第3話「激闘、攻防、そして事故?」
まばらな歓声に包まれながら、戦いが始まった。
「よし、いくぞ。ポンポコ8号」
「9号だってば、Ver.9」
「そうなの? まこと」
「そうそう。って訳で、いっけー! ポンポコ9号!」
見た目のコミカルさを裏切る速度で、ポンポコ9号が猛ダッシュ。
すかさず、
立体映像ながら、風切るエフェクトにブオン! と音が追いついてくる。
その直線的な一撃を、優は巧みな操作で避けた。
――つもりだった。
「あっ! 優、ポンポコが!」
隣で手元を覗き込む
小さなポンポコ9号の頭上を、パンチが素通りする。そう見えたのに、ヒットマークが出て、ポンポコ9号は吹っ飛んだ。
ダウンだ。
その理由も、優とまことにはすぐに察しがついた。
「まこと、当たり判定がおかしい」
「ん、見た見た。ちょっとあとで調整だね。どう? まだいける?」
「ポンポコ9号は……大丈夫みたいだ」
丸々としたお腹を丸出しにして、大の字で倒れたポンポコ9号。だが、すぐに自動で起き上がる。ダメージはあるが、そこまで致命傷ではないようだった。
因みに、ファイティング・ギグ
公式の運営がAIによってダメージ判定を行っているが、勝敗は「立てなくなったキャラの負け」である。もしくは、タイムアップかだ。
ダメージがキャラの挙動や傷でしか可視化されていない。
はっきりと数字で体力が表示されていないのもまた、人気の秘密だ。
「おいおい、なんだぁ? よくわからねえが、チャンスだね! いけっ、オルトロス!」
バキバキと手の中に拳を鳴らしながら、オルトロスが前に出る。
小さなポンポコ9号は、見た目以上に当たり判定が大きい……これは設定がまだ万全な状態じゃないからだ。まこともアレコレ忙しく、まだまだ未調整ということである。
だが、だからといって優は勝負を投げたりはしなかった。
「おっと、リーチも長いし結構技の出が速い……うん、いいキャラだね」
「うるせえ! このままノックアウトしてやるっ!」
「ただ……プレイが雑で、攻撃が単調だよ」
おお! と周囲の見物人たちが感嘆の声をあげた。
オルトロスから繰り出される、素早いジャブ、そして唸るアッパーカット。
だが、ポンポコ9号はその全てをさばいていなした。
完璧なディフェンスだった。
同時に、大振りな攻撃の間隙へと転がるように突進する。
「あっ、こら優っ! なにガードしてんだよ!」
「いや、するでしょ普通」
「って、俺もガードを」
ポンポコ9号は、まるで踊るように舞うように、軽やかに足払いを繰り出した。短く見えて実際にリーチがないが、密着の距離で小刻みに下段キックが炸裂する。
慌ててオルトロスがガードを固めたが、そのまま手数に押し込まれつつあった。
「ああもう、
「
「そうだよ、そうだけどよ! いちいち攻めが陰険なんだよ!」
「などと言っており……屈んだところに中段で浮かせて、っと」
大きくしゃがみこんでも、オルトロスの方がまだ立ったポンポコ9号よりも大きい。リーチの差は歴然で、このままガードされててはノックバックで距離が開いてしまう。
その局面を避けるために、優が手早く技を連続入力した。
不意にポンポコ9号はその場で一回転、もふもふの尻尾が天を
立ちガードしかできない中段技、強烈な突き上げ攻撃だった。
「あっ! 汚いっ!」
「いやいや、普通でしょ。で、拾って拾って、ポン、ポン、ポンと」
そこからは優の独壇場だった。
ふわりと浮いたオルトロスが、空中で無防備な一瞬を滞空する。そこへと追撃の頭突きでジャンプし、更に高々と浮かせて……そして、左右の空中パンチから回し蹴り。
ちょっとタヌキがジタバタしてるだけに見えて、しかし確実なダメージの手応えがあった。いよいよギャラリーたちも盛り上がって声をあげる。
「うおお! いいぞタヌキッ!」
「頑張れ、ヤンキーの兄ちゃん! 受け身取れ、受け身!」
「でもなんか、タヌキの打撃音がヘボくて……減ってる気がしねえ!」
ポコパコ、ペチペチと打撃は続く。
高難易度の空中コンボをフルセットで叩き込んで、優はいったんポンポコ9号を下がらせる。その頃には、斗馬のオルトロスも着地し体勢を立て直した。
仕切り直した形になったが、流れは確実に優に向いていた。
