷一つない。
アルヴァーンはたじろいで一歩後ろに下がる。
「申し訳ございません。陛下、しくじりました」
ベルセイスの上に馬乗りになったまま騎士は細い声で謝罪した。真っ赤な血が主の豪奢な服を汚す。
「相手は勇者だ。致し方ない。お前は良くやった」
「ありがたき幸せ。どうぞ、この身をお使いください」
「ああ」
アルヴァーンは身の危険を感じて更に一歩後ろに後退する。剣はもうない。
「ここに来たのが魔王でなくて本当に良かった」
ベルセイスは満足そうに嗤う。
「死ね」
ベルセイスは短剣で白いローレライののど笛を切り裂いた。
「!?」
驚愕するアルヴァーンの前で、しかし噴き出す血液は空中で静止する。
「なんだ…よ。それ…」
ベルセイスが腕を上げるとローレライの身体が弾け飛び、空中に無数の赤い球体が残る。
「あの男を殺せ」
赤い軌跡を描いて血球はアルヴァーンに殺到した。
咄嗟に折れた剣を拾い払ったが、腕と足に幾つかが突き刺さったのは感覚で分かった。
「あ……うああ……う」
痛みは数秒遅れてやって来た。
何かが傷口の中で蠢いている。
この球体は『生きている』。人を兵器に換える魔法なんて聞いたこともない。
次いで空中を漂っていた血球がアルヴァーンの背中に突き刺さる。
「あ、があああああああああああああああ」
アルヴァーンは床に伏して全身を掻き毟る。
「ほう、即死せぬか。流石勇者。頑丈にできておるの」
ベルセイスが嗤っている。更に数十の球体が突き刺さる。
「否、片腕が違うな。そうか、今代の魔王の特性は増殖か。なるほど、それではなかなか死なない筈」
気持ちの悪い嗤い。
「『いくつ』で死ぬかな。なぁ、ローラ。ああ、身体を貰うのも良いかもしれぬな」
「勝手に始めないで」
瞬間、広間を黄金が満たした。
血球が音を立て蒸発する。
「ああ…魔王か…」
アルヴァーンは顔を上げる。
肌が焼けるように熱い。金色の炎に焼かれているのか。
けれどこの炎は熱いのに痛みを生まない。不思議だ。
「お前達の所為でかなり恥ずかしい姿を晒してしまったわ!!」
青いドレスの裾と細い足が見える。
「自称勇者見習い!まだ死んでいないわね」
「ああ」
傷口の球体が溶けていく。痛みが引いていくのを感じる。
「後で摂関するので覚悟しておきなさい」
「はは…お手柔らかに……」
汗が酷いし足が震えているぞ。無理矢理ここまで追いかけて来たのか。このちびっこ魔王は。
アルヴァーンはなんとか身体を起こす。血球が溶けた瞬間回復が始まったのを感じる。
ただ出血は止まったとはいえ戦うには厳しい体調だ。
相変わらずベルセイスはにやにやと嗤っている。
「魔王と勇者で仲がいいものだな、宗旨替えでもしたのか?」
「いや、ただの恩人だよ」
「老眼が進んでいるんじゃないの」
「くくく。まぁいい、ローラがやられたからには私が戦わねばな」
ベルセイスが立ち上がる。
「勇者殿に敬意を払い私も本気でお相手しよう」
黒鞘の剣を構えてベルセイスは嗤う。
「さっきからあいつが変なこと言ってるけれど、あなた勇者なの?」
「いや」
アルヴァーンは首を横に振る。
「じゃあどうして勇者って呼ばれているの」
「俺をそう呼ぶ奴もいるってだけの話だよ」
リヴェリアは胡散臭いアルヴァーンを軽く睨み剣を構えた。
「あーそう」
「そうだ魔王。俺今獲物が無いんだけど。貸してくれないか」
「魔王に大事な剣を無心するとかプライドとかないの」
「むしろ俺はプライドの塊のような男だぞ。魔王」
プライドを守るためには
「まず生き残らなきゃってな」
「……それも、そうね」
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