第15話「より高みを目指して」

 デートは突然の中断になった。

 刹那せつなはついに、父のかたきでもある謎の古武術家に再会した。その技、体捌き、そしてシルエット……本人ではないが、吉乃よしのの操るユキカゼはモーションが同じものだった。

 吉乃に聞けばなにか事情がとも思ったが、追いかけることはできなかった。

 ゆうには、落ち込み崩れ落ちる斗馬とうまを放っておけなかったのだった。

 それで一度解散し、夕方に槇島まきしまのジムへ集まることになった。


「って、刹那。斗馬になにを約束させたの?」


 例のモーションキャプチャー用スーツを着て、上からジャンバーを羽織はおった刹那が歩く。その横から見上げて、優は先程から疑問だったことを聞いてみた。

 まことも同じらしく、逆側から刹那に答を強請っていた。

 刹那の言葉はシンプルなものだった。


、そう言ったんだ」

「うわ、エグ……引退したとはいえ、マスク・ド・ケルベロスに嫌われたら……」

「うん、あの調子だと間違いなく斗馬はへこんで再起不能だね」


 それは斗馬には、断れない案件だっただろう。可愛い顔して刹那という女、なかなかにあざとい取引をする。

 だが、空手を本格的にやってる斗馬なら、刹那の相手として申し分ない。

 問題が一つあるとすれば、


「……刹那、さ」

「うん? どうした、優」

「投げ技と、組み技と……関節技とか、だよね? 寝技」

「そうだぞ、優が相手だとどうしても本気で極められないからな」

「……斗馬ならいいんだ」

「斗馬がいいんだぞ。フッフッフ……強くなったわたしを見せつけるチャンスなんだぞ」


 刹那は歩きながら、拳をバキバキ鳴らす。

 優としては、なんだか少し面白くない。


「斗馬に変なことされたら、手足の2、3本は折ってもいいからね?」

「ん? なんだ優、心配なのか? わたしは平気なんだぞ」

「いや、なんていうか、こう……ね」


 そうこうしていると、槇島フィットネス&アーツジムに到着した。

 挨拶しながら中に入ると、人だかりができている。

 見れば、その中心に斗馬の姿があった。

 モーションサンプリング用のスーツを着て、空手の演舞を披露している。丁寧にかたをなぞってゆくその姿は、彼の研鑽けんさんを無言で語っていた。

 綺麗だなと見惚れていると、ひょっこり塔子とうこが顔を出した。


「おいすー! 見た見た? 斗馬っち、拳法やってたんだねー」

「伝統派の古流空手みたいだね」

「あーし、知らなかったなあ。彼ピ、カンフーもゲームもやる人だったんだねぃ、うんうん」

「いや、ちょっと違うけど……まあ、だいたい合ってる」


 ニヒヒと笑う塔子は、どこか嬉しそうだった。

 昼間に出会ったばかりなのに、もうまことや刹那とも打ち解けてしまっている。優から見ると、陽キャ過ぎて少しまぶしい。でも、塔子はお構いなしだった。


「ねね、ユウユウ。あーしもなんか手伝えること、ある?」

「えっと……それなら、斗馬についててあげて。これからコテンパンにされるんだから」

「コテンパンに? 斗馬っちが? ……誰に?」


 無言でフフンと刹那が旨を張る。

 もう、やる気まんまんである。


「えっ、刹那っち格闘技やってんの!? どーりでー、この腹筋! えいえいっ!」

「はっはっは、よすんだぞ。塔子も身体を鍛えれば自然と割れるぞ」

「あーし、運動音痴だからなあ」

「このジムならヨガとかフィットネスもやってるぞ」


 そうこうしていると、演舞を終えて斗馬がやってきた。

 こうして専用スーツを着ていると、その鍛え抜かれた肉体がはっきりとわかる。同じ15歳とは思えないくらい、たくましく筋肉質な少年がそこにはいた。


「おう、こっちは準備いいぜ? ……その代わり、頼みがある」


 その斗馬だが、いつになく神妙な面持ちだ。

 どうやら昼間の敗戦が堪えているらしい。


「俺も、オルトロスの新しいモーションを取りたいんだ。できれば、その……協力してくれ」

「ん、いいよ」

「だよなあ、虫が良すぎる話だよな……って、あぁ? いいって言ったか?」

「そりゃね。持ちつ持たれつだし。それに、まこともオルトロスの戦いのデータ欲しがってる。なにせランカー、十伯爵テン・カウントと戦ったキャラなんて貴重だしさ」


 うんうんとまことも大きくうなずく。

 こうして、ジムの片隅を借りてのモーションキャプチャリングが始まった。

 どうやら斗馬は柔道もかじってるらしく、新しく投げ技や寝技を取りたいという。それははからずも、優たちが刹那に頼んでることと同じだった。


「うし、じゃあ一発やるか!」