だが、斗馬もすかさず反撃に出る。
「そんなヘボいキャラにやられてたまるかよ!」
オルトロスの両手が金色に輝く。そして、その場で振るわれた左右の拳が光の弾丸を撃ち出してきた。
いわゆる飛び道具である。
格闘ゲームでは昔から、気やオーラを飛ばして攻撃する技が存在するのだ。
そして、残念ながらポンポコ9号には実装されていない。
優には、公式運営のAIが『飛び道具が出てもおかしくないモーション』と認める動きができなかったのだ。だから、見た目もタヌキに落とし込んでいるのだった。
「おっと、屈んでやり過ごす……のは無理だね」
「さあ、どんどん行くぜぇ! 安易にジャンプで飛び込んできな!」
「あのさ、斗馬。飛ばせて落とすの、自分で言っちゃ駄目でしょ」
「あっ……い、今のなしっ! なしな!」
「まあ、いいけど」
とはいえ、斗馬が
やや
恐らく、彼が実際に空手を修めた格闘家だからだろう。
オルトロスは前後に距離を調節しつつ、牽制の蹴り技を混ぜつつ
ジリジリと下がるポンポコ9号に、刹那が叫んだ。
「危ない、ポンポコ! も、もう下がれないのか? 逃げないのか優」
「ん、一応戦いのステージには見えない壁があってね。いわゆる画面端ってやつ」
「じゃ、じゃあ、ポンポコは」
「まあ見てて、このままやられたりしないから」
とりあえず、垂直ジャンプで何度か飛び道具を避ける。調子に乗り始めた斗馬の声で、その必殺技の名がフラッシュブロウだというのはわかった。そのフラッシュブロウだが、強力な技らしくガードしても僅かにダメージを伝えてきた。
確かに、オルトロスはアメリカンな見た目とは裏腹に空手の蹴りや突きも出す。
となれば、隙のでかい大ぶりな一撃を隠し持っている恐れがあった。
渾身の一発を叩き込まれたら、
「オラオラァ! フラッシュブロォ! フラッシュブロウ連打っ! いけるぜっ!」
「えっと、ごめんね? 僕も必殺技的なの、出すね」
突然、ポンポコ9号が丸まった。文字通り、球形になった。瞬間的に当たり判定が小さくなって、その上をフラッシュブロウが通過する。
その時にはもう、キィィィィン! と音をたてて茶色いボールが回転していた。
ポンポコ9号は弾丸となって転がり、技を出した直後のオルトロスに体当たり。必殺技にはリスクもあって、出した直後に無防備な硬直時間があることが多い。
固まったままのオルトロスの、その膝辺りにタヌキ爆弾が炸裂した。
「あっ! ガ、ガードを」
「そうそう、ガードを選ぶだろうから……えい」
「投げられた! 汚い! 投げハメ!」
「いやいや、普通だから。僕、ガチだよ? わりとガチ」
元の姿に戻るや、密着の距離に肉薄したポンポコ9号が投げ技を披露。短い手足をいっぱいに使っての払い腰、これは柔道技だが公式サイトからダウンロードしたデフォルトのものである。
まだまだ未完成なので、優のキャラは適当に実装された技も少なくなかった。
そして、倒れたオルトロスへと追い打ちを繰り出す。
「ダウン攻撃! おい優っ!」
「また卑怯だって言うかい?」
「くっ! けどなあ」
起き上がるオルトロスへと、更に優のポンポコ9号が牙を剥く。
だが、その時予想外のことが起こった。
「ここは移動を兼ねてスライディングキックで!」
「読んでたよ、なんか移動技使いそうかなって」
「な、なにぃっ! ……え? あ、お、おおう」
オルトロスが強引にでも流れを変えてくる……斗馬は逆に前へと出てくると思った。それは、優のゲーマーとしての直感。その読みを信じて、ポンポコ9号がまた真上に跳ぶ。
しかし、垂直ジャンプしたそこには上段回し蹴りが置いてあった。
恐らく、斗馬のコマンド入力ミスだ。
だが、無防備に空中でポンポコ9号は蹴り飛ばされ、一気に画面端へブッ飛んだ。
「あ。嘘、ちょっとやばいね」
「……ラッキー! でも、運も実力のうちだぜっ!」
ポンポコ9号はなんとか立ったが、よろけて膝が笑っている。
そこへと、オルトロスのコンボが炸裂した。
「ポンポコが! 優、待ってろ。今度こそわたしが守って……あ、あれ?」
思わず乱入した刹那の長身を、オルトロスの立体映像がすり抜ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます