第13話「うきうきデートに暗い影」

 そして日曜日が訪れた。

 寝不足気味のゆうは、春のゆるやかな日差しにまぶたをこする。

 眠い……昨夜は遅くまでまことと、リモートでキャラ作成の作業を進めていたのだった。

 そのまことと刹那せつなと三人で、とりあえず原宿に来てみた。

 あまり馴染なじみのない街だが、今日は楽しく過ごすつもりだ。


「しっかし、優もすみにおけないな……もう学校じゃ、うわさの人だもんな」


 まだ人混みがそこまで濃密じゃない中、前を歩くまことがニシシと笑う。

 そう、停学が明けて登校した優と刹那を、変貌した学園生活が待ち受けていた。

 クラスメイト曰く、優は実は中学では札付きのワルだったらしい。刹那もスケバンで、そもそも優はスケバンという単語の存在と意味をこの一件で知ったのだった。

 授業初日から停学という、ヤバくてイケてる男女とのことだった。


「……正直、迷惑なんだけど。まこと、なんとかしてよ」

「いやー、俺には無理! まあ、これから少しずつ誤解を解くんだね。それより」


 つつつ、と横に下がってきたまことが、肩を組んでくる。

 彼は今日も相変わらずの女装で、私服だからやけに気合が入っていた。確かこれは、ゴスロリとかいうんじゃないだろうか。フリルとレースがキラキラしてるエプロンドレスで、本人曰く地雷系らしい。

 素直に可愛いと思うが、そのまことが耳元にそっとささやいてくる。


「刹那、おめかししてるじゃん? めなよー? 彼氏として褒めな、ベタ褒めだよ」

「えっと……そういうものなの?」

「そうそう、そういうものなのです。だってほら、かわいくない?」


 今日の刹那は、白いワンピースにカーディガンを羽織はおっている。

 もともと抜群のスタイルなので、私服になるとまた印象が激変して見えた。ちょっと露天の商品を眺めたりと、どうやら原宿の散歩を楽しんでいるようだった。


「えっと……八尺様はっしゃくさま?」

「おい馬鹿やめろ、流石さすがの刹那でも怒るって。なんだよ八尺様ってー!」

「えっと、2000年代に流行はやった都市伝説で、物凄く背の高い女性の妖怪で」

「んな話、聞いてない! ああもう、駄目だこいつ! ついてきてよかった!」


 大きく溜息ためいきをつくと、まことは刹那に向かって振り向いた。


「刹那、まずは化粧品から行くよー?」

「ほへ? わたしがか?」

「そう! 髪も肌も、なにも手入れしてないのって……それ、駄目だかんな!」

「そ、そうなのか」


 まことはズンズカと歩き出す。

 あっけに取られてる刹那に、優も手を差し出して歩き始めた。


「いこう、刹那。手、つなぐとか……彼氏彼女っぽいかなって」

「……うんっ! 凄く彼氏彼女なんだぞ! 繋ぐぞ!」


 二人で並んでまことを追えば、彼は振り向き後ろ歩きであれこれ語り出す。

 確かに、刹那の美貌は刺激が強いが、なんのケアなしにかわいいのは若いうちとのことだった。そう言ってはばからないまことは、かわいい男の娘オトコノコでいるために物凄い努力をしてるという。


「刹那、せっかくかわいいんだからさー、もっと気を使おうよ」

「ふむ。……でも、化粧なんてしたことがないんだぞ」

「だいじょぶ! 教えてあげるから。髪もね、もっといたわらないと……ん?」


 ふと、まことが立ち止まった。

 その視線の先に、小走りで人々が集まり出す。

 休日も朝から、あっという間に路地裏ろじうらに人だかりができてしまった。

 なにかのタイムセールなのかなと優は思った。

 だが、その時にはもう……刹那は緊張感に身を固くしていた。


「……喧嘩けんかかもだぞ。とても強い、なんていうか、気? そういうの感じるんだぞ」

「えっ、なにそれ漫画みたい」

「優もゲームしてる時はわかると思う。オーラみたいなの持ってる人」

「あ、まあ……なんていうか、気配の強い人ってたまにいるけど」


 刹那が走り出して、手を引かれたまま優も続く。

 まことも「また停学は勘弁かんべんだぜ!」と叫びながらついてきた。

 周囲に集まる人たちの様子から、喧嘩ではなさそうだ。

 むしろ、皆がオプティフォンを掲げて情報の拡散を行っている。

 そのカメラの先に、奇妙な男女が向き合っていた。


「見つけたぜ……日本でたった三人だけ、十伯爵テン・カウント様をよぉ!」


 がらの悪そうな男は、酷くせてて目付きだけが鋭い。

 そして、十伯爵という言葉に優は思わず目をみはる。


「うん? なんだ優、十伯爵っていうのは」

「ファイティング・ギグセブンの世界ランキング上位10人……つまり、一位から十位までの人間を十伯爵って呼ぶんだ。文字通り貴族のごとき雲の上の存在だね」

「じゃあ、あの人が……その、十伯爵なのか?」


 うるさくえる男の前に、着物姿の少女が立っている。

 そこだけ大正時代みたいで、なんだか少しドキリとした。

 とても綺麗な人で、どこかはかなく切なげな面影が強い印象を引く。長い黒髪をストレートに伸ばして、細めた目には強い光が輝いていた。

 ギラついたような、燃えるような光ではない。

 その眼差まなざしは、絶対零度の視線で男を切り刻んでいた。

 そして、薄い唇が僅かに動いて、空気が震える。


「いかにも、わたくしは世界ランキング7位。世間では十伯爵と呼ばれてますが……それが、なにか?」

「へへっ、こんな女がランカー様とはよぉ! 今すぐ俺とバトルして貰うぜぇ!」


 その女性の返事も聞かずに、男はオプティフォンを操作した。あっという間に、立体映像のキャラクターが現れる。大柄な筋肉ダルマで、2mを超えるモヒカンの巨漢きょかんだ。

 恐らく、攻撃力と防御力に極端にステータスを振ったタイプのキャラだ。

 毛皮を着込んで金銀のアクセサリーを付けた、まるでギャングの親玉である。

 その威容に周囲が「おお!」と盛り上がる中……女性は小さく溜息を零した。


「野試合ですか。わたくし、そのような気分ではありませんの」

「ランカー様が挑戦を断るのかい? ええ? 確か、7位……7位は……そうだ、藤宮吉乃ふじみやよしの!」

「人の名前、叫ばないでいただけます? そういうあなたは……いえ、結構です」


 すっと吉乃が、着物のそでからオプティフォンを取り出した。

 先程のざわめきが、嘘のように静けさに塗り潰される。

 一種、異様な緊張感にその場が凍りついていた。

 優も、藤宮吉乃という名前だけは知っていた。

 今年になって突然現れ、あっという間に十伯爵の一角に食い込んだ謎のランカー。優なんかとは比べ物にならない、本物の世界レベルというやつだった。

 その吉乃が、ついに自分の持ちキャラを出した。


「っ! 刹那、あれ見て」

「優! あ、あれは……い、いやっ、まさかそんな!」


 ここ原宿は、国津市くにつしに比べたら通信環境はそこまで発達してはいない。

 なので、どうしてもデータ量の多い立体映像は安定しなかった。

 そう、だから……誰の目にもそれは、漆黒の影に見えた。

 ノイズでブレて歪んだ、まるでバグった人型の闇だ。

 だが、優にははっきりと見えた。

 黒い道着を着た、小柄で華奢きゃしゃな女の子のキャラクターだった。


「それでは、お相手させていただきます。……やはり、少し重いですね」


 そのキャラは、単純にデータ量が多いのだろう。

 それもあるし、国津市が特区として発達してるだけで、他の街ならこんなものである。秋葉原や新宿に行けば、公式ショップのバトルエリアなんかがある。

 だが、その不安定な環境が優を戦慄させた。

 まるで幽鬼ゆうきの如く、ゆらゆらと揺らめく闇の少女。

 それを見るなり、男は絶叫と共に大男を押し出した。


「先手必勝ぉ! そんなキャラ、捻り潰してやるぜっ!」


 まるで地響きが響いてくるような、大地が揺れるような錯覚。

 振りかぶる拳はまるでハンマーだ。

 対して、少女の影は全く動かない。

 まことがノートパソコンを開きながら叫んだ。


「みんなっ! もしよかったら、オプティフォンの通信環境を少し貸してあげて! この原宿じゃ、どうしても処理が追いつかなくなるかもしれない!」


 カメラを回してた周囲の何割かが、急いで3Dウィンドウの中に指を差し入れる。

 同時に、まこともノートパソコンで回線を強化した。

 徐々にデータの行き来がスムーズになり……そして、黒い霧が晴れた。

 そこには、黒い道着の白い少女が立っていた。

 真っ白な肌に白髪、そして長い長い白鉢巻しろはちまき棚引たなびいている。


「……さて。では、やるとしましょう。潰しなさい、ユキカゼ」


 ユキカゼ、それがキャラの名か。

 そのユキカゼの顔面に、メガトン級のパンチが迫っていた。

 ガードだ、いやスェーで裂けきれるか? どっちにしろ、後手ごてに回って防御か回避を選ぶしかない。優がそう思った瞬間……あっという間に勝負は決した。

 殴りかかった筈の大男は、一瞬で大地に組み伏せられていた。

 あまりに速い返し技、そしてすでに腕関節を捻りあげられている。


「負けを認めてください。ええと……名もなきプレイヤーさん。わたくしが心に留める価値もない……それがあなたです」

「ば、馬鹿な……いったいなにが。くそっ、立て! ここから巻き返すんだっ!」

「無駄なことです。降参していただけないのなら、しかたありませんね」


 エグい音と共に、眩しいエフェクトが迸った。

 無表情でユキカゼは、モヒカン男の腕をへし折ったのだ。

 その時にはもう、優は気付き始めていた……一瞬の攻防でなにが起こったのかを。そして、このユキカゼのモーションキャプチャーを担当したのはもしかして。そう思った時には、次の挑戦者が名乗りをあげていた。

 恐らく、同じ心当たりがあるであろう少年が。


「エグい闘い方すんじゃねえか、ランカー様がよお! 十伯爵だあ? おれがテンカウントでKOしてるぜっ!」


 そこには、恋人らしき少女を連れた斗馬とうまの姿があった。

 彼はオプティフォンを取り出すや、崩れ落ちる男を庇うように吉乃の前に立つのだった。

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