第15話「より高みを目指して」
デートは突然の中断になった。
吉乃に聞けばなにか事情がとも思ったが、追いかけることはできなかった。
それで一度解散し、夕方に
「って、刹那。斗馬になにを約束させたの?」
例のモーションキャプチャー用スーツを着て、上からジャンバーを
まことも同じらしく、逆側から刹那に答を強請っていた。
刹那の言葉はシンプルなものだった。
「昔のいじめをパパにばらされたくなかったら、協力するんだぞ、そう言ったんだ」
「うわ、エグ……引退したとはいえ、マスク・ド・ケルベロスに嫌われたら……」
「うん、あの調子だと間違いなく斗馬は
それは斗馬には、断れない案件だっただろう。可愛い顔して刹那という女、なかなかにあざとい取引をする。
だが、空手を本格的にやってる斗馬なら、刹那の相手として申し分ない。
問題が一つあるとすれば、
「……刹那、さ」
「うん? どうした、優」
「投げ技と、組み技と……関節技とか、だよね? 寝技」
「そうだぞ、優が相手だとどうしても本気で極められないからな」
「……斗馬ならいいんだ」
「斗馬がいいんだぞ。フッフッフ……強くなったわたしを見せつけるチャンスなんだぞ」
刹那は歩きながら、拳をバキバキ鳴らす。
優としては、なんだか少し面白くない。
「斗馬に変なことされたら、手足の2、3本は折ってもいいからね?」
「ん? なんだ優、心配なのか? わたしは平気なんだぞ」
「いや、なんていうか、こう……ね」
そうこうしていると、槇島フィットネス&アーツジムに到着した。
挨拶しながら中に入ると、人だかりができている。
見れば、その中心に斗馬の姿があった。
モーションサンプリング用のスーツを着て、空手の演舞を披露している。丁寧に
綺麗だなと見惚れていると、ひょっこり
「おいすー! 見た見た? 斗馬っち、拳法やってたんだねー」
「伝統派の古流空手みたいだね」
「あーし、知らなかったなあ。彼ピ、カンフーもゲームもやる人だったんだねぃ、うんうん」
「いや、ちょっと違うけど……まあ、だいたい合ってる」
ニヒヒと笑う塔子は、どこか嬉しそうだった。
昼間に出会ったばかりなのに、もうまことや刹那とも打ち解けてしまっている。優から見ると、陽キャ過ぎて少し
「ねね、ユウユウ。あーしもなんか手伝えること、ある?」
「えっと……それなら、斗馬についててあげて。これからコテンパンにされるんだから」
「コテンパンに? 斗馬っちが? ……誰に?」
無言でフフンと刹那が旨を張る。
もう、やる気まんまんである。
「えっ、刹那っち格闘技やってんの!? どーりでー、この腹筋! えいえいっ!」
「はっはっは、よすんだぞ。塔子も身体を鍛えれば自然と割れるぞ」
「あーし、運動音痴だからなあ」
「このジムならヨガとかフィットネスもやってるぞ」
そうこうしていると、演舞を終えて斗馬がやってきた。
こうして専用スーツを着ていると、その鍛え抜かれた肉体がはっきりとわかる。同じ15歳とは思えないくらい、たくましく筋肉質な少年がそこにはいた。
「おう、こっちは準備いいぜ? ……その代わり、頼みがある」
その斗馬だが、いつになく神妙な面持ちだ。
どうやら昼間の敗戦が堪えているらしい。
「俺も、オルトロスの新しいモーションを取りたいんだ。できれば、その……協力してくれ」
「ん、いいよ」
「だよなあ、虫が良すぎる話だよな……って、あぁ? いいって言ったか?」
「そりゃね。持ちつ持たれつだし。それに、まこともオルトロスの戦いのデータ欲しがってる。なにせランカー、
うんうんとまことも大きく
こうして、ジムの片隅を借りてのモーションキャプチャリングが始まった。
どうやら斗馬は柔道もかじってるらしく、新しく投げ技や寝技を取りたいという。それははからずも、優たちが刹那に頼んでることと同じだった。
「うし、じゃあ一発やるか!」
「ちょ、おま! やらしーし、斗馬っちぃ!」
「……え? いや、なにが」
「なにがって、ナニだろー! あと、刹那ちゃん女の子なんだから、手加減すれー!」
「いや、今のこいつ相手に手加減してたら殺されるんだが」
その刹那だが、アップを済ませるや気迫に身を震わせていた。
いつになくその姿が大きく見える。
彼女は早速、斗馬とがっぷり四つに組み合った。
あの斗馬でも、刹那に比べると小さく見える。
「よし、斗馬。ちょっと投げてみるんだぞ」
「お、おう。じゃあ、受け身取れよ? ――ッシ!」
教科書みたいな一本背負いだった。
斗馬が一回転して、刹那の右腕を巻き込み投げる。バシィン! と受け身の音が気持ちよく響いて、しかしそれだけで終わりではなかった。
そのまま斗馬は、刹那の右腕を抱えて腕ひしぎ十字固めへと移行する。
とてもスムーズで、柔道もかなりの腕だと知れた。
「……どうだ、こんな感じでモーション取ってくんだろ? おい刹那、聞いてるか?」
「うん、大丈夫だと思うんだぞ。難しい話はまことと優に任せるんだぞ。……因みに」
「おお? ちょ、待て待て」
「かかりが甘いと、腕ひしぎは簡単に返されてしまうんだぞ」
下になっていた刹那が、グググと右手を持ち上げる。
腕一本で、僅かにゆっくりと斗馬の身体が持ち上がった。
「ちょと待て、どういう怪力だよ!」
「あの古武術家なら、パワーではなく技で返してくるんだぞ。つまり、こうだ」
「あっ!」
本気でガチ極めしてないとはいえ、斗馬の腕ひしぎ逆十字固め完璧だった。それなのに、彼を僅かに持ち上げてみせた刹那が、次の瞬間にマットを滑る。
巧みな体捌きで、自分の胸を横断する斗真の両足、その片方を掴んだ。
くるりと回って攻守逆転、斗馬の悲鳴が響いた。
刹那が返し技の膝十字固めを繰り出したのだ。
「ぐっ! ぬ、抜けられた!? ってか、待て待て、極めるなイデデッ!」
「よし、いい感じだぞ。一度スタンドから仕切り直すんだぞ」
「おう! 今度はお前が投げてみろよ、刹那」
「あの斗馬をこうも簡単に……フフフ、いい気分なんだぞ」
技を解いて、両者が起き上がる。
そこにはもう、いじめっ子もいじめられっ子もいなかった。先に立った刹那が手を伸べる。その手を握って立ち上がる斗馬も、以前のような横柄さがなかった。
「よし、こい刹那! ……因みに投げは」
「ブレンバスターかパワーボムか、それともパイルドライバーか」
「それ、実戦で使えんの? お前、
「……よく考えたら、やったことないんだぞ」
「アホか。ほら、さっさと投げろ」
「うん。なら……スープレックスなんだぞ!」
刹那が密着の距離で斗馬と胸を合わせた。
むにゅりという音が聴こえてきそうで、ちょっと優はむすっとしてしまう。同時に、斗馬も鼻の下が伸びて、塔子に
その瞬間、綺麗に空中で弧を描く二人。
フロントスープレックス、いわゆる裏投げとか居反りのような技である。
咄嗟の斗馬の受け身
「おっ、やってるねー。ファイティング・ギグ
「俺等も若い頃やったよなあ。
周囲の大人たちがギャラリーとして集まってくる。
そんな中、投げた刹那が頭部を起点にブリッジ、そのままバク転の要領で斗馬の上を取る。あっという間にサイドをキープして、がっちりと斗馬は抑え込まれてしまった。
フンス! と鼻息も荒く刹那はドヤ顔で優を見てくる。
チラチラ視線をくれるので、とりあえず頷きを返してあげた。
「くそっ、なんだこりゃ! おい刹那、お前どんなフィジカルしてやがる! 動けねえ!」
「このまま塩漬けで楽勝なんだぞ」
「いや、だからモーション! 技のモーション取るんだっての!」
「サイドをキープしてポイントを」
「だから、動け! なんか技を出せ! 喰らってやるから極めるなり絞めるなりしろー!」
それでおずおずと刹那が動き出す。そして、動けばあとは速かった。そのまま片膝で上から圧して、ニー・オン・ザ・ベリーの体勢を作って、そこからマウントポジションに移行した。
斗馬も下からのガードを見せるが、やはり餅は餅屋である。
圧倒的な支配率で、自由自在に節安はグラウンドの
技をかけられる斗馬が少し顔が赤くて、やっぱり憮然としてしまう優なのだった。
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