第17話「彼方への勝利へ、今」

 月曜日、登校してみたら有名人になっていた。

 ゆう刹那せつなもだが、とりわけ斗馬とうまがである。

 クラスメイトは勿論もちろん、先輩後輩から教員の先生方まで、昨日の斗馬のバトルを沢山の人が見ていたのだ。この時代、ファイティング・ギグセブンは老若男女を問わぬ一大エンターティメントでもあった。

 お陰で昼休み、一同は野次馬や挑戦者から逃げる羽目になったのだった。


「キヒヒ、めちゃウケるし……斗馬っち、すっかり有名人だし!」


 屋上に避難して、まだまだ少し冷たい春風に髪を洗う。

 五人で輪になり昼食を広げれば、塔子とうこの無邪気な笑い声が響いた。


「いや、笑えねえよ……みんな、俺が負けるの見てたんだからな」

「ってうか、塔子さんってうちの学校だったの? しかも、三年生!?」

「わはは、びびったかー! 塔子パイセンってよびなー?」

「わかった、塔子パイセン」


 真顔で応じる刹那に「真面目かっ!」と塔子が突っ込みを入れる。

 いつにもまして賑やかな集まりの中で、優も弁当を広げた。今日はエビフライとヒレカツ、きゅうりの浅漬けにポテトサラダ、そしてコロコロ三角の高菜おぎにりである。

 自然とシェアする形になって、優は弁当箱の蓋におかずを取ってまことに渡す。


「しかし、昨日は完敗だった……謎の古武道家、次に会ったらただではすまんぜ」

「っていうか斗馬、昨日コンビニでも会ったけど」

「は? いやいや、そんなことねえだろ。……昨日の、コンビニ?」

国津市くにつしは日本一、いや世界一通信環境はいいからね。ランカーも十伯爵テン・カウントも、この辺にもしかしたら住んでるのかもよ」

「……へっ、上等だ。次は負けねえ、よ、って……こら塔子っ! 俺の唐揚げ!」


 二つ上の先輩を呼び捨て、流石さすがというか少しあきれてしまうが、これが宇野斗馬うのとうまという少年だった。何者も恐れず、粗野で乱暴者だが悪い奴ではない、らしい。

 優の中では最近は「」という印象である。

 その斗馬から容赦なく二つ目の唐揚げを奪いつつ、塔子がオプティフォンを取り出した。

 なんか、やたらシールやストラップでガチャガチャしたやつである。


「ハイちゅーもくっ! 昨日の話だけどさー、刹那っち! エロカワに決めてきたぜーい! ウェーイ!」

「それは楽しみだぞ、ウ、ウェーイ?」

「あ、無理に乗らなくておっけまる! ちょっと見てね、何パターンか作ってきたから」


 塔子がオプティフォンを操作し、空中に何枚もの光学ウィンドウが広がる。

 そのどれもが、一人の少女を映していた。

 多種多様なポーズを取る、それは全て刹那。

 正確には、刹那をモデリングした優のゲームキャラクターだった。


「んとね、こっちとこっちがオススメ。あと、これは刹那っちがキャワワで頼むっていうから盛ってみた。あと、これはギャグで作った奴ね」

「ポンポコ着ぐるみだな。よし、これにしよう」

「待て待てーい! いいから全部一通りちゃんと見ろし! 苦労したんだからさあ」


 優はすぐに全員に見えるように、散らばったウィンドウを指先で辿って繋げ、円にして回す。ゆっくり回転する映像はどれも、優たちのセンスでは出てこないようなファッションばかりだった。

 当然、ポンポコの着ぐるみは除外するとして、デザインの提供は本当にありがたい。


「刹那、いつの間に」

「ん、こういうのはまこととか塔子が詳しいんだぞ。昨日、それとなく頼んだ」

「一応、俺も何個か作ってきたけど……てか、塔子先輩に失礼だって、刹那」

「あーしは別にー? てか、いいからまことっちもユウユウも見てみろし!」


 塔子のこのノリ、軽妙にして軽快、とにかく軽い。

 まことのデータも並べてみて、刹那のためのファッションショーが始まってしまった。

 忌憚きたんなき意見が飛び交う中で、優も一着一着を吟味してゆく。

 ふと横を見れば、刹那もまことも目をキラキラ輝かせていた。


「あ、俺こういうの好きかも……でも、ちょっとスカート短くない?」

「下は見せパンだし、問題ないっしょ!」

「俺はどっちかというと、これかな。ま、まあ、キャラ性能にはあまり関係ないけどよ」

「おおっと、斗馬っち! あんた、セーラー服よりブレザー派? なになに、今度着てあげよか? にふふふ」

「優はどれが好きだ? わたしは、少し迷ってしまうぞ」


 正直、どれも迷う。

 軍服っぽいのもいいし、水着っぽいのも何種類かある。一見して水着に見えるが、女子プロレスリングの試合用コスチュームのようだ。それはそれでアリだが、問題もある。

 名は体を表す、のようなものである。

 そのキャラの容姿は、ファイトスタイルを無言で相手に伝えてしまう。

 勿論、刹那が紡いでくれた力と技に不安はない。

 総合格闘技とプロレスの技術を偽装する気もないのだが……露骨に見た目が単純だと、初手から対策を取られてしまうこともあった。

 それと、


「……露出が多過ぎる。これとこれは、駄目、これも駄目」

「おお? ユウユウってば彼氏面かれしづらー! いいじゃんいいじゃんー! かっわいー!」

「いや、というか……操作するの、僕なんで」

「ハズいんだ?」

「そういう感じです」


 かわいいのはいい。

 でも、ちょっとエッチなのはいただけない。

 格闘ゲームの女性キャラクターというのは、大なり小なりそういうパターンが多いのは知っている。ただ、昨今はストリートでの対戦というのもあって、過度に露出が多いキャラクターたちは珍しい。

 一方で、メイドにビキニアーマーにお姫様、果ては恐竜から某遊園地のマスコット風なキャラまで多彩だ。見た目も大事な要素であることに疑いの余地はない。


「僕的には、これかな。これをまことのアイディアと組み合わせて」

「おおー! ちょっとちょっと、ユウユウ! ……もしかして、スパッツフェチ?」

「いや? 動きやすそうだし。刹那はどう?」


 スパッツにへそ出しのトップと、シンプルなアイディアはまことのものだ。そこに、塔子のデザインからジャケットを拝借する。

 それで気付いたが、斗馬のオルトロスも恐らく衣装デザインは塔子なのだろう。

 はからずもおそろいのジャケットになってしまった。

 けど、すぐにまことが刹那と優に提案をねじ込んでくる。


「ジャケットの背中にさ、これ入れない? あとは、色のコーディネートを」

「むむっ! まこと、それは……このマークは!」


 三つの頭を持つ地獄の番犬……ケルベロスの意匠だ。

 すぐに優はそのマークを思い出す。

 刹那の父、塩谷翔吾しおやしょうごことマスク・ド・ケルベロスのマークである。グッズに刻印されていたもので、当時は飛ぶように売れて誰もが持っていた。

 そして今は、たった一度の敗北と共に忘れ去られた紋章でもある。


「スパッツが黒、トップスが白だから」

「まこと、スパッツに金色のラインを入れてほしいぞ。んで、ジャケットも金色なんだぞ」

「……どういうセンス? あ、でもそうか」

「パパのマスクはゴールドとブラックのツートンだったんだぞ」

「んじゃま、合わせてみますかっと」


 その時だった。

 まことの買ってきたサンドイッチを頬張りながら、ぐいと斗馬が身を乗り出してきた。

 なんか、目がわってる。


「まこと! ……君。いや、まことさん? 俺にもそのデータをくれ! ……ませんか」

「ん? ああ、このマスク・ド・ケルベロス」

「お、俺のオルトロスのジャケットにも……背中にも、そのぉ」

「えー、どしよっかなあー?」


 斗馬は昔から、マスク・ド・ケルベロスの大ファンである。

 そして、まことが全て手動マニュアルで一から作ったグラフィックデータは、どこにも売っていない一点ものだった。

 珍しく頭を垂れる殊勝な斗馬に、まこともニヤニヤと小さな優越感を楽しんでいた。


「俺はいいけど、優と刹那は?」

「んー、僕は別にいいけど」

「優がいいなら、わたしも右に同じくなんだぞ」


 まあ、なんのかんので腐れ縁でもある。

 それに、すでに斗馬とそのキャラであるオルトロスからは貴重なデータがもたらされていた。探し求めていた強敵、刹那の探す父の宿敵……そして、優が憧れるトップランカーの究極、十伯爵の一人。

 吉乃よしのの奴るユキカゼと、そのモーションを担当した謎の古武術家。

 それこそが、これから新たなキャラで挑む世界の頂点……その最初の一歩なのだ。


「あ、それより優。刹那も。このキャラ、そろそろ名前をつけてあげないと」


 まことは塔子と一緒に、肌や唇の色を細かく調整しつつ呟いた。そして、メイクの方向性で二人だけの世界に突入してゆく。優には全くわからない世界だが、リップの色一つとってもこだわりというものがあるらしかった。

 そして、おもむろに刹那がグッと拳を握って突き出す。


「わたしと優と、みんなとで世界に挑むんだぞ。だから」

「だから?」

「この子の名前は、。わたしと優の子供みたいなものなんだぞ!」

「いやそれは……まあでも、いい名前だね。今後も技のモーション追加を頼むよ」

「任せろ優! わたしの持つ全てを、カナタに注ぎ込んで……遥か彼方の頂点を目指すんだぞ!」


 こうして、優は大事な人たちの強力で遂に武器を得る。本当に世界と戦える、自分だけの武器……それ以上の意味を持つ、唯一無二の分身、その名はカナタ。

 ここから細部を詰めてのシェイクダウンと、夏の大会に向けてのランクアップが始まるのだった。

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