第18話「近所の公園での激闘」
それからの数日は、あっと言う間に過ぎた。
入学式の次の日から停学だったため、勉強に追いつくだけでも苦労した。そして、刹那の勉強も見てやったため、学校では四六時中ずっと教科書にかじりついていたのだ。
そして、放課後は夜までみんなでキャラクターを作ってゆく。
みんなで作り上げたカナタは、
「で、今度は
「嫌ならいいけど、できれば」
「プラクティス設定のエキシビジョンならいいぜ、優。ランキングポイントの上下ナシでなら」
「それで構わないよ。できるなら、強い相手と戦いたいしね」
優とまこと、そして斗馬の三人は近所の公園を訪れていた。
幼少期を過ごした、懐かしの場所の一つでもある。
今日は刹那はジムに行ってるし、
カナタの初陣を見せられないのは、少し優には残念だ。
刹那のフィジカルとモーション、そして塔子のファッションセンスがカナタの完成度を一気に引き上げたのだ。そして、それを纏めてくれたまことにも感謝しかない。
一応、斗馬にも感謝している。
過去は過去だし、許せる程度には気を許している。
「じゃあ、適当にその辺で対戦を……ん?」
大小様々な歓声が響く公園は、広く木々も鮮やかに茂っている。散歩道はランニングコースも兼ねてて広く、そこかしこで市民が
そして、奥のジャングルジム前では、今まさにファイティング・ギグⅦの対戦試合が行われている真っ最中だった。
そしてそれは、対戦と呼べるものではなかった。
「うっし、いっちょあがりぃ!」
「
同じ学校の制服を着た二人組みが、オプティフォンを手に笑いあっていた。
正直、あまり気持ちのいい笑みではない。
その証拠に、彼らの前には小さな子供たちが数人固まっていた。
皆、泣きそうな顔をしている。
年の頃は小学校中学年くらいだが、優には十年前の自分たちに見えた。つまり、いじめられているように見えたのである。
それは当然、同じ当事者にして加害者だった少年にも同じだ。
「……ケッ、くだらねえ。子供相手に初心者狩りかよ。優、ちょっと待ってろ」
「ん、斗馬?」
オプティフォンを取り出しながら、ゆっくりと斗馬が近付いていった。
その時にはもう、子供の一人が泣き出してしまって、周囲から注目の視線が殺到する。
「ふええ、お兄ちゃんたちずるいよぉ~! 卑怯な技使うんだもん」
「おいおいガキンチョ、遊ぼうって言ってきたのはそっちだろぉ?」
「ファイギグはなあ、弱肉強食の真剣勝負なんだよ! ゲーム内の全てがアリなんだよ!」
優はその発言自体は否定しない。
公式の運営がデータとして認めた技は、全て公認のものである。強い技は、単純にモーションキャプチャーの精度が高く、そのモーションを提供した人間が強いだけなのだ。
そんなことを考えていると、斗馬が
「先輩方、楽しそうだよなあ? 俺も混ぜてくれよ」
「あぁ? なんだ一年ボウズ!」
「ちょ、ちょっと、コイツ一年の斗馬っすよ! こないだの日曜日、ランカーと……
三年生と二年生の
そんな二人の前に、斗馬は迷わずオルトロスを現出させた。
一瞬、二人組が息を飲む気配が伝わる。
優の隣でまことが、ごくりと
「か、完成度が違う、かな……あれじゃ2対1でも斗馬が勝つよ」
「連中、汚い手とかってのを使うらしいけど?」
「優は知ってるんでしょ? わかってる
「そう。つまり、どんな勝負も公明正大、勝敗が全て……でもね」
優も斗馬の隣に歩み出て、初めて実際の
オルトロスとカナタ、二人の長身は同じマークの入ったゴールドとブラックのジャケットを着ていた。オルトロスのは両肩が擦り切れており、逆にカナタはリーチを隠すかのように長袖だ。
二人のキャラを見て、子供たちが僅かに笑顔を取り戻した。
優はゆっくりとオプティフォンを操作し、ランキング公式戦を設定する。
「先輩方、ゲームは常に勝ちを目指すもの、そしてそのためにベストを尽くすもの……そういう遊びですけどね」
「なっ、なな、なんだよ……二人とも、やるっていうのかあ?」
「2on2、二本先取の三本勝負でタッグマッチ、どうですか? 嫌なら逃げ手もいいですけど」
「て、
ファイティング・ギグⅦには、様々な試合形式がある。
バトルロイヤルやチームバトル、それにタッグマッチと多彩だ。
優がタッグマッチを先に申し出たのは、時間が惜しいからだ。こんな人間との対戦よりも、斗馬のオルトロスと戦いたい。ただ力を振りかざすプレイヤーよりも、できるなら本当に強いプレイヤーとの対戦をこそ求めていた。
その気持ちが、悪い形で先輩たちに伝わる。
あっと言う間に対戦申請が了承された。
『
タッグマッチも基本は
そして、2on2では途中でキャラ同士が交代できるのだ。
控えに回っている時、キャラの体力はゆっくりと回復する。
優はすぐに先手必勝でカナタをダッシュさせる。
「あっ、こら優! 俺が先だろっ!」
「僕は初めてなんだから、少しシェイクダウンさせてよ。っと、定番の飛び道具か」
ライトノベルによく見る,主人公オーラのある学生服姿が動く。その手がヴン! と風を呼んで、小さな竜巻を飛ばしてきた。飛び道具の中でも少し厄介な、地を
不可視の体力が僅かに削られ、ガードした分小さくカナタは後ずさる。
いわゆる、ガードによるノックバックだ。
「オラオラ、近付いてこいよぉ!」
「……うん、弱中強と……パンチはどれもいいね。よりシャープに仕上がってる。まこと、いい仕事だ」
「オウコラ小僧っ! 攻めてこいってんだよ! 削り殺すぞ、ああぁ?」
「あ、お構いなく。ちょっと初めてなんで、技の確認をしてるだけです」
優の言葉に他意はなかった。
悪意など
ムキになった相手の攻めが加速する。
飛び道具を連発しつつ、距離を取って完璧に優の攻めを封じてきた。
そして、全ての技を感覚と感触で知り終えて、わかったことがある。
カナタには、こういう状況をひっくり返す手段が乏しい。
「まこと、だいたいわかった。こいつ……刹那、じゃない、カナタは……投げキャラだね」
「……まあ、そうなるよね。プロレスと総合格闘技でしょ? あ、打撃も少しは」
「プロレスなら、椅子を投げるとか
「知ってるでしょ、優。マスク・ド・ケルベロスは、刹那はそういうキャラじゃないんだよ」
「同感だね」
だが、手詰り感に焦る斗馬がタッチを要求してくる。前に出ろとも言うし、ジャンプで接近しろと叫んでくる。
正直、ちょっとうるさい。
それに、斗馬にタッチしたら試合が終わってしまう。
オルトロスなら、飛び道具を無駄に連打する相手への戦術も多彩だからだ。
「ほらほら、どうしたあ!
「飛び道具で飛ばせて、多分だけど対空技で落とす。これの繰り返しって感じかな。古いな、そういうのは」
「うるせえ、勝てば官軍なんだよぉ! ほれほれ、烈風閃! 烈風閃! れれれれっぷー!」
ただただ連射してくれるなら、タイミングを合わせてジャンプで距離を詰める。その先の近距離戦闘で、優は負ける気がしなかった。だが、この先輩も
下手に飛べば、落とされる。
わかってても飛んでみる。
「はいそこぉ、飛ばせて! 落とすぅぅぅぅ!」
学ラン君が空中のカナタに拳を突きあげる。その黒い全身を覆うように、風が
だが、それも予想通りだった。
着地するや、足元に既に置かれていた烈風閃をガードする。
そして、次の烈風閃にジャンプ……今度もまた、渦巻く嵐の刃がカナタを引き裂いた。
しかし、優は三度飛ぶ。
それが散漫なジャンプに見えた時、もう試合は大きく動いていたのだった。
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