「ちょ、おま! やらしーし、斗馬っちぃ!」

「……え? いや、なにが」

「なにがって、ナニだろー! あと、刹那ちゃん女の子なんだから、手加減すれー!」

「いや、今のこいつ相手に手加減してたら殺されるんだが」


 その刹那だが、アップを済ませるや気迫に身を震わせていた。

 いつになくその姿が大きく見える。

 彼女は早速、斗馬とがっぷり四つに組み合った。

 あの斗馬でも、刹那に比べると小さく見える。


「よし、斗馬。ちょっと投げてみるんだぞ」

「お、おう。じゃあ、受け身取れよ? ――ッシ!」


 教科書みたいな一本背負いだった。

 斗馬が一回転して、刹那の右腕を巻き込み投げる。バシィン! と受け身の音が気持ちよく響いて、しかしそれだけで終わりではなかった。

 そのまま斗馬は、刹那の右腕を抱えて腕ひしぎ十字固めへと移行する。

 とてもスムーズで、柔道もかなりの腕だと知れた。


「……どうだ、こんな感じでモーション取ってくんだろ? おい刹那、聞いてるか?」

「うん、大丈夫だと思うんだぞ。難しい話はまことと優に任せるんだぞ。……因みに」

「おお? ちょ、待て待て」

「かかりが甘いと、腕ひしぎは簡単に返されてしまうんだぞ」


 下になっていた刹那が、グググと右手を持ち上げる。

 腕一本で、僅かにゆっくりと斗馬の身体が持ち上がった。


「ちょと待て、どういう怪力だよ!」

「あの古武術家なら、パワーではなく技で返してくるんだぞ。つまり、こうだ」

「あっ!」


 本気でガチ極めしてないとはいえ、斗馬の腕ひしぎ逆十字固め完璧だった。それなのに、彼を僅かに持ち上げてみせた刹那が、次の瞬間にマットを滑る。

 巧みな体捌きで、自分の胸を横断する斗真の両足、その片方を掴んだ。

 くるりと回って攻守逆転、斗馬の悲鳴が響いた。

 刹那が返し技の膝十字固めを繰り出したのだ。


「ぐっ! ぬ、抜けられた!? ってか、待て待て、極めるなイデデッ!」

「よし、いい感じだぞ。一度スタンドから仕切り直すんだぞ」

「おう! 今度はお前が投げてみろよ、刹那」

「あの斗馬をこうも簡単に……フフフ、いい気分なんだぞ」


 技を解いて、両者が起き上がる。

 そこにはもう、いじめっ子もいじめられっ子もいなかった。先に立った刹那が手を伸べる。その手を握って立ち上がる斗馬も、以前のような横柄さがなかった。


「よし、こい刹那! ……因みに投げは」

「ブレンバスターかパワーボムか、それともパイルドライバーか」

「それ、実戦で使えんの? お前、修斗しゅうとの試合でそれやるのかよ」

「……よく考えたら、やったことないんだぞ」

「アホか。ほら、さっさと投げろ」

「うん。なら……スープレックスなんだぞ!」


 刹那が密着の距離で斗馬と胸を合わせた。

 むにゅりという音が聴こえてきそうで、ちょっと優はむすっとしてしまう。同時に、斗馬も鼻の下が伸びて、塔子にすがめられていた。

 その瞬間、綺麗に空中で弧を描く二人。

 フロントスープレックス、いわゆる裏投げとか居反りのような技である。

 咄嗟の斗馬の受け身も流石さすがだったが、刹那の動きの方が速い。


「おっ、やってるねー。ファイティング・ギグセブンかあ」

「俺等も若い頃やったよなあ。スリーとかフォーだったけど」


 周囲の大人たちがギャラリーとして集まってくる。

 そんな中、投げた刹那が頭部を起点にブリッジ、そのままバク転の要領で斗馬の上を取る。あっという間にサイドをキープして、がっちりと斗馬は抑え込まれてしまった。

 フンス! と鼻息も荒く刹那はドヤ顔で優を見てくる。

 チラチラ視線をくれるので、とりあえず頷きを返してあげた。


「くそっ、なんだこりゃ! おい刹那、お前どんなフィジカルしてやがる! 動けねえ!」

「このまま塩漬けで楽勝なんだぞ」

「いや、だからモーション! 技のモーション取るんだっての!」

「サイドをキープしてポイントを」

「だから、動け! なんか技を出せ! 喰らってやるから極めるなり絞めるなりしろー!」


 それでおずおずと刹那が動き出す。そして、動けばあとは速かった。そのまま片膝で上から圧して、ニー・オン・ザ・ベリーの体勢を作って、そこからマウントポジションに移行した。

 斗馬も下からのガードを見せるが、やはり餅は餅屋である。

 圧倒的な支配率で、自由自在に節安はグラウンドの妙技みょうぎを炸裂させた。

 技をかけられる斗馬が少し顔が赤くて、やっぱり憮然としてしまう優なのだった。

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