第16話「女は化けるよ、ポンポコポン!」
ジムオーナーの
そんな時も、まことは一人でノートパソコンにデータを打ち込んでいた。
着替えてジムを
「ちょ、まっ! あーもぉ卑怯だしー! あーしのポンポコがっ!」
「フッフッフ……
因みに、
そんなコンビニ前の攻防を見やりつつ、優はまことと買い物をしていた。
「まこと、仕事早いね。ポンポコ、もうアップデートしたんだ」
「塔子が、やってみたいって言うから。ほら見て、あの
「……うん、まあ、斗馬もあれで無駄に面倒見がいいから」
オプティフォンをデタラメにあれこれ擦ってるだけに見える塔子。その横で、あーだこーだと斗馬が声をあげていた。
いかにも
優にも経験があるが、初心者が適当にガチャガチャやったら強かった、みたいな話はもはや、格闘ゲームあるあるなのだ。
対して刹那は、冷静にポンポコ12号を操作している。
しかし、キャラの動きに体全体が傾いたり動いたりしてしまっていた。
「……俺たちにもああいう時期があったよなー。プレイしてるだけで面白い、的な」
「僕はずっと今も面白いけど?」
「ああ、そういう意味じゃなくてさあ。なんつーの? 今やランカー、
「僕は世界ランキングのトップ、目指してるよ? 割りとガチで」
「だな。俺だって、キャラエディットに手を抜いたことはないぜ」
まことはコンビニで弁当を選んで、適当に飲み物や日用品も買う。
今もデザートのスイーツを物色しつつ、珍しく自分の話を始めた。
「俺さー、今日は家に親、いないんだ」
「今日も、だろ? ……うち来る? このあと寄ってけば」
「それ、彼女持ちが言っていい
「そっか」
「やっぱさー、親は普通の子供がほしかったんだろうしなあ」
「普通って?」
まことは男だが、毎日女装して暮らしている。それが自然で、学校にも許可は取っていた。そして、見た目だけならかわいい。そこいらの女子が驚きのあまり、コスメや化粧の話で持ちきりになるくらいだ。
そんなまことは、優や刹那にとっては昔からの
斗馬だって、ちょっかい出してきて
「まことが一番過ごしやすいのが、それが普通ってことでいいんじゃない? 親なんて、確実に僕たちより先に死ぬんだし」
「うわー、優ってドライ。……あ、優のお父さんって」
「多分
優の父親は、長らく行方不明だった。
捜索届けも警察に出したが、音沙汰なしである。
優の幼少期に微かに、その記憶がこびりついているだけだった。
ギャンブルで身を崩した、どうしようもない人だったとだけ覚えている。
「まこと、僕が必ずまことを世界の舞台に連れてく。二人で世界一になろう」
「ッ! ちょ、ちょっと優? すげー殺し文句……はは、でも嬉しいよ」
「まことがキャラを作って、僕が操作して勝つ。今まで通りさ」
「……だよな。それこそが、俺にとっちゃあ普通で普遍の毎日だわ」
外では相変わらず、ポンポコ対決が盛り上がっているようだ。
あのキャラで勝ててた時代もあったし、優も満足していた時期があった。ただ、より高度な戦いを勝ち抜くためには、やはりいいキャラが必要である。
まことの腕はそれに応えてくれるし、刹那もいてくれる。
新しい最強キャラの完成は間近だった。
ただ、まことが少しおセンチなのは……きっと一つの区切りが見え始めてるからかもしれない。でも、その先に優は一緒に進むつもりだし、どこまでも高みを目指すつもりだ。
そのことを上手く伝えられなかったかもしれないが、今はこれでいい。
「っと、牛乳も買わなきゃいけないんだった」
「僕が取ってくるよ。大きいサイズでいい?」
「おうっ、二本ね!」
「はいはい」
乳製品のコーナーから、冷えた牛乳の紙パックを手に取る。
その時、最後の一本を続けてつかもうとして、優は白い肌に触れた。
隣から伸びてきた手もまた、牛乳を買おうとしていたのだった。
「あ、すみません……どうぞ。僕は一本だけでも、って、あれ?」
そこには、意外な人物がいた。
というか、同じ街に住んでたなんて初めて知った。
同時に、当然だとも思える……ここは日本一、もしかしたら世界一通信環境が整った特区なのだから。
この国津市の住民だと思ったのは、酷くラフな格好をしているからだ。その女性は長い黒髪を頭でお
それは、世界ランキング7位、十伯爵の
「あら? 少年、君はお昼の」
「ど、どうも……吉乃さん、ですよね?」
「え、ええ! そうよ、トップランカーの一人、十伯爵の吉乃よ! ……はあ」
一瞬、他人の空似かとも思った。
優が疑問形になってしまったのは、そのいでたちもある。優雅に着物姿で出歩いていた日中とは、まるで違う。どこにでもいる普通のお姉さんで、しかもちょっと目の錯覚を感じる。そしてそれは、着衣が変わったことで見えてきた彼女の本性だった。
「少年、今……思いましたね? 太ってるって。少し、ぽっちゃりしてるって!」
「い、いえ、そんな。……ハイ、少しだけ」
「和服だと色々誤魔化せますから。ま、それで外出は着物にしてるんですけど」
そう、なんだか突然アスペクト比が狂ってしまったかのような感覚だ。
ちょっとした
そしてすぐにそれが失礼だと気付き、優は丁寧に謝る。
「ごめんなさい、容姿云々の話は関係なかったですよね。僕たち、ファイティング・ギグⅦのプレイヤー同士なんですから。強さが全て、です」
「そ、そうよね……あ、あとね! こう、ね! 大人になると少しむっちりしてる人の方が魅力的になるのよ! しょ、少年もきっとそうなります! だから気にしないで! ……って、なにを言ってるのかしら、わたくしは……」
あとからまことも来て、吉乃は同じ言い訳をあたふたと再び始める。
大人の人も大変なんだなあと思う優だった。
けど、まことは違った。
なんだか妙に張り切って、ぐいぐいと今日が初対面の年上に迫る。
「だっ、大丈夫だって吉乃さん! 需要あるから! それに、女性は少しふくよかな方が魅力的だって! 昔の日本もそうだったんだしさ」
「ぐっ、人から言われるとそれはそれで……ちょっとクるわね。でも、ありがと」
「あ、それよりあのっ! 聞かせてもらっていいですか。吉乃さんのキャラのこと」
「ユキカゼのこと?」
「はいっ! 俺たち、あのキャラのモーションをやってくれた人、探してるのかも」
そう、あれは間違いなく十年前の謎の古武術家だった。
刹那の父、マスク・ド・ケルベロスを瞬殺したあと、
吉乃のキャラであるユキカゼは、間違いなくその技を受け継いでいた。
「……詳しくはわたくしも知らないの。ただ、父の古い知り合いだとかで……その、少し武道でもやって痩せなさいって、最初は紹介されたのよね」
「あっ」
「ちょっと、なに『お察し』みたいな顔してるの? いいのよ、これでも昔よりは痩せたし。それに……ユキカゼの
吉乃の家は、代々続く名家の
父の古い知り合い……それが謎の男とのことだった。
一時期、吉乃は家の道場で師弟として汗を流した。師匠となったその男は、無神流と呼ばれる甲冑組手術、ようするに戦国時代に
槍が折れて矢が尽きても、かならず敵の首を取る。
無神流とは、厳しい戦国乱世で生まれた究極の殺人術だった。
「……でも、あの人は突然消えた……いなくなってしまったの。修行の旅に出る、とだけ一言残してね」
「なるほど。じゃあ、ユキカゼのモーションは」
「師匠がやってくれたわ。わたくし、あのスーツ、その、ちょっと……は、入らなくて。サイズが。あ、でも着れなくはないのよ! ただ、ちょっとボンレスハムみたいになっちゃうから」
「いや、そゆことは聞いてないです」
「……ハイ。ごめん、少年」
だが、ようやく手がかりを掴んだ。
やはり、刹那の父を倒した男は実在した。そして、つい最近まで吉乃の家にいたのだ。名前は分からないが、その流派の名は無神流甲冑組手……古き世から蘇った伝説の格闘術である。
優が改めて、その真実を胸に刻んでいると……斗馬が店内にやってきた。
「おう、優。まことも。買い物、終わったか?」
「あ、うん。ちょっと会計してくるよ」
なんと、斗馬は目の前に先程闘った女性がいるのに、気付かなかった。
そのことで吉乃は、何故かしょんぼりとしてトボトボとアイス売り場の方へ歩き出す。そんな彼女を「知り合いか?」などと言って見送る斗馬に、優もまことも苦笑を禁じえないのだった。
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