第4話「アッセンブル・リビング」

 突然の野試合のじあいで、ゆうのランキングは大きく下がってしまった。

 だが、収穫もあったし、なによりいい経験にもなった。ファイティング・ギグセブンは、プレイヤーの腕だけでも、キャラクターの完成度だけでも勝つことは難しい。

 両者がバランスよく調和してこそ、結果があとからついてくるのだ。


「あとからついてくると言えば……刹那せつな、僕んち来るのも十年ぶり?」


 そう、でっかい美少女がまことと話しながらついてくる。

 十年ぶりの里帰りを果たした、刹那だ。

 その刹那だが、フンスフンスと鼻息も荒くうなずく。


「おお、優の家だ! 前と全絵変わってないな!」

「そりゃね。まことも寄ってくだろ? 少しキャラの方向性も話したいし」

「そだね、んじゃ……お邪魔虫しちゃおうかなあー、俺」


 いやいや、どっちかというと押しかけてきてる刹那の方が……とは思ったが、邪険にするのも悪いし、なにより積もる話もある。それに、優は純粋に幼少期の幼馴染おさななじみに再会できたことを喜んでいる。

 それに、とても驚いてもいた。

 小さくて内気で無口だった刹那が、まさか女の子だったとは。

 しかも、とてつもなく成長しまくって、凄く綺麗になってしまった。


「ま、いっか。二人共、上がって」


 見慣れた家の玄関をガラガラと開ける。

 すると、ちょうど台所から出てきた母親が顔をのぞかせた。

 優の母親は、まことを見るとパッと笑顔になる。


「あら、まことちゃん! いらっしゃい! ついでに優、おかえりー」

「ちょっと待って、実の息子がついでって、なに?」

「だーって、私は昔から女の子がほしくて……ん? んんんんっ?」


 脳天気な母も、流石さすがに刹那を見て黙った。

 だが、眉をひそめて凝視する中で、はっとしたように目を丸くする。


「あらあら、もしかして……塩谷しおやさんちの刹那ちゃん?」

「はい。ご無沙汰しています、おば様……いえ、義母様おかあさま

「んまー、綺麗になっちゃって! 見違えたわね」


 どうやら母は、昔から刹那が女の子だと知っていたようだった。教えてくださいよ、そういう重要情報は。ずっと男の子だと思ったまま、引っ越していったのを優は思い出す。

 まことが笑顔で「お邪魔します、おばさん」とくつを脱ぐ。

 だが、刹那は僕の腕を抱き締め引き寄せ、キリリと表情を引き締めた。


「それで、義母様。わたしは優とお付き合いしたいのですが、よろしいでしょうか」

「あらあら、まあまあ……優なんかでよければ是非ぜひ

「ありがとうございます。よし優、親の公認を得たぞ。公式設定になったからな」


 いったいなんの話をしてるんだろう。

 刹那って、こんなキャラだっけか?

