第13話 責務

「ウィピル……おい……大丈夫か」

 アルヴァーンが肩をゆすると白い少女はうっすらと目を開けた。

リヴェリア達が井戸に入ってすぐ、アルヴァーンは追いかけるか悩んだが、ウィピルが完全に意識を失っていた。

「あー……あれ、誰でしたっけー?」

「アルヴァーンだ。元気ではないが、とりあえず意識はあるな?」

「はいー」

井戸の中からは変わらず何の音もしない。リヴェリアの剣能を考えれば反響した音が響きそうなのに、不気味だ。

「俺はリヴェリアを助けに行きたいと思う」

「はいー……」

「任されたきみを一人ここに置いていくのは余りに危うい。ウォーロックの所に連れて行きたいが構わないか?」

「それは……いけません……」

ウィピルは気だるげだがはっきり首を横に振った。

「わたしが……陛下から離れすぎ、と……小鳥の座標感知が、できない、く、になり……へいか、が」

喋り方もなんだかおかしい。嫌な気配がこの娘に影響しているのか、それとも……

「それはリヴェリア達から一定距離に居なければいけないということか」

「はいー……」

「では、俺が君を背負って三人を追うのは、どう思う」

「いきますー……」

思わぬ即答にアルヴァーンは少し口ごもる。

「俺が言うのも何だが、きみはとても具合が悪い。身の安全を考えると……」

「陛下の、やくに……たたないと……」

「……」

「ごめんなさー……こんな、足手まといになっちゃって……でも、役目……」

「……分かった」

深い事情は理解できていないものの、アルヴァーンは上着を脱いだ。

「なに、してるん?」

「振り落とさないように背負子を作る」

「せっかくの装備を……アルくんは……変な人だねぇ」

「よく言われる」

「でも、ありがとー……」

 ここに来るにあたりウォーロックに魔法のかかった服を一揃い貰っていた。鎖帷子や小手を外してからシャツを脱ぎベルトを外し、シャツにベルトと紐をつけたものをウィピルに着けさせた。

「行こう」

「おー」


 ロープを近くの柱に縛って垂らし、井戸に飛び降りる。装備のおかげか今は鐘つき塔程度の高さから跳んでも耐えられる。

だぼんと少し重い音を立てブーツが固い泥に沈む。

「どっちだ……」

井戸の底からは横穴が複雑に伸びていた。

ウィピルが一方を指す。

「ありがとな」

「へへ……」

アルヴァーンは駆け出した。



 アルヴァーンは山育ちのためか視力は元々良い方だが、魔族と暮らすようになり夜目もかなり利くようになっていた。

「なるべく頭を下げといてくれ」

暗く淀んだ地下の闇に何かが蠢いている。

「んー」

しがみつく力は弱く微かに震えている。

アルヴァーンは黄金を抜き放ち下付きに構えた。

こぺ

変な音が響いた。

か ぽ けぽ かぺ

アルヴァーンは剣先で暗がりを照らす。どういう理屈で光っているのかは謎だが地味に便利だ。

ウィピルを流し見ると両手で立った頭羽を抑え、目を瞑っている。

「うう……」

手のひらほどの大きさのはなにかの死骸に群がっていた。

白い体には毛がなく、カタツムリのように突き出た目が妙に大きく、口が3つあり、一つが鶏を潰したような不気味な声を上げ続ける。恐らく魔獣だろうがアルヴァーンにその知識はない。

こぺ こべ こっ こ けぺ

もう2つの口は桃色の何かをベチャベチャと咀嚼している。

アルヴァーンは剣を振るった。

断末魔が穴に響く。耐えきれなくなったウィピルも情けない悲鳴を上げる。

アルヴァーンは食われていたものを凝視していた。

「なんだ」

乳白色のそれはどこか魚に似ていた。分類するなら先の小さいのがナメクジもどき、こちらは魚もどきでいいだろう。

ぶるりと震え、傷だらけのそれは起き上がる。

「こっちも敵か」

一瞬でぬめるそれは破裂するように触手をばら撒いた。

同時に黄金の軌跡が弧を描いた。

青い粘り気の強い体液が泥に落ち煙を上げる。

魚もどきは傷だらけの体を更に自傷し体液をばらまく。

「あ、ああああるくん、し、これ死ぬ」

「舌噛むぞ」

少し狭い穴で振るうには刃が長すぎるなとアルヴァーンは独り言ちる。

と、急に刃が縮んだ。

「!?」

「うう……う……」

アルヴァーンはとっさに魚もどきから距離を取る。

剣の形が変わっていた。今まで見たことが無い反応だ。

「……なるほど」

泥の中から新たな魚もどきと、なめくじもどきが湧き出してくる。



+++


 リヴェリアは違和感に振り返る。

「どうされましたか?」

「いいえ……急ぎましょう」

地下の横穴はいくつか枝分かれし上下に複雑に拡がっていた。

細かく精神障壁をかけ直しながら地下を更に降りていく。

リヴェリアも城の図面は破壊時に確認したが、もっと地下水路はシンプルだったはずだ。

いつから、誰が作った構造なのか。

記録上伯爵はここ2000年以上現れていない。

本当にそうだろうか?

この城が築城されたのはおよそ800年前。

或いは、最初から……

リヴェリアは雑念を振り払い剣を握り直す。

「ギュレット、剣を出して」

ギュレットは言葉に従いリヴェリアの前に血を拭ってから仄かに輝く剣を差し出す。

交差されたリヴェリアの黄金の剣の光がギュレットの剣に移動し、リヴェリアの剣は消えた。

ギュレットは他者の魔力を自身のものとは別に溜め込む事ができる特異体質だ。無限にとは言えないが、黄金の輝きが自然消滅するまでは剣能を扱える。

「かなり悪魔が近いわ、気をつけて」

「陛下もどうか……」

言いかけてギュレットの瞳孔が開く。

「陛下!」

リヴェリアも言葉より先、ほぼ同時に駆け出す。

間違いない。アリアの気配がした。


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