第14話「真剣、本気のガチバトル」

 斗馬とうまの登場にゆうは驚いたが、次の瞬間には駆け寄っていた。

 彼はTシャツにジーンズというラフな格好で、隣の少女が派手に盛ってるギャル系なのが余計に目立っていた。その彼女さんぽい人に???ヘンテコな顔をされたが、構わない。


「斗馬、あれ」

「お、優じゃんかよ。……見たか? あのキャラ……忘れもしねえ、あの技は」

「うん。ひょっとして、対戦を申し込むつもり?」

「ああ。ランカーだからじゃねえ、十伯爵テン・カウントでもびびらねえよ。今こそ、マスク・ド・ケルベロスの……刹那せつな親父おやじさんの借りを返してやる!」


 斗馬は「塔子とうこ、ちょっと離れてろ」と言いながら一歩踏み出す。その手にはもう、オプティフォンが握られていた。

 刹那やまことも近付く中で、優はその背中に呼びかける。


「気をつけて、斗馬。……あの技、多分だ」

「……だろうな。わかってりゃやりようはあるさ。フン、一応礼を言っとくぜ。それと、例の件……引き受けてやらあ」

「例の件?」

「刹那から聞いてないのか? まあいい、勝負がついたら改めて話す。じゃあ、行くぜっ!」


 斗馬のキャラクター、オルトロスが姿を現す。

 ようやく優は、斗馬の真意を理解した。彼はどこまでも、どこまでいっても、マスク・ド・ケルベロスをリスペクトしているのだ。

 オルトロスとは、ギリシャ神話に登場する地獄の番犬ケルベロスの弟である。

 その名をかんする持ちキャラは、斗馬にとって悲願成就のための相棒なのだ。


「おいっ、ランカーさんよ! 俺とも対戦してくれよ!」

「……少年、あなたもですか? わたくしにも都合というものが」


 そうは言いつつ、吉乃よしのはユキカゼをまだ消していない。

 そして、人形のようにたたずむモノクロームの柔術家は不気味な視線でオルトロスを見詰めていた。格闘ゲームのキャラはあくまでツール、戦う手段。しかし、今のユキカゼからは冷たい殺気がほとばしっているかのように思えた。

 そして、周囲もあおるように盛り上がって手を叩く。

 そんな中、そっと刹那が耳打ちしてきた。


「優、当身とはなんだ? あのユキカゼとかいう子は、打撃を出したようにみえなかったぞ」

「ああ、刹那は格闘技をやるもんね。当身っていうのは打撃全般を指す言葉……でも、格闘ゲームで当身っていうのは『』を指すんだ」


 そう、優は瞬時に分析し、理解した。

 ユキカゼのあの不思議な動き、あれはだ。相手の打撃を受け止め無力化し、その間に投げで反撃する技である。

 そうとわかれば対策も立てられるし、それは斗馬もわかっていると思いたい。

 そんなことを思っていると、塔子と呼ばれた少女が身を寄せてきた。


「ちょっちいいー? えと、なにが始まんの? あーし、さっぱりなんだけど」

「あ、えと、ゲームです。対戦格闘ゲーム、ファイティング・ギグセブンですよ」

「あー、斗馬っちもそういうのやるんだ? 好きだよねー、男の子って。ん、あーしは山川塔子やまかわとうこ。よろしくオネシャス!」

「僕は神音優かみねゆうだよ、よろしくね」


 だが、悠長に自己紹介をしている余裕はなかった。

 あっという間に次のバトルが始まる。


Session.1セッション・ワン! Readyレディ……Goゴゥ!!』

「……かかってきてください、少年」

「言われるまでもねえ! 行くぜオルトロスッ!」


 オルトロスも長身で体格のいいキャラクターだが、先程のモヒカン大男に比べるとシャープでソリッドなイメージがある。全身が程よく絞られてて、精悍な顔つきは格闘家そのものだ。

 そんなオルトロスを、斗馬はいつになく慎重に動かす。

 牽制を散りばめ距離を調節しつつ、まずは飛び道具を放った。


「まずはフラッシュブロウで様子見だっ!」

「ふむ、飛び道具ですね。いいモーションです」


 オルトロスの両手から繰り出された光が、弾丸となってユキカゼを襲う。

 立体映像とは思えぬ迫力だったが、ユキカゼは避けなかった。

 防御する素振りも見せずに、そっと右手をかざした。

 同時に、ドン! と地面が揺れたような錯覚。

 ユキカゼが激しい踏み込みとともに繰り出した掌底しょうていが、迫る光をかき消した。


「……は?」

「飛び道具対策くらいは、わたくしたち十伯爵クラスのランカーでは常識ですよ」

「ま、まじかよ! クソッ!」

「ですから、無駄だと」


 

 その時も、優はしっかりと闘いの優劣を見極め、脳裏に思考を走らせていた。

 今の技は、何の変哲もない掌底、ようするにオープンハンドのストレートパンチ……というよりは、空手の正拳突きに似ていた。それは斗馬もわかっただろう。

 だが、問題はその当たり判定だった。


「見た? まこと。今の技……手の少し先、1キャラ、いや半キャラ分先で飛び道具が消えた」

「……見た目通りのリーチじゃない、ほんの少しだけ見えない当たり判定が長いってこと?」

「そう。それに、今の踏み込み……震脚しんきゃくは、あれは八極拳はっきょくけんかもしれない」


 八極拳、それは日本では一番有名な中国拳法かもしれない。強い踏み込みは震脚といい、地が割れて砕ける程だ。その反動で生まれる拳の破壊力は、さながら一撃必殺。

 どうやらユキカゼは、柔術や古武術の他に八極拳の奥義を使うらしい。

 だが、斗馬のオルトロスも負けてはいなかった。


「いいぞ、兄ちゃん! やれやれーっ!」

「着物のお姉ちゃんも負けるなぁ! おいっ、中継動画の再生数やべえって」

「なんか、十伯爵? ランカーなんだろ、あの人。うひょー、生でバトル見れるなんて最高!」


 周囲の観客たちは、いよいよヒートアップしてゆく。

 だが、オルトロスがフラッシュブロウを放ち、それをユキカゼがかき消す。そのやり取りが完全な膠着状態こうちゃくじょうたいを生み出していた。

 そして、その均衡きんこうを壊したのは斗馬のオルトロスだった。


「フラッシュブロウ! と、見せかけてからの、そこだぁ!」


 オルトロスの両手が光って、交差する素振りを見せた。そこまではいつもの流れだったが、飛び道具は放たれていない。当然、硬直時間、いわゆる発射後の隙もなかった。

 フェイントだ。

 フラッシュブロウの構えだけを見せて、オルトロスは次の瞬間にはジャンプしていた。

 また飛び道具が来ると思って、ユキカゼは前へと掌底を放つ。

 その頭上を飛び蹴りが襲った。


「や、やったか! ふところに飛び込んだぞ!」


 刹那が興奮に声をあげる。

 だが、優は咄嗟とっさに「浅い……ッ!」と奥歯を噛んだ。

 そう、繰り出した飛び蹴りは打点が高く、ユキカゼのひたいにヒットしていた。派手なエフェクトと共にユキカゼがよろけたが、その時はまだオルトロスは空中である。

 ジャンプしての飛び込み攻撃は、引きつけて低い打点を狙うのが常道セオリーだ。

 相手がよろけてる内に着地し、すかさず小技に繋げて大技でしめる、連続技……いわゆるコンボを狙って大ダメージを与えるチャンスだったのだ。


「やりますね、少年。ですが」

「あっ、喰らい投げっ!? 古い手を!」

「このまま寝技でめます。お覚悟を」

「やだね!」


 強襲の飛び蹴りを喰らいつつも、ユキカゼは着地したオルトロスを投げる。スパァン! と空気が叫びそうな払い腰だった。同時に寝技に持ち込もうとするが、斗馬はオルトロスに受け身を取らせる。すかさず距離を取ったが、まだミドルレンジ……互いの打撃が届く距離だ。

 迫真の攻防に気付けば、ギャラリーも静まり返っていた。

 同時に優は見切って叫ぶ。

 そう、見切った……勝敗を分かつ瞬間が優には見えた。読めたのである。


「駄目だ斗馬っ! 一度下がって! その反撃、読まれてる!」


 キャラの大きさもあって、ユキカゼよりもオルトロスのほうがリーチでは勝っている。勿論もちろん、体格の見た目だけでならの話だ。

 そして、受け身から立ち上がったオルトロスが反撃に出る。

 繰り出されたミドルキックは、攻撃の起点としては悪くなかった。

 だが、その先でユキカゼが身構える。

 瞬間、渾身こんしんの蹴りがあっさりと受け止められた。


「終わりです、少年」


 当身投げだった。

 打撃を無効化した上で、投げ技で反撃する……格闘ゲームにおいて、もっとも厄介やっかいな技術である。使う側にも度量とテクニックが要求されるし、そんなモーションをキャプチャリングできるほどの達人なんてなかなか見つからない。

 だが、そういう人間を幼少期の優は見ていた。

 テレビの中で、みんなの憧れを瞬殺したその男……無名の古武術家。

 何故なぜか優には、ユキカゼがその遺伝子を受け継ぐキャラなのだと確信できた。


「ッ、オルトロス!」

「常に真剣勝負、やるならば徹底的に……これがわたくしの作法、礼儀ですので」


 鈍い音が響いて、オルトロスの伸びきった右足がねじれた。爪先つまさきかかとがあらぬ方向へと半回転する。その時にはもう、ユキカゼはそのまま踏み込み豪快な投げを繰り出していた。

 蹴りの軸足が払われ、倒れたオルトロスはマウントポジションを許してしまった。

 そこからは一方的なパウンド、マウントパンチの連続から関節技が極った。


「や、やりすぎだぞ! 優、止めてあげるんだぞ!」

「いや、刹那……駄目なんだ。ファイティング・ギグⅦはガチンコ勝負だからね……これでオルトロスが立てなかったら、それで勝負は終わりなんだよ」

「そんな」


 ユキカゼは滑るように流れるように、連続で右腕、左腕と関節を破壊してゆく。その流麗な所作しょさは見事としか言いようがないが、本当に人体を破壊するだけのマシーンにも見えて不気味だった。

 斗馬がガクリと膝を付き、試合終了のコールがユキカゼと吉乃の名を叫ぶ。

 すでに冷たい沈黙が支配したストリートで、涼しげに勝者はなにも言わず去ってゆくのだった。

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