 ちょっと密着感というか、距離感がバグってて優は落ち着かない。

 だが、母を台所へと追いやり、リビングで三人でようやく腰を落ち着ける。

 すぐにまことが、オプティフォンは開いてデータを表示した。

 空中に立体映像でポンポコ9号が浮かび、その周囲にパラメーター等が乱舞する。


「あ、ポンポコ! よかった、ポンポコは無事なんだな、まこと」

「ゲームのキャラだからね。負けると消えちゃうけど、データがなくなる訳じゃないんだ」

「そうか……本当によかった。頑張ったからな、ポンポコは」


 そう、まことは少ない手持ちのデータでよくやってくれている。優のへっぽこなモーションをサンプリングして、上手く実戦データとして組み込んでくれているのだ。

 だが、やはりキャラ的な強さはまだまだ物足りない。

 これでは、夏の全国大会、そして世界大会では結果を残せないだろう。

 それはまこともわかっているようで、真面目な表情で優を振り返る。


「さて、どする? ぶっちゃけ、課金いっとくかあ?」

「有名な格闘家やスーツアクターが、自分のモーションを売ってるよね。でも」

「そう、ちょっと高校生がポンと買えるような値段じゃないよな。キック一つ、パンチ一つくらいなら買えなくもないけど」

「それに、まるごと全身、全部の技が同じモーション元の方がいい。技の合わせ目がギクシャクするし、そういうとこに運営のAIは敏感だから」


 ファイティング・ギグⅦの魅力の一つは、多彩なキャラメイキングだ。

 自分でモーションキャプチャリングを行い、それを元にキャラを組み立てていく。まことのように、プレイよりもアセンブルに夢中になるタイプのファンも多い。

 そして、作られたキャラクターは公式の運営サイトで数値化される。

 攻撃力や防御力は勿論もちろん、実装される技の性能もAIが算出するのだ。

 AIにいかに『実際に強そうなモーションデータを見せるか』がきもなのである。


「とりあえず優、当たり判定の不具合は直しといたよ」

「ん、ありがと」

「いいって、いいって。これは俺のぼんミス。うっかりしてたよ」


 その時だった。

 不意に、どこかで聴いたことがあるような音楽が流れた。

 それで刹那が、ポケットから一般的なタイプのオプティフォンを取り出す。百円ライターくらいの大きさで、触れば画面は全て空中への立体映像で投影された。


「あっ、そうか。ゴメン、優。まことも。わたしは行かなければならない」

「なんか用事?」

「一昨日から新しいジムに通ってるんだ。今日も行くんだけど、忘れてた」


 そそくさと刹那は立ち上がると、最後に二人とLINEラインを交換して去っていった。丁度、お茶とお菓子を持ってきた母親と擦れ違いで、丁寧に挨拶して出てゆく。

 優は勿論、まことも気になる音の正体を記憶に探る。


「今の着メロ、なんだっけ」

「なんか、小さい頃聴いたことがあるような」

「そうそう、あれって」


 どこかなつかしいその曲は、なんだか勇ましくてアップテンポだ。着メロだとなんだか簡素なメロディだが、自然と大観衆の熱狂と興奮が思い出された。

 大勢の人間が、この曲に歓喜の雄叫びをあげていた気がする。

 だが、何故なぜかどうしても追憶の中で風景が浮かんでこない。

 そうこうしていると、ニヤニヤした母が優をひじで小突いてきた。


「よかったじゃない、優。刹那ちゃん、あんなに大きくなって」

「大き過ぎだよね、ちょっと」

「んもう、優ったら。男の子ってこれだから……胸ばかり見てんじゃないの」

「いや、決してそういう意味では」


 そう、確かに大きかった。

 何もかもがメガトンサイズである。

 ゴツいとか豊満とか、そういうイメージは全くないのだが、メガサイズの彼女が突然できてしまったのだ。優は酷く落ち着いていたが、静かに驚きは浸透してきている。

 母はおやつを置いて、まことをイイコイイコと散々べたべた可愛がってようやく出ていった。昔からまことは母のお気に入りで、彼もいつも我が家に寄り道していた。


「さて、もう少し詰めておこう。やっぱり根本的な元データ、モーションのサンプリングからやり直した方がいいかも」

「やっぱ、素人しろうとの俺等が手足ジタバタさせても、そりゃ技には見えないよなあ」

「タヌキのアバターも、当たり判定が小さいのはいいことなんだけど」

「今日動いてるとこ見てわかった。リーチが短過ぎる」


 打てば響く、阿吽あうんの呼吸。

 まこととは、ツーカーの仲で話も早い。

 頼れる相棒はでも、回転するタヌキのアバターを見上げて笑った。


「でも、いいよなあ。見た目も中身もデータ次第で変えられるんだから。俺、このゲームのそゆとこ気に入ってるんだよ」

「まこと……」


 まことは快活で闊達かったつ、明るく賑やかなクラスの人気者だった。

 そのまことが突然、高校進学と同時に女装を好むようになった。前からちょっと、そういう雰囲気があったのを優は今でも覚えている。

 自分が自分でいられるためなら、いいとも思った。

 ただ、多感な思春期の少年少女は、それをおかしいと思う者も多かった。

 気付けばまことの交友関係は、十年来の腐れ縁しか残らなかったのだ。


「ま、それは置いといて。ちょっとダウンロードサイトでお買い得なモーションがないか見とくわ。一式全身、全技そろって売ってれば」

「二人でバイトするとかもできるしね。そっか、そろそろ課金時かあ」

「いや、むしろ無課金でよくやってきたよ。優、今ランキング何位だ?」


 優がオプティフォンを出して、アプリでランキングを確認する。

 ファイティング・ギグⅦは、全世界で十億人近くのプレイヤーがしのぎを削っている。そして、優がまことと共に目指すのは、その頂点だ。

 もっとも、酷く長い道のりだし、焦ったりはしない。


「ん、79,078,227位だ。……やっぱりちょっと落ちたね、今日の負けで」

「やっぱ、一億から上は激戦区だって。こんなキャラじゃ、正直申し訳ない。優の腕に、完全にキャラが負けてんだよ」

「いや、まことはよくやってくれてるよ」

「あーあ、俺もバイトしようかなあ。男の娘オトコノコカフェとかで」


 まことのルックスなら可能だと思うし、すぐにナンバーワンになるかもしれない。

 喋ったりしなければ、まことは本当に女の子そのものに見えた。

 かわいいと思うし、親友じゃなかったらちょっとときめいたかもしれない。

 だが、優もまことも夢中なのは、恋や愛よりも今はゲームだった。


「そういや、優。刹那と本当に付き合うのか?」

「そういうことになったらしいね」

「らしいね、って……あいつ、何のジムに通ってるんだか」

「フィットネスとかじゃない?」

「見違えたよなあ。あと、女だったとは。あのヴィジュアル、少しキャラにほしいよな」

「当たり判定がデカそうだ」


 どこまでもゲームの話に軸を持ってく優は、ニハハと笑うまことにしばかれた。

 そうして二人でデータの詳細を詰めて、ポンポコ10号が完成したところで今日はお開きになるのだった。

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