第16話「女は化けるよ、ポンポコポン!」

 ゆうたちはモーションのサンプリングに熱中してしまった。

 ジムオーナーの咲矢さくやがそろそろ帰りなさいと言うから、時計を見てみれば七時を回っていた。急いで皆がそれぞれ家に連絡を入れる。

 そんな時も、まことは一人でノートパソコンにデータを打ち込んでいた。

 着替えてジムをした一同は、コンビニに寄り道していた。


「ちょ、まっ! あーもぉ卑怯だしー! あーしのポンポコがっ!」

「フッフッフ……塔子とうこ、ポンポコの扱いではわたしに一日の長があるんだぞ」


 何故なぜかコンビニ前で、令和タヌキ合戦ポンポコが始まっていた。

 因みに、刹那せつなのモーションをベースにしたポンポコ12号と、斗馬のモーションのポンポコ13号の対決である。道行く人たちも、見慣れたファイティング・ギグセブンの光景に目を細めて行き交った。

 そんなコンビニ前の攻防を見やりつつ、優はまことと買い物をしていた。


「まこと、仕事早いね。ポンポコ、もうアップデートしたんだ」

「塔子が、やってみたいって言うから。ほら見て、あの斗馬とうまの彼氏面」

「……うん、まあ、斗馬もあれで無駄に面倒見がいいから」


 オプティフォンをデタラメにあれこれ擦ってるだけに見える塔子。その横で、あーだこーだと斗馬が声をあげていた。

 いかにも素人しろうとな操作なのに、塔子のポンポコ13号は意外と良く動く。

 優にも経験があるが、、みたいな話はもはや、格闘ゲームあるあるなのだ。

 対して刹那は、冷静にポンポコ12号を操作している。

 しかし、キャラの動きに体全体が傾いたり動いたりしてしまっていた。


「……俺たちにもああいう時期があったよなー。プレイしてるだけで面白い、的な」

「僕はずっと今も面白いけど?」

「ああ、そういう意味じゃなくてさあ。なんつーの? 今やランカー、十伯爵テン・カウントと戦うまで来たかーって思うと、感慨深くて」

「僕は世界ランキングのトップ、目指してるよ? 割りとガチで」

「だな。俺だって、キャラエディットに手を抜いたことはないぜ」


 まことはコンビニで弁当を選んで、適当に飲み物や日用品も買う。

 今もデザートのスイーツを物色しつつ、珍しく自分の話を始めた。


「俺さー、今日は家に親、いないんだ」

「今日も、だろ? ……うち来る? このあと寄ってけば」

「それ、彼女持ちが言っていい台詞セリフじゃねーかんんあ、わはは! 今日はやめとく」

「そっか」

「やっぱさー、親は普通の子供がほしかったんだろうしなあ」

「普通って?」


 まことは男だが、毎日女装して暮らしている。それが自然で、学校にも許可は取っていた。そして、見た目だけならかわいい。そこいらの女子が驚きのあまり、コスメや化粧の話で持ちきりになるくらいだ。

 そんなまことは、優や刹那にとっては昔からの幼馴染おさななじみだ。

 斗馬だって、ちょっかい出してきて鬱陶うっとうしい時期もあったけど、同じである。


「まことが一番過ごしやすいのが、それが普通ってことでいいんじゃない? 親なんて、確実に僕たちより先に死ぬんだし」

「うわー、優ってドライ。……あ、優のお父さんって」

「多分何処どこかで野垂れ死にしてると思う。生きてても、死んだってことにしときたいね」


 優の父親は、長らく行方不明だった。

 捜索届けも警察に出したが、音沙汰なしである。

 優の幼少期に微かに、その記憶がこびりついているだけだった。

 ギャンブルで身を崩した、どうしようもない人だったとだけ覚えている。


「まこと、僕が必ずまことを世界の舞台に連れてく。二人で世界一になろう」

「ッ! ちょ、ちょっと優? すげー殺し文句……はは、でも嬉しいよ」

「まことがキャラを作って、僕が操作して勝つ。今まで通りさ」

「……だよな。それこそが、俺にとっちゃあ普通で普遍の毎日だわ」


 外では相変わらず、ポンポコ対決が盛り上がっているようだ。

 あのキャラで勝ててた時代もあったし、優も満足していた時期があった。ただ、より高度な戦いを勝ち抜くためには、やはりいいキャラが必要である。

 まことの腕はそれに応えてくれるし、刹那もいてくれる。

 新しい最強キャラの完成は間近だった。

 ただ、まことが少しおセンチなのは……きっと一つの区切りが見え始めてるからかもしれない。でも、その先に優は一緒に進むつもりだし、どこまでも高みを目指すつもりだ。

 そのことを上手く伝えられなかったかもしれないが、今はこれでいい。


「っと、牛乳も買わなきゃいけないんだった」

「僕が取ってくるよ。大きいサイズでいい?」

「おうっ、二本ね!」

「はいはい」


 乳製品のコーナーから、冷えた牛乳の紙パックを手に取る。

 その時、最後の一本を続けてつかもうとして、優は白い肌に触れた。

 隣から伸びてきた手もまた、牛乳を買おうとしていたのだった。


「あ、すみません……どうぞ。僕は一本だけでも、って、あれ?」


 そこには、意外な人物がいた。

 というか、同じ街に住んでたなんて初めて知った。

 同時に、当然だとも思える……ここは日本一、もしかしたら世界一通信環境が整った特区なのだから。

 この国津市の住民だと思ったのは、酷くラフな格好をしているからだ。その女性は長い黒髪を頭でお団子だんごにまとめて、上下揃いのジャージを着ていた。

 それは、世界ランキング7位、十伯爵の吉乃よしのだった。


「あら? 少年、君はお昼の」

「ど、どうも……吉乃さん、ですよね?」

「え、ええ! そうよ、トップランカーの一人、十伯爵の吉乃よ! ……はあ」


 一瞬、他人の空似かとも思った。

 優が疑問形になってしまったのは、そのいでたちもある。優雅に着物姿で出歩いていた日中とは、まるで違う。どこにでもいる普通のお姉さんで、しかもちょっと目の錯覚を感じる。そしてそれは、着衣が変わったことで見えてきた彼女の本性だった。


「少年、今……思いましたね? 太ってるって。少し、ぽっちゃりしてるって!」

「い、いえ、そんな。……ハイ、少しだけ」

「和服だと色々誤魔化せますから。ま、それで外出は着物にしてるんですけど」


 そう、なんだか突然アスペクト比が狂ってしまったかのような感覚だ。

 りんとした雰囲気も今はなくて、ふくよかなジャージ姿の女性が目の前にいるだけだった。しかも、買い物かごに山程お菓子とパンを買い込んでいる。

 ちょっとした詐欺さぎみたいな、イリュージョンを見たような気持ちだ。

 そしてすぐにそれが失礼だと気付き、優は丁寧に謝る。


「ごめんなさい、容姿云々の話は関係なかったですよね。僕たち、ファイティング・ギグⅦのプレイヤー同士なんですから。強さが全て、です」

「そ、そうよね……あ、あとね! こう、ね! 大人になると少しむっちりしてる人の方が魅力的になるのよ! しょ、少年もきっとそうなります! だから気にしないで! ……って、なにを言ってるのかしら、わたくしは……」


 あとからまことも来て、吉乃は同じ言い訳をあたふたと再び始める。

 大人の人も大変なんだなあと思う優だった。

 けど、まことは違った。

 なんだか妙に張り切って、ぐいぐいと今日が初対面の年上に迫る。


「だっ、大丈夫だって吉乃さん! 需要あるから! それに、女性は少しふくよかな方が魅力的だって! 昔の日本もそうだったんだしさ」

「ぐっ、人から言われるとそれはそれで……ちょっとクるわね。でも、ありがと」

「あ、それよりあのっ! 聞かせてもらっていいですか。吉乃さんのキャラのこと」

「ユキカゼのこと?」

「はいっ! 俺たち、あのキャラのモーションをやってくれた人、探してるのかも」


 そう、あれは間違いなく十年前の謎の古武術家だった。

 刹那の父、マスク・ド・ケルベロスを瞬殺したあと、忽然こつぜんと格闘業界から消えたミステリーである。

 吉乃のキャラであるユキカゼは、間違いなくその技を受け継いでいた。


「……詳しくはわたくしも知らないの。ただ、父の古い知り合いだとかで……その、少し武道でもやって痩せなさいって、最初は紹介されたのよね」

「あっ」

「ちょっと、なに『お察し』みたいな顔してるの? いいのよ、これでも昔よりは痩せたし。それに……ユキカゼの無神流甲冑組手むしんりゅうかっちゅうくみては無敵よ。一子相伝いっしそうでんの古武術なの」


 吉乃の家は、代々続く名家のたぐいらしい。

 父の古い知り合い……それが謎の男とのことだった。

 一時期、吉乃は家の道場で師弟として汗を流した。師匠となったその男は、無神流と呼ばれる甲冑組手術、ようするに戦国時代にさむらい同士が素手で殺し合う術の達人だったという。

 槍が折れて矢が尽きても、かならず敵の首を取る。

 無神流とは、厳しい戦国乱世で生まれた究極の殺人術だった。


「……でも、あの人は突然消えた……いなくなってしまったの。修行の旅に出る、とだけ一言残してね」

「なるほど。じゃあ、ユキカゼのモーションは」

「師匠がやってくれたわ。わたくし、あのスーツ、その、ちょっと……は、入らなくて。サイズが。あ、でも着れなくはないのよ! ただ、ちょっとボンレスハムみたいになっちゃうから」

「いや、そゆことは聞いてないです」

「……ハイ。ごめん、少年」


 だが、ようやく手がかりを掴んだ。

 やはり、刹那の父を倒した男は実在した。そして、つい最近まで吉乃の家にいたのだ。名前は分からないが、その流派の名は無神流甲冑組手……古き世から蘇った伝説の格闘術である。

 優が改めて、その真実を胸に刻んでいると……斗馬が店内にやってきた。


「おう、優。まことも。買い物、終わったか?」

「あ、うん。ちょっと会計してくるよ」


 なんと、斗馬は目の前に先程闘った女性がいるのに、気付かなかった。

 そのことで吉乃は、何故かしょんぼりとしてトボトボとアイス売り場の方へ歩き出す。そんな彼女を「知り合いか?」などと言って見送る斗馬に、優もまことも苦笑を禁じえないのだった。